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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第11章 裁判
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エレオノーラの記憶

母の死は、正直あまり実感できなかった。

死化粧をして冷たくなった母を、エレオノーラは呆然と見つめていた。


柩の中に次々と投げ込まれる花束。

隣で泣き崩れる父、イアリズ伯爵アスドルバル。

人の『死』という現実は、幼子のエレオノーラが実感するには残酷すぎた。


「おとうさま……」


「エレオノーラ。大丈夫だ、私がついているからな……」


父はそっとエレオノーラを抱きしめた。


「おかあさま、もう帰ってこないの?」


「…………」


アスドルバルは答えなかった。

エレオノーラは現実を認識できず、アスドルバルは現実を受け入れることができず。

イアリズ伯爵家の使用人たちは、そんな父子を憐憫の情をこめた視線で見つめていた。


唐突な病死だった。

これまでエウフェミアにはまったく病の気などなかったのに。

かつてシュログリ教の巫女長すら務めた彼女が病に倒れるなど、誰が想像できようか。


その日から、エレオノーラの生涯に影が射した。


 ◇◇◇◇


一年後。

イアリズ伯爵家に、次期夫人がやってきた。


「ほら、ヘルミーネ。伯爵家のみなさまにあいさつなさい」


新伯爵夫人のトマサに促されて、連れ子のヘルミーネはおぼつかない手つきでカーテシーした。

彼女は緊張した面持ちで、新たな義父と義姉、使用人たちに向けて頭を下げる。


「へ、ヘルミーネです……よろしくお願いします」


「違うでしょう? 『お初にお目にかかります、新たにイアリズ伯爵令嬢となったヘルミーネと申します。以後お見知りおきを』と言うのよ。事前に教えたのに……まったく」


「ご、ごめんなさい、お母様」


アスドルバルとトマサは政略結婚だ。

後妻を娶るつもりはないと頑なに否定していたアスドルバル。

だが、そこに公爵派の重鎮から縁談があった。


皇帝派のイアリズ伯爵家と関係性を深めるため、公爵派の伯爵家の未亡人であるトマサに白羽の矢が立ったのだ。

当初アスドルバルは否定的だったが、政治的な側面を考えれば縁談を断るわけにもいかず。

結果的に後妻を迎えることになってしまった。


「ま、まあまあトマサ嬢……ヘルミーネもまだ小さいことだし、そこまで厳格にマナーを求めなくとも」


「何をおっしゃるの? 淑女たるもの、幼少より礼節は叩き込むべきでしょう? それと……『あなた』。私たちはもう夫婦となったのですから、もっと親しみをこめて名前だけで呼んでくださいな」


「あ、あぁ……そうだな。トマサ……」


まだ歯切れの悪いアスドルバルに、距離を縮めようとするトマサ。

そんな親の様子を、エレオノーラとヘルミーネは困惑して見つめていた。


エレオノーラは小刻みに震えるヘルミーネに駆け寄る。


「こんにちは! わたしはエレオノーラ・アイラリティル!」


「え、ええっ? えっと……ヘルミーネ・ソレブレック。……じゃなくてヘルミーネ・アイラリティルです。よ、よろしく……」


「新しくわたしの妹? になるんだよね! 仲良くしよ!」


「う、うん……あの。お姉様って呼んでもいい?」


「もちろん! よろしくね、ヘルミーネ」


家族が増えるのはいいことだ。

エレオノーラはヘルミーネに手を差し出した。

ヘルミーネもまた目の前の手を取ろうと、一歩を踏み出したが。


パン、と。

ヘルミーネの手をトマサが打ち払った。


「だめよ、ヘルミーネ。お付き合いする人はよく選ばないとね」


他人に聞こえないように、トマサは耳打ちする。

ヘルミーネは困ったように硬直していたが、やがて差し出そうとした手を引っ込める。

エレオノーラへ向けられたトマサの敵意の籠もった視線。


――この人はあんまり好きじゃない。

エレオノーラが初めて抱いた、新たな義母への第一印象だった。


 ◇◇◇◇


断絶。

エレオノーラはヘルミーネとの交流をことごとく断たれていた。

どうやらトマサは腹違いの娘であるエレオノーラを敵視しているらしい。


幼いエレオノーラには理解できていなかったが、トマサとしては鬱陶しい存在なのだ。

イアリズ伯爵家でエレオノーラが影響力を持てば、後妻の自分が不利になる。

彼女としては立場を堅守するため、エレオノーラは極力排除したかった。



ある日のこと。

目覚めたエレオノーラは、見覚えのない天井に違和を感じた。


「あ、れ……?」


手足も動かない。

視線を動かすと、鉄の鎖が己の両手足を拘束している。


「あら、お目覚め?」


「お義母様……?」


頭上から声が降り注ぐ。

そこには笑みを湛えたトマサの姿。

彼女はエレオノーラの顔を覗き込んだ。


「相変わらず気味が悪い顔ね。でも安心してちょうだい? 少しはマシに改造してあげるから」


何を言っているのかわからないが、とにかく危機的状況にあることは理解できた。

エレオノーラは必死に手足を動かして脱出を試みる。

しかし鎖は彼女の自由を許さず。

もがくエレオノーラを、トマサは愉快そうに眺めていた。


『――トマサ。無駄な話をしている暇はない。速やかに処置を行え』


くぐもった声が響く。

年齢も性別も判然としない声は、部屋の隅に置かれている魔道具から発されているようだ。


「承知いたしました。ご安心を、私の邪法に失敗はございませんわ」


「お義母様、何するの……? いやだ……こわいよ……。たすけて、おかあさま……」


恐るおそるエレオノーラは尋ねた。

しかし返答はない。

代わりにトマサは黒い刃を突き出した。


「あ……ぁあああっ!?」


激痛。

焼けるような鋭い痛みが、顔面に迸る。


「お前の母はもう死んだのよ。助けなんて誰も来ないの」


鼻をつく鉄の匂い、吐き気を催す邪悪な気配。

自分の右目が――抉られている。


事実を知覚した瞬間、エレオノーラの意識が白んだ。

こんな地獄のような痛み、耐えられるわけがない。

痛い、痛い、痛い。


「さあ、お前の可能性を潰してあげる」


最後に意識に降り注いだのは、トマサの悪辣な笑い声だった。

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