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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第10章 飢える剣士の復讐
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塞翁が馬

生徒会室に戻ったノーラ。

彼女は面々に起こった出来事を包み隠さず話した。


話を聞いてデニスは神妙な面持ちでうなる。


「なるほど……やはり学園長の仕業だったのですね。実は兄上……第一皇子のラインホルトから『アラリル侯は信用するな』と言われていたのです。色々と後ろ暗い噂があって、信用できない人物だと」


文化祭での一件から、あるいはそれよりも前から……皇帝派の上層部はアルセニオの違法行為を疑っていた。

今回の騒動の原因が学園長だという話は、ノーラが懸念していたよりも信じてもらえそうだ。


「あの、殿下……おこがましい願いだとは存じますが、どうかヴェルナー様に罪がないということを証言いただきたいのです。このままではヴェルナー様が侯爵殺しの罪人にされてしまうかもしれません!」


「もちろんです。しかし、肝心のヴェルナーさんはどこに? 彼からも少し詳しく話をお聞きしたいのですが……」


「えっと……ヴェルナー様は『もうニルフック学園の生徒である必要はない』と言って、どこかへ行ってしまいました」


二人の会話に耳を傾けていたセリノがすかさず立ち上がる。


「殿下。私がヴェルナー殿を探して参ります」


「ああ、お願いするよ。合成獣がまだ残っていると思うから気をつけて。えっと……ガスパルもついでに探してきてもらえる?」


「仰せのままに。それでは失礼いたします」


セリノは恭しく礼をして生徒会室を出て行った。

ガスパルもまだ安否の確認が取れていない。

心配は不要だとは思うが、一刻も早く無事を確かめたかった。


ヴェルナーとアルセニオにどのような確執があったのか。

それを知る者は、この場には誰ひとりとしていない。

しかし彼が執拗に強さを求めていた理由は、なんとなく腑に落ちたのだった。



「……おい、青い女」


セリノの帰還を待っている間。

静寂を破り、エリヒオが口を開いた。


「なんすか。わたしにはノーラ・ピルットという名前があるんすけど」


「……ノーラ・ピルット。お前が持ってる、その首飾り」


エリヒオは顎でノーラの手元を指した。

ヴェルナーからもらった首飾りだ。


「それをどこで手に入れたのかは知らないが……僕に売ってくれ。金はいくらでも出してやる」


唐突な交渉にノーラは困惑した。

この首飾りは、はっきり言って汚れている。

年季が入っていて、傷だらけで……とても貴族のエリヒオが好むような代物とは思えないのだ。


「これはヴェルナー様にもらったものです。絶対あげませんよ」


「……あいつ、いつの間に取り戻していたんだ? なら必要ない。忘れてくれ」


昔、勝手にヴェルナーの首飾りを捨てたことを後悔していた。

エリヒオとしては義兄を呪縛から解き放とうと、よかれと思ってやったこと。

しかし悪意なき振る舞いが軋轢を生み、ここまで来てしまった。

あの一件をずっとエリヒオは引きずっていたのだ。


再びエリヒオは押し黙り、窓の外を眺める。

そのとき生徒会室の扉が開いた。

入ってきたのはセリノでもガスパルでも、ヴェルナーでもなく。


「やあ、失礼するよ」


「ペートルス……! 来てくれたんだね」


入ってきたペートルスを見た瞬間、デニスが安堵の表情を浮かべた。

デニスにとっては幼馴染にして最も頼れる親友。

今回の一件も彼が収束させてくれるだろうという確信があった。


「遅れてすまない。学園に出現した獣を狩っていたんだ。さて……君たちが知っている情報を聞かせてもらえるかな?」


 ◇◇◇◇


一連の流れを聞いたペートルス。

彼は特に動じることもなくうなずいた。


「なるほど。あの獣たちは合成獣……学園長のペットだったいうわけか。速やかに事実関係を調査し、次代の学園管理者を選定しなければ。あとは被害規模の確認と、合成獣の残党も処理しようか」


おそらくペートルスもアルセニオの暗い噂を知っていたのだろう。

でなければ、ここまで冷静に処理を指示できるはずがない。


「それと……ガスパルと剣術サロンの生徒たちも、みな無事だ。僕が合成獣を処理している間に避難しているのを見かけたよ」


彼の一言で、生徒会室の緊張感が弛緩する。

想定よりも犠牲者は少なくなりそうだ。

建築物等の損壊はかなりの規模になるだろうが……。


エンカルナはペートルスに続いて状況を整理する。


「人の安否が確認できたら、次はニルフック学園の方針ね。学園長が亡き者となったいま、管理者は不在。こんな状況でニルフック学園を今までのように運営できるのかしら?」


「レディ・エンカルナ。その点についてはご心配なく。この学園最大の融資者であるルートラ公爵家が、責任を持って学園を継続させましょう。冬休み明け後も平常通り講義を行い、間近に控えた舞踏会も開催していただきたい。……特に生徒会には、この状況でも学園が回るようにしっかりと機能してもらいたい。いいかな?」


ペートルスはデニスを見て釘を刺すように言った。

デニスは重責に苦悶の表情を浮かべつつも、おずおずとうなずく。


「わ、わかっているよ。大丈夫……私たちがニルフック学園を牽引していく。生徒たちに不安な思いはさせない」


「デニスも成長したね。国を背負う者としての自覚が芽生えてきたみたいだ」


「ははは……周囲が立派な人ばかりだから。兄上にペートルス、他にもたくさんの人に支えられて……私も皇子として責任を持ちたいと思うようになってきた」


デニスはノーラを横目に言った。

自分を大きく飛躍させたのは、文化祭の舞台だとデニスは感じている。

これまで臆病だった自分が勇気を出し、仲間たちとともに成功を収めることができたから。

多少は胸を張れるようになった。


「そういうわけで……私たちも生徒会室に籠りきりではいけません。ペートルスがほとんどの合成獣を始末してくれたようですし、外に出て状況の確認を行いましょう」


デニスを皮切りに、エンカルナとペートルスが部屋から出ていく。

ノーラも後を追って部屋から出たが、ひとり残るエリヒオを見て扉を閉める手を止めた。


「エリヒオ様は行かないんすか?」


「……行くわけないだろ。僕は少しでも危険な場所には立ち入らない。完全に獣が排除されたことを確認してから外に出るさ」


「彼には彼なりの考えがあるんだよ。行こう、ノーラ」


ペートルスに促され、ノーラは生徒会室の扉を閉める。

リスクを避けるのは懸命な判断かもしれないが、もう少し言い方というものがあるだろう。

他のみんなが危険を冒してでも動こうとしているのに。


やっぱりエリヒオは好きじゃない。

だが結局、人とは表層で推し量れぬものだ。

彼には彼なりの考えがある……というペートルスの言葉も一理あるのかもしれない。

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