表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第10章 飢える剣士の復讐
157/216

鬼も角折る

アルセニオの亡骸の隣に立ち尽くすヴェルナー。

ノーラは恐るおそる彼へと歩み寄った。


「終わった、んですよね……?」


「ああ。これで終わりだ」


視線を合わせることなくヴェルナーは言った。

一部始終を見ていたノーラだが、それでも判然としない点がいくつかある。

中でも最も気になっていることを尋ねた。


「ヴェルナー様と学園長は、どういう関係なんですか……? あの、答えにくかったら答えなくてもいいんですけど」


「……答えたくない。俺だけが知っていて、俺だけが納得すればそれでいい」


「そうですか。うん、それでいいと思います」


ノーラは俯くヴェルナーの前に回り込み、半ば強引に視線を合わせる。

彼の灰色の瞳が揺れた。


「どんな過去があっても、どういう事情があっても……わたしはヴェルナー様のこと、尊敬できる先輩だと思ってますから。今回もわたしを助けてくれて、本当にありがとうございます」


アルセニオが悪であったことは明らかだ。

そんな状況で、ノーラはヴェルナーを人殺しだと糾弾したりはしない。

自分を守るために戦ってくれた、優しい先輩。

入学したばかりのころから彼の性根はまったく変わらない。


「……俺は俺の願いを果たしたまでだ。お前が感謝する必要はない」


ヴェルナーは血振りせずに剣を鞘に納めた。


「お前を校舎まで送る。まだ合成獣が残っているからな。来い」


「はい……本当に大変なことになってしまいましたね。この後始末はどうすればいいんでしょうか」


「学園にはペートルスがいる。奴が上手いこと処理してくれるだろう」


掛け値なしにペートルスに信を置くヴェルナー。

実際、彼ならば混迷を極める学園でも巧みに立ち回り、事態を収束させてくれる可能性が高い。


問題は……責任の所在。

ほぼすべての責任は学園長のアルセニオにあると思われるが、当の本人は死んでしまった。

少なからず合成獣が大脱走した光景を見た生徒もいることだし、騒動になるのは避けられないだろう。


学園長が禁忌を犯していたと語ったところで、どれだけの人が信じるのか?

表立っては名高い侯爵で、優秀な学園長だった彼の裏の顔を。


「それと……奴が、アルセニオが語っていたことについて。この際だからノーラに話しておこう。奴にお前の右目の力が効かなかった件についてだ」


先のアルセニオとの対峙を経て、ヴェルナーはノーラの右目の正体に確信を抱いていた。

どうしてノーラが『そのような』右目を持つことになったのかは不明だが、どのような原理で動いているのかは理解したのだ。


己の手のひらを見つめ、ヴェルナーは語る。


「……俺とアルセニオが操っていた力は、『邪』に由来するもの。簡単に言えば、邪気によって形成される力だ」


「邪気っていうのは……魔物を構成する物質のことですよね? 魔力とも有機物とも違う、『人類から最も遠い気』と呼ばれている……」


「そうだ。お前の右目もまた、邪気が関与している可能性が高い」


「え……?」


衝撃的な一言にノーラは足を止めた。

しかしヴェルナーは変わらず先をゆくので、慌てて後を追いかける。


「ど、どういうことですか?」


「入学したばかりのころ、俺とお前で実験をしたのは覚えているか? 魔物に右目を向け、恐怖するか検証した件だ。結果は……魔物は恐怖しなかった」


「つまり……わたしの右目に邪気が関与しているから、魔物にも効かなかったと?」


「そうだ。アルセニオもまた黎の……黒き力を日常的に使用し、邪気に馴染んでいたから効かなかった。俺は力を封印していたから、ノーラの右目の力が効いた。推察するにお前の右目は……人が魔物を本能的に恐れるのと同じ原理が働いているのだと思う」


自分が魔物のように恐れられている。

振り返ってみれば、ノーラに向けられていた畏怖の視線は、魔物を見るときのものに近いのかもしれない。


「お前は……その右目に、とてつもなく強大な魔物と同等の邪気を飼っている。そう考えるのが妥当な落とし所だろう」


「この右目に、そんな性質が……」


邪。

そう聞くと、義母トマサが操っていたという『邪法』との関連性も見えてくる。

ノーラの右目と義母が関係しているのは不明だが……ヴェルナーの助言により研究は大きく進展した。


クラスNでどう発表しようか。

合成獣の奇襲に気をつけつつ考えていると、校舎の入り口に到着していた。


「ふう……良かった。わたしもヴェルナー様も無事に帰ってこられましたね。ガスパル様もご無事だといいのですが」


「あいつなら心配はいらん。中々の曲者だ」


「では生徒会室に戻って、みなさんに報告しましょう!」


まずは生徒会の面々に事情の説明を。

学園長が黒幕だったという話を懇切丁寧にしなければ……。


「あれ? ヴェルナー様、どうしたんですか?」


自分に続く足音が途絶えて、ノーラは振り向いた。

玄関口でヴェルナーが立ち止まっている。

彼は今までに見たことないような、どこか困ったような、神妙な面持ちで佇んでいる。



「俺は……もういい」


「えっ。いいって?」


「もうニルフック学園の生徒である必要はない。テュディス公爵令息である必要もない。ただの人殺しだ」


たとえノーラがヴェルナーを認めたとしても。

一部の生徒や諸侯は、ヴェルナーがアラリル侯爵を殺した事実を是としない。


自分が安穏とクラスNに所属できる時間は過ぎ去った。

これ以上留まっては、クラスNの他の生徒たちに迷惑をかけるかもしれない。

ヴェルナーの胸中にはそんな自責の念があった。


「何言ってるんですか! わたしがヴェルナー様の正当性を主張します、だから……」


「気持ちだけは受け取っておこう。だが……物事というのはひとつの側面だけでは語りきれんものだ。俺は速やかに消えるのが筋というものだろう」


ヴェルナーはノーラに歩み寄り、自分の首元に手をかけた。

するりと彼の首から抜けた首飾り。


「これは俺の母の形見だ。いつか無くしたと思ったものが、クラスNの皆で出かけた場所でめぐり合えた。きっと……お前たちと歩いてきた軌跡が、俺をここまで導いてくれたのだろう」


開かれたノーラの手に、首飾りが落ちる。

見上げればヴェルナーは清々しい笑みを浮かべていた。

彼がこんなに満足げに笑った瞬間は見たことがない。


どうにかしてヴェルナーを引き留めないと。

ノーラは必死に思考を巡らせるが、彼の事情を深く知らない以上、何も言えなくて。


「俺は少しだけ早い卒業を迎える。ノーラ。お前と出会えてよかった。……ありがとう」


踵を返して遠ざかっていくヴェルナー。

そんな彼の背に向かって、ノーラは大声で伝えた。


「ヴェルナー様! ありがとう……ございます! またお会いしましょう、絶対!」


感謝を伝えること、ありがとうと言うこと。

学園に入学して、最初にヴェルナーに教えてもらったことだ。


ヴェルナーは振り返ることなく、荒れた学園を歩いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ