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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第1章 呪縛
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イアリズ伯爵家にて

イアリズ伯爵家。

数日前、件の『呪われ姫』エレオノーラが消えた。

彼女の行き先は当主であるイアリズ伯爵しか知らず、エレオノーラが消えた旨は箝口令が敷かれている。


そして、そんな伯爵家に客人が訪れる。

ルートラ公爵家の家紋を持つ馬車……あの馬車がエレオノーラ失踪の同日に来ていたことは、使用人たちの間に知れ渡っていた。

噂では、独自の呪いを持つエレオノーラがルートラ公爵家の実験に使われているとか……根も葉もない風説が立っている。


「……どうでしょう。レディ・エレオノーラの暗殺未遂に関して、進展はありましたか?」


イアリズ伯爵と二人きりで面会したペートルス。

彼はさっそく本題を切り出した。

帝国を支える大きな柱のひとつとして、ルートラ公爵家嫡男である彼には国内の問題を片づける責務があった。

もちろん貴族間で暗殺等の問題が起こった場合には、積極的に動かざるを得ない。


イアリズ伯爵は額に汗を浮かべて首を傾げる。


「いやはや……それがまったく。使用人を一人ひとり精査したのですが、疑わしき者は見つかりませんでした。最も怪しいと思われた料理人も、毒の類は隠し持っていないことがわかりましたし……調理中は誰も一人きりにならず、毒を入れる余地などなかったとのことです。念のため、信の置けない料理人は入れ替えましたが」


「まあ、毒など簡単に入手できるものではありませんからね。とりわけレディ・エレオノーラの暗殺に用いられた毒は……入手するのが極めて難しい『死貝毒』。高等貴族でもなければ手にすることは難しいでしょう。一介の料理人が用意できるものではありません」


『死貝毒』は徐々に体内に蓄積し、一定のラインを越えたときに効果を発揮する毒だ。

一般的な毒の検知をすり抜ける危険物なので、帝国内では所持が禁止されている。

また、普通の解毒剤も効果がない。

ペートルスが持っていた特殊な解毒剤でなければエレオノーラは死んでいただろう。


「レディ・エレオノーラの妹君、レディ・ヘルミーネ。およびその婚約者のミスター・ランドルフ。彼らが怪しいと僕は踏んでおりますが……」


「ええ、まあそうですな。私も娘とその婚約者を疑うことなどしたくありませんが……一応、調査を行いました。しかし二人に不審な様子はなく、もちろん妻も疑わしいものはありません。何者かと内通し、毒を仕入れている痕跡があれば確実に黒と言えたのでしょうが」


「なるほど。そもそもレディ・エレオノーラを暗殺するメリットが外部の人間にはありませんからね。イアリズ伯爵家の風評が傷つくのを恐れた、内部の人間による犯行の可能性が高いと考えていたのですが」


「それに関しては私も同意します。ですが、もう少し調査の時間が必要かと……」


煮え切らない答えだ。

ペートルスは早いところ犯人を突き止めてしまいたかった。

あと半月もすれば長期休暇が終わり、彼は学園へ戻らなければならなくなる。

そうなればルートラ公爵家にエレオノーラは置き去り。

その隙にまた犯人が暗殺を企てる可能性もあった。


「何かこちらの協力が必要であれば、遠慮なくお申しつけを。また進捗を伺いに参ります」


ペートルスは席を立ち、早々に応接室を去ろうとする。

自分もまた暗殺を企てた人物の特定に動かなければならない……そう感じ、さっそく手筈を整えるために。

しかし、イアリズ伯爵は去りゆくペートルスを引き留めた。


「ペートルス卿……エレオノーラは貴家にご迷惑をおかけしていないでしょうか?」


「はい。レディ・エレオノーラが公爵家に来てから数日……何事もなく日々を送れているようです。とはいえ、彼女は自分からあまり不満を口に出さない性格。溜め込んでいるものもあるかもしれません。ロード・イアリズからもお手紙を出し、不都合していないか聞いてあげてください」


「そ、そうですな……頼れる人は必要ですからな」


痛み、苦しみ、悲しみ。

抱え込むほど大人になる人もいれば、知らず知らず歪んでいく人もいる。

心の拠り所は悩みを抱え込んでしまう人には必要なのだ。

ペートルスは誰よりも、その苦悶を知っていた。


「では、僕はこれで。次にお会いするときは少しでも事態を進展させておきましょう」


 ◇◇◇◇


ペートルスがイアリズ伯爵邸の出口へ向かっていると。

曲がり角からいきなり影が飛び出した。

あらかじめ"音"を察知していたペートルスは、もちろん衝突することなく立ち止まった。


「……あ」


飛び出したのはヘルミーネ。

エレオノーラと血のつながりがない妹である。

角を曲がって走ってきた彼女は、ペートルスが止まらなければ正面から衝突していたことだろう。


ヘルミーネは虚を突かれたような表情でその場に立ち尽くす。

そんな彼女に向かってペートルスは恭しく礼をした。


「ごきげんよう、レディ。走ると危ないですよ」


「あ、ごめんなさい……数日前にもお会いしたペートルス・ウィガナック様ですよね? 私はイアリズ伯爵令嬢のヘルミーネと申しますわ」


ヘルミーネは慣れた所作でカーテシーする。

対してペートルスは常変わらない柔らかい物腰で接した。


「ロード・イアリズと少し話し合うことがあって訪ねていたんです。お邪魔して申し訳ない」


「いえ、ペートルス様に来ていただけるなど至上の喜びですわ。父も鼻が高いことでしょう。ちなみに……どういったご用件でお訪ねに?」


「政務に関するお話を。最近、国内で色々と派閥争いが激しいですからね。ロード・イアリズともそちらの関係でお話しをさせていただきました」


もちろん事実をそのまま話すわけにはいかない。

エレオノーラが消えたことに関して、ヘルミーネには伝えられていないはずだ。

だが、姉の失踪に気づいていて探りにきた可能性もある。


「そうですか……大変ですのね。国を束ねるルートラ公爵家として、ペートルス様は日々苦労されているのでしょう。このヘルミーネ、卿の苦労に感涙いたします!」


露骨なヘルミーネの媚態を見ても、ペートルスは笑顔を崩さなかった。

どれだけ媚びと嬌声を受けようが変わらない。

愛想よく、かつ愛想なく。

ペートルスは淡々とヘルミーネに接している。


「レディにそう言っていただけると励みになります。またこちらにお邪魔することがあるかもしれませんので、ご承知おきを。それでは」


「は、はい……楽しみにお待ちしております!」


ヘルミーネに会いに来ているわけではないのだが……とペートルスは胸中で苦笑した。

しかし、今度訪れるときには伯爵に対する手土産以外も持ってくる必要がありそうだ。


 ◇◇◇◇


遠ざかる白磁の馬車を眺め、ヘルミーネは窓辺で嘆息した。


「はぁ……もう少し話せればよかったのに」


作戦は失敗した。

邸の入り口にペートルスの馬車が止まっているのを見たヘルミーネは、とある作戦を立てたのだ。

曲がり角でペートルスにぶつかり、そこから関係性を築く……という策を。

しかし作戦は失敗してしまった。


ヘルミーネは特に深い考えもなく、美しい権力者の公爵令息にお近づきになろうとしただけ。

ペートルスは暗殺未遂の件で注意深くなっているため、軽くいなされてしまう結果に終わったが。


「まったく、とんだ茶番だな」


落ち込むヘルミーネを眺める婚約者のランドルフ。

彼は眉間にしわを寄せて苦言を呈した。


「俺という男がありながら、他の男に媚びるとは」


「仕方ないじゃない。あんなに綺麗で優雅で、しかも国で一番大きな権力をもつ公爵の嫡子よ? お近づきになりたいと思うのは当然。ランドルフ様とは格が違うのよ、格が」


「ヘルミーネには過ぎたお方だよ。諦めろ」


ヘルミーネの尻軽っぷりに呆れるランドルフだが、自分も婚約を破棄したことのある身。

あまり強く非難できないのがもどかしかった。


「でもでも、ペートルス様って婚約者がいらっしゃらないんでしょ? あんなに魅力ある方なのに、どうしてかしら」


「本人から縁談を断り続けているからな。まあ、ルートラ公爵家の嫡子ともなれば相手は腐るほどいるだろうし……婚約には慎重になっているんだろう。そもそもイアリズ伯爵家とルートラ公爵家は派閥が違う。お前のようなやかましい令嬢に勝ち目はないということだ」


ランドルフとしてはヘルミーネを手放すつもりなど毛頭ない。

かつての婚約者エレオノーラのことなどすっかり忘れ、今の婚約に満足している。

ヘルミーネが他の男に媚びるのは何とも不服なものであった。


「ほら、このあと夜会だろ? お義母様と一緒に準備してこい」


「はーい。ペートルス様、次いつ来るのかなー」


「まったく……」

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