真相究明
「――これより帝国最高裁判を開始します。被告人、前へ」
ファブリシオに命じられるも、トマサは前へ出ることはない。
いまだに自分が訴えられた自覚がないのだ。
衛兵に半ば無理やり連行され、やっと彼女は前に進み出た。
「イアリズ伯爵夫人、トマサ・アイラリティルで間違いありませんね?」
「え、えぇ……そうでございます」
「原告はイアリズ伯爵アスドルバル・ベント・アイラリティル。これより被告人に対する罪業を審理します。検察官、陳述を」
「はっ」
アスドルバルの隣に控えていた検察官が立ち上がる。
彼は訴状を参照し、法廷全体に響き渡る明朗な声を張り上げた。
「被告人の被疑は二つ。第一に、原告の子女エレオノーラ・アイラリティルに対する暗殺の指示。第二に、禁じられた邪法の行使。以上について審理を行います」
「な、何かの間違いですわ! 私は何も罪など犯していません!」
甲高い声を張り上げるトマサ。
ファブリシオは泰然自若として訴えに耳を貸さない。
裁判長ともなれば、無罪を主張する被告の訴えも柳に風である。
「検察官。起訴内容を」
「まず、原告の子女エレオノーラ・アイラリティルに対する暗殺の指示に関して。原告より尋問を行います」
促され、アスドルバルは前に進み出た。
手元にはいくつかの書類がまとまっている。
彼はトマサに怒りの籠もった視線を向けて語りだす。
「最初にわが娘、エレオノーラが被害に遭ったのは昨年のこと。エレオノーラが食事を口に運んだところ、瀕死に陥りました。解毒剤を投与して一命を取り留めましたが、後の調査で使われた毒が『死貝毒』であると判明したのです」
「エレオノーラ・アイラリティル。原告の証言は事実ですか?」
「はい、事実です」
ノーラは首肯した。
アスドルバルは鑑定書とともに証拠を提示する。
中にはペートルスが鑑定内容を保証する旨の文書もあった。
もうずっと昔のことのように思える。
あの日を契機に、ノーラは伯爵家の外に飛び出したのだ。
「そして……トマサの部屋の一部から、死貝毒の成分が検出されました。推定によれば、付着したのは約一年前……エレオノーラが毒を受けた時期とおおむね一致しています」
傍聴席がざわめく。
ファブリシオはガベルを叩き、場を静寂で満たした。
「静粛に。被告人、あるいは被告人の弁護士から弁明はありますか?」
トマサのそばに控えていた弁護士がすかさず声を上げる。
「死貝毒は適量であれば薬品として使用できます。非常に高価なものですが、伯爵夫人であれば健康のために用いることもあるでしょう」
「そうよ。私は健康のために死貝毒を買うこともありましたわ。夫には言っておりませんでしたが」
詭弁を連ねるトマサ。
だが、アスドルバルはすかさず追撃を仕掛ける。
「他にも事例はあります。娘のエレオノーラがニルフック学園へ在学している最中、刺客に狙われる事態がありました。そちらの件に関しても……依頼主がトマサである証拠が出ております」
「なっ……!? そ、そんなわけがないわ!」
提示されたのは初夏の出来事。
ランドルフに扮していた刺客にノーラが襲われ、バレンシアやコルラードに守ってもらったときのことだ。
あの事件の黒幕がトマサだったことを、ノーラもいま初めて知る。
この事態、主犯のトマサとしては晴天の霹靂であった。
バレるわけがない――そう高を括っていたのだ。
刺客は共に死亡し、徹底した情報隠蔽を行っていたというのに。
もしも情報が漏れたとしたら、それは……
「ありえないわ! 私が暗殺を指示した証拠なんて、あるはずがない!」
喚き散らすトマサに対し、アスドルバルは淡々と証拠を突きつける。
「証拠はこれだ。暗殺者協会の依頼者名簿……ここにお前の名があるな?」
「っ……!」
門外不出、絶対秘匿の依頼者名簿。
刺客と雇用主は信頼関係が絶対だ。
みだりに情報を漏らすようなことがあっては、刺客に依頼は回ってこなくなる。
名簿が流出していることはあり得ないはずだった。
アスドルバルが持つ名簿は、ペートルスから受け取ったもの。
そしてペートルスはこの名簿を――買収したミクラーシュから譲り受けていた。
だが、トマサはそんな事実を露知らず。
自分の情報が流された理由は『裏切られた』からだと勘違いしてしまう。
「ありえない……そんな、あの人が私を売るわけが……」
「――被告人。申し開きはありますか?」
「…………」
茫然自失とするトマサを見て、ファブリシオは裁判を進める。
明らかだ、確実だ。
彼女が暗殺を指示したのは、誰の目から見ても自明であった。
「では……次の審理へ進みます。検察官、被告に嫌疑かかけられている『邪法の行使』についての起訴内容を」
「はっ。被告は子女ヘルミーネに対し、意識に干渉し、服従させる邪法を行使していました。邪法の行使は帝国法により固く禁じられています。証人として、イアリズ伯爵令嬢ヘルミーネの尋問を請求します」
傍聴席からは困惑の声が上がる。
そもそも『邪法』という単語すら知らない者が多い。
一部の傍聴人は法典を取り出し、邪法に関する法律を読み始めた。
曰く、人類で最も研究が進んでいない術。
人の営みから最も遠い術。
もちろん裁判官の面々は事前に知識を叩き込んでいる。
ファブリシオは証人として立ったヘルミーネに対して尋ねた。
「ヘルミーネ・アイラリティル。貴女が邪法を受けたことは事実ですか?」
「……」
ヘルミーネは横目にトマサを見る。
自分の母は怒りに震え、証言台を睨んでいる。
まるで口外するな、と言わんばかりに。
視線を正面に戻したヘルミーネは、真剣な声色で返事をした。
「はい、事実です。私の母……トマサから贈り物としてもらった髪飾りからは、邪法の痕跡が検出されました」
「では、貴女は無意識に服従の術を受けていたと?」
「伯爵家にいたころは、常に苛立ちのようなものを覚えていました。しかし婚約者のネドログ伯爵家に避難して母と関係を断ってからは、その苛立ちは消えて、体調は良くなりました。……もちろん、私自身の性格が招いたこともあるとは思いますが」
伏し目がちに告白したヘルミーネ。
彼女の声にはどことなく罪悪感が滲んでいた。
それは母に対するものか、あるいは――
「邪法はまだ研究がほとんど進んでいない分野です。被告人が贈った髪飾りから検出されたという痕跡が、信憑性のあるものかどうかを精査すべきかと」
弁護人が反論。
あくまでトマサ側は否定という立場を取り、邪法研究の未発展を武器にして戦うつもりのようだ。
ヘルミーネの髪飾りから検出されたのは、わずかばかりの邪気と魔力。
鑑定書が残っているものの、証拠と言うには少し弱いかもしれない。
裁判の流れを見守っていたノーラはひとつ深呼吸を置く。
そして立ち上がった。
「裁判長。わたしからも証言を求めます」