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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第10章 飢える剣士の復讐
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鼬の道切り

「そうか……サロン長がアルセニオを討ったのか……」


ペートルスから結末を聞いた剣術サロンの生徒たち。

彼らはみな複雑な表情を浮かべていた。


アルセニオが討たれたことはもちろん嬉しい。

だが、その一方でヴェルナーにほとんどの戦いを押しつけてしまったこと、自分たちがアルセニオに手も足も出なかったという事実は拭えない。

これまで復讐を誓って歩み続けてきた剣術サロンは、目的を失ってしまったのだ。


サロンの副長が代表して頭を下げる。


「何はともあれ……ありがとうございます。私たちを助けてくださったガスパル様に、事態の収束に向けて動いてくださっている皆さま。私たちも協力いたします」


「ありがとう。ただ……君たちは部屋で待機していてほしい」


ペートルスの一言に、剣術サロンの面々は首を傾げた。

そんな彼らに説明するようにペートルスは語る。


「一応、君たちは学園長の殺害を試みた危険人物だ。もちろんヴェルナーもね」


「……!」


「しかし君たちの今後に影響が出ることはないだろう。学園長が大きな罪を犯し、多くの被害者を生んでいたことは事実。後処理を終えるまでは大人しくしていてほしい……という意味だ。安心してくれ」


一瞬身構えた生徒たちだが、ペートルスの言葉を聞いて胸を撫で下ろす。

剣術サロンはアルセニオの被害者の集まりだ。

同情の余地は多分にあるし、実際に殺人を犯したのはヴェルナーただ一人。

後処理は面倒だが、帝国法においては生徒たちが罪に問われることはないだろう。


「しかし……サロン長はどちらに?」


「ヴェルナーの居場所はわからない。ただ、君たちには彼の帰りを待ってあげてほしい。アルセニオへの復讐という目的を失った君たちには、それが次の目標になるはずだ」


剣術サロンの生徒たちは神妙な面持ちでうなずいた。

彼らはヴェルナーを信頼している。

力への執着ばかりではない、力への尊敬だけではない。

一人の長としてヴェルナーを奉じていたのだから。


 ◇◇◇◇


ひとり学園の敷地から出たヴェルナー。

彼は外壁にもたれかかり、一通の手紙に目を通していた。

差出人は義父……テュディス公爵。


「……」


最後まで読み終えたヴェルナーは深く息を吐いた。

手紙を持つ手に力が入り、しわが紙面に刻まれる。


「まったく……わからんな、親父は。すべて見通していたのなら、どうして俺を止めなかった」


仮の息子とはいえ、侯爵を殺したことが露呈すれば家名に傷がつくだろうに。

手紙にはヴェルナーの復讐を肯定することと、それでもなお自分をテュディス公爵家の一員として認めることが書かれていた。


本当に甘すぎる義父だ。

感心を通り越して、ヴェルナーは呆れてしまった。

父としてはともかく、公爵としての在り方を間違えている。

罪を犯した子には然るべき罰を与えなければ、面目丸つぶれというもの。


「すまんな、親父。……俺はお前の名誉を汚すつもりはない」


ヴェルナーにとっての父はただ一人。

アラリル侯爵アルセニオではなく、テュディス公爵ベニグノだけだ。

血は繋がっていなくとも、彼を紛れもない父と認めている。

だからこそ自分がこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。


今日を境に、ヴェルナーはニルフック学園から姿を消す。

貴族としての身分も捨て、ただの剣士として生きる。

これまでに歩んできた公爵令息としての人生は、アルセニオを殺すための踏み台に過ぎなかったのだから。


早々に去ろう。

そう思い立ち、ヴェルナーは足を動かした。


「おい」


耳慣れた呼び声がして足を止める。

ヴェルナーは振り返ることなく返事をした。


「……なんだ、エリヒオ」


嫌味たらしく、妙に甲高い義弟の声。

しかし今は少しだけ神妙な声色に聞こえた。

振り返らずともエリヒオがどんな顔をしているのか、ヴェルナーにはわかる。

きっと鼻の頭にしわを寄せ、憎しみを湛えているのだろう。


「どこへ行く。まだ学園の後処理が終わってないぞ」


「もう首謀者は消えた。あとはペートルスに任せておけば、万事上手くいく」


「そういう問題じゃない。お前もテュディス公爵家の一員として、立派に務めを果たせと言っているんだ。僕でさえ問題の対処に当たろうとしているんだぞ」


コツコツと靴の先で石畳を叩いて、エリヒオは文句を垂れた。

ヴェルナーの背を睨みつけて距離は縮めずに。


「すまない。俺は行くべきところがある。だが……嬉しく思う」


「はぁ?」


「エリヒオが自主的に誰かを助けようとするくらい、成長したことが嬉しい。名誉のためでも、虚栄心のためでもいい。義兄の俺が偉そうに何を……と思うかもしれんが、純粋にそう感じただけだ」


エリヒオは自分のことを嫌いだが、それでも身近に育ってきた相手だ。

だからヴェルナーは義弟の成長が嬉しかった。

わずかな進歩だとしても……義父を支える芽が育っている。


「ふん……僕は公爵令息だからな。迷える者を救う責務がある。だが、お前はどうした? こういうとき、お前はまっすぐに困っている人を救いにいくような奴だろう。こんなところで逃げ腰になって……気持ち悪いぞ」


「……そうだな。俺は逃げる。今まで正道を歩み、強さを求めてきたのは……そうする必要があったからだ。今はもう立派に、貴族の自覚を持って振る舞う必要はない」


ヴェルナーは歩みだした。

ニルフック学園の敷居をまたぐことはもうないだろう。

ただ一振り、アルセニオを斬った剣だけを携えて。


エリヒオは彼の後を追うことなく、ただ黙って立ち尽くしていた。

義兄がどうするつもりなのか、何も事情を知らないが。

どことなく尋常ならざる背景があることは察している。

もう二度と自分の目の前には現れないのではないかとも……薄々感じていた。


「勝手にしろ。でもな……ヴェルナー。たぶん、僕だけじゃテュディス公爵家は上手く回せない。父上の後釜に座るには、ちょっと器と知性が足りていないからな」


「…………」


「優秀な補佐役は欲しい。ついでに護衛してくれるくらいの実力があれば文句なしだな。心当たりがあれば、いつでもテュディス公爵家につれてこい」


「……ああ」


短く返事をしたヴェルナーの背がどんどん遠ざかる。

とうに彼はニルフック学園生徒の制服は着ていない。


声を出してももう届かない。

それくらい義兄が遠ざかったころ、エリヒオは小さくつぶやいた。


「……待ってるからな」

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