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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第11章 裁判
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近づく裁き

「それで……詳しく説明してもらっていい?」


ランドルフが手配した馬車に揺られ、ノーラは目的地へ向かっていた。

まずは状況の確認を。


「詳しく……と言われてもな。お義母様……いいや、トマサ・アイラリティルが非道を働いていた。それに対してお義父様が裁判を起こしたというだけだ。もちろんお前にも証人として来てもらう」


「いやだから、その内容が知りたいんだって。どういう罪状?」


「邪法の行使、および殺人教唆。トマサは娘であるヘルミーネや、イアリズ伯爵家の使用人たちに対してひそかに邪法を行使していた。これは帝国法では重罪に当たる。そして……お前に対する暗殺の指示も明らかになった」


ノーラは息を呑む。

やはり暗殺の主犯格は義母だったか。

あの記憶を思い出した以上、もはや義母がとんでもない極悪人であることは言い逃れようのない事実。

幸運にも記憶の封が解けるタイミングが良かったようだ。


「でも、よく証拠を集められたね。邪法の行使に関してはすでに明らかになってたけど、わたしへの暗殺指示はどうやって証拠を掴んだの?」


「お義父様が血眼になって情報を集めたのだよ。ルートラ公爵令息も協力してくださって、確たる証拠を得ることができたそうだ。まあ……俺も詳しいことは知らんからな。そこはお義父様に直接聞け」


そっと眼帯に触れる。

触り心地のよい表面を撫で、ノーラは深く息を吸い込んだ。

ようやくの雪辱と言えるだろう。


この右目……『邪眼』のせいでどれだけ人生を歪められたのだろう。

すぐ近くに人生を歪めた主犯がいたのに、気づくことすらできなかった。


「でも……この右目がなかったら、みんなと出会うこともできなかったんだろうな」


憎むに憎めない忌みの眼だ。

苦い記憶ばかりを伴う右目なのに、深奥に眠るわずかな幸福な記憶が捨てがたい。


「ランドルフ。わたし、トマサについて思い出したことがあるんだけど……この右目、アイツが原因なんだ」


「…………」


ランドルフの口元は動かない。

だが、驚いたようにわずかに瞳が見開かれた。

絶句しているのか、動揺しているのか。


しばし沈黙した末、彼は口を開く。


「……そうか。ヘルミーネにかけられていた邪法は、命令に従いやすくなる意識への干渉だった。実の娘にさえ邪法を行使していた時点で神経を疑うが、その邪悪な目を……度し難いな」


「ま、まあ……その証拠を出せって言われても無理なんだけどね。ただ思い出しただけだから」


「ふむ……エレオノーラ。俺は愛するヘルミーネがトマサの道具にされ、非常に怒っている。お前の言葉が真実であるならば、一矢報いる協力をしてやろう」


「え、どういうこと?」


ランドルフは答えずに鼻で笑った。

相変わらず何を考えているんだかわからない奴だ。

ノーラは煮えきらない思いで車窓を眺めた。


ぼんやりと外を眺めていると、ふと違和感を覚える。


「あれ? この馬車ってイアリズ伯爵家に向かってるんじゃねーの? なんか違う方向に向かってる気がするんだけど」


「何を言っている。貴族間での裁判は皇城の法廷にて行われる。常識だろう」


「……マジ? そんな大規模なの?」


呆けた面を晒すノーラに対し、ランドルフは露骨にため息をついた。


「はぁ……伯爵とその夫人の裁判だぞ? トマサも一応は伯爵家の出だしな。大事になるのは避けられないだろう」


「ふ、ふーん。別にいいけどね。むしろ大事になってくれた方が、しっかりと糾弾できるし」


こうなったら徹底的に追い詰めてやる。

皇城での裁判となれば、トマサに逃げ場はないはずだ。

積年の恨み、晴らしてやらねば。


 ◇◇◇◇


皇城、大法廷の控室にて。

今回の原告……イアリズ伯爵アスドルバルがノーラを出迎えた。


「おお、エレオノーラ! 久しぶりだな」


「お久しぶりです、お父様。冬休み中は帰省できませんでしたからね……」


前回父と会ったのは夏休み。

前に会ったときと比べて、父は疲れている気がする。

それもそのはず、トマサの嫌疑を調査するために日夜奔走していたのだから。


「ランドルフも長旅ご苦労。ゆっくり休んでくれ」


「いえ、そういうわけにもいきません。俺は裁判に向けて準備すべきことがあるので……いったん失礼します。……ヘルミーネ」


ランドルフは控室のソファに座るヘルミーネに目を向けた。

彼女は普段よりも元気がなさそうだ。

いつもうるさい金切声を上げているのだが、今日はしおらしい。


「なによ」


「俺はしばし皇城を離れる。裁判が始まるまでに戻ってこられるかわからないが……一人でも大丈夫だな?」


ランドルフは屈みこみ、ヘルミーネと視線を合わせた。

罪人とはいえ、今回の裁判で争うのは実の母親だ。

ヘルミーネにとって内心穏やかではない。

そんな彼女の心情を察しているのか、ランドルフはヘルミーネの手を取った。


「大丈夫だ。お義父様はお前を守ってくれる。これから先、お義父様とトマサ……どちらを信じた方が、俺たちが幸福な人生を送れるのか。緊張しているとは思うが、少しだけでいい。考えてみてくれ」


ヘルミーネはランドルフの手を振り払う。


「ふん、大丈夫よ。私はランドルフ様の婚約者、次期ネドログ伯爵家夫人よ? これくらいのことで動揺するわけがないじゃない。お母様には……しっかりとやり返してやるんだから。早く行ってきなさい」


返答を聞いたランドルフは微笑み、控室を後にする。

残されたヘルミーネを見てノーラは腕を組んだ。


この義妹はあんまり好きじゃないが、トマサの被害者であることは事実。

実の母親を裁く事態を前にして、心情は察するにあまりある。

さりとて甘い言葉をかけたくもないので。


「ヘルミーネさぁ」


「な、なに? お姉様いたんだ」


「わたし、真剣に裁判しにきたから。邪魔だけはすんなよ」


「はぁ……? 邪魔なんてしないわよ! むしろお姉様が足を引っ張らないでよね!」


軽く刺激してみたが、言い返すだけの元気があるなら問題ない。

この義妹のことは好きではないが、扱いやすいところだけは好きだ。


それに……ヘルミーネにトマサが邪法を行使し、ノーラに嫌がらせをするように命じていたのなら、多少は情状酌量の余地はある。

少しだけ気にかけてやってもいいとノーラは思うのだった。


「失礼。貴公らが原告、イアリズ伯爵家の皆さまですね」


そのとき、控室に一人の男が入ってきた。

菫色の法服に身を包んだ、鋭い三白眼の男だ。

アスドルバルは彼を見て礼をする。


「これは、ファブリシオ卿。本日はよろしくお願いしますぞ」


ファブリシオと呼ばれた男は、ノーラとヘルミーネを一瞥して名乗った。


「裁判長のファブリシオ・サーマ・ニェフラクスと申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」


「イアリズ伯爵令嬢、エレオノーラ・アイラリティルと申します。以後お見知りおき」


「貴女が実子のエレオノーラ嬢。では、そちらがヘルミーネ嬢ですね。公正公平な裁判とすべく、尽力いたします。イアリズ伯爵閣下、被告のトマサ夫人に関してですが……ひどく混乱し、発狂しておられるようです。精神状態が安定するまで、しばしお待ちを」


「えぇ……妻には内密にし、粛々と証拠を集めていましたからな。いきなり法廷に連行されて、理解が追いついていないのでしょう。ご迷惑をおかけします」


ファブリシオ曰く、トマサは精神状態が不安定な状態だという。

加えて原告が夫のアスドルバルだと聞き、半狂乱に陥っているとか。

己の罪を自覚してこその混乱だろう。


「それでは……開廷までお待ちください」


きっちりと頭を下げ、ファブリシオは退室していく。

とても几帳面そうな人だ。

あの人が裁判長なら、安心して裁判を任せられる。


「ね、お姉様。あの人かっこよくない!?」


「ヘルミーネ、お前さ……」

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