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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第10章 飢える剣士の復讐
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雀百まで復讐を忘れず

眼前に迫る死。

ゆっくりと己に迫る黒き波動を見つめ、ノーラは目を逸らさなかった。


ここ一年で自分が死にかけたのは何度目だろう。

あと数秒で、一瞬で死に至る。

そんな機会があまりにも多かった。


だけど。

なんだかんだで数奇な運命に導かれて、数奇な人々に助けられて、ここまで生き残っている。

大体は他力本願だが……今回ばかりは。

自分の力で命をつないでみてもいいかもしれない。


黒い波の向こうにいるアルセニオを睨んで。

ノーラは深く息を吸い込んだ。


「なっ……!?」


驚愕の声を上げたアルセニオ。

視線の先にいたノーラの姿が――消えた。


瞬間、側方から迫った剣気。

アルセニオは咄嗟に身をよじったが、左肩から脇腹にかけて深い傷を負う。

斬りかかったヴェルナーは包帯を巻いた右腕で剣を持ち直す。


「ノーラが時間を稼いでくれたおかげだ。応急手当ができた」


「私が相対していたノーラ・ピルットは……幻影か! いつからだ……?」


今まで見ていたノーラは幻影だった。

戸惑うアルセニオに、肉薄するヴェルナー。

そんな彼らをノーラは街路樹の裏からひっそりと見つめていた。


あの二人が交戦を始めた瞬間から、幻影魔術を使って自分の虚像を作り出していたのだ。

何度も暗殺の憂き目に遭って対策をしないほどアホではない。

自分の囮を作る魔術は急務の課題として練習していた。


幻影のノーラとアルセニオが話している間に、ヴェルナーに応急手当を施した。

もちろん応急手当用の道具も持っている……というかペートルスに持たされていたので。


(まだ尻尾は出さない方がいいよな……がんばれ、ヴェルナー様!)


アルセニオに自分の位置はまだ特定されていない。

それなら身を潜めておくべきだろう。


ノーラの声援が聞こえたわけではない。

それでも自身の背に降り注ぐ視線を受けて、ヴェルナーは剣を持つ手に力を籠める。


「無駄だ。お前が何度立ち上がろうと、私に勝つことはできない」


「…………」


吐き捨てるアルセニオを前に、ヴェルナーは瞳を伏した。


 ◇◇◇◇


どうでもいい、なんでもいい。

俺の魂の底、ずっと横たわっていた諦観。


復讐を糧にして生きてきた。

仇を討つことだけが大願だと、それ以外のすべてを削ぎ落としてきた。

力への執着だけが俺を突き動かしてきた。


今、この瞬間だってそうだ。

俺はあれほど憎み、追ってきた仇敵を前に……どこか諦観を抱えている。



――どうせ俺ではアルセニオに敵わない。



よくがんばった、懸命に生きてきた。

仇を討っても母さんは戻ってこない。

復讐を果たしても、その先の生涯には何も残らない。

空虚な人生を意図して送ってきたんだ。


『よかったぁ……ヴェルナー様、無事でよかったです……』


俺の傷の手当てをしながら、ノーラは涙ぐんで言った。

機転を利かせ、いつしか幻影魔術を発動していたようだ。

あいつはすぐさま俺を木の陰に引きずり込んで、必死に処置を始めた。


どうしてそこまで必死になれる。

赤の他人のために。

義父も、ノーラも、他の連中も。


俺にはわからない、理解できない。

尋ねることすらしなかった。

ただ沈黙し、再びアルセニオへ立ち向かうために……手当てを受けていた。


そしてまた無言で飛び出して。

無様にアルセニオの前に散ろうとしている。

ノーラは俺が飛び出していくときに止めなかった。

猪突猛進が過ぎると、そう諫めることもなく。

どこか期待を込めた左目で俺を見つめていたのだ。



俺がここで負ければ、きっとあいつは死ぬ。

じきにアルセニオに本体が見つかり、殺される。


『ヴェルナー様はたぶん優しいです。普段はきつい口調だけど、ちゃんと相手を気遣えるし、相手のことを思って行動しています』


ノーラと出会ったばかりのときだっただろうか。

こんな戯言をあいつが言っていた。

今でも鮮明に覚えている。


俺はまったく、自分がそんな理想的な人間だとは思っていない。

他人を慮らず、自分の目標だけを見据え、気遣いの欠片もない。

そんな人間だと自己分析していたのだが。



……あいつの信じる俺か。

ならば、少しだけ。

他人のために剣を振るってみるとしよう。


 ◇◇◇◇


「――俺はお前に勝つ。勝たなければ、大切な後輩が殺されてしまう」


「……っ!?」


刹那、ヴェルナーの右腕から黒き波動が迸る。

剣身に宿る黒。

堰を切ったように、これまでの激情を解き放つように。

ヴェルナーが封じていた忌まわしき血の力が猛る。


その光景を見て、アルセニオの微笑が哄笑に変わった。

己の波動が、ヴェルナーの波動に呑み込まれていく。


「ハハハッ! ついに……ついに、使ったか! さあ見せてみろ失敗作! お前を傑作と改めて呼ばせてくれ!」


「お前を殺すのは二の次にしてやる。今の俺の願いは……あいつを守ることだ!」


ずっと嫌いだった。

この黒き力は、自分がアルセニオの血を継いでいる証左。

だからずっと封をしてきた。


だが、今は新たなる願いのために。

ノーラを守り抜くために、ヴェルナーは枷を外す。


アルセニオが振り撒く波動。

ヴェルナーは持ち前の俊敏さで波動をすべて躱し、剣に乗せた波動で反撃を叩き込む。

――押している。

明らかに自分の方が力が強い。


「なぜだ……? なぜ私の力が押し負ける? これは興味深い研究題目だ。黎の力の使用歴は私の方が遥かに上……魔術と原理が同じだとすれば、この展開はあり得ないが……」


「ずいぶんと余裕だな」


「ぬうっ……! すばらしい!」


ヴェルナーの波動がアルセニオの指先を消し飛ばす。

宙を舞う自分の指と鮮血を眺め、アルセニオはさらなる喜悦に震えた。


強き力の継承者の発見。

ヴェルナーとはまた違った力への渇望を抱く彼にとって、この展開は……


「はぁっ!」


アルセニオの弾幕が打ち破られる。

ヴェルナーは単に波動を放出しているわけではない。

己の剣に波動を宿し、さながら鞭剣のように繰っている。


熟達した剣の練度と、激情により増幅した黒き力。

その二重奏こそが――


「私のっ……!」


刹那、アルセニオの臓腑を剣が裂く。

目にも止まらぬ速度で迫ったヴェルナーの刃。

深々と腹を食い破り、引き裂く。


剣が引き抜かれるとともに、ゆっくりと倒れる。

アルセニオは瞳を細めて己を見下すヴェルナーを見た。


「間違いない……お前は、最高傑作……」


「俺は失敗作だ」


ヴェルナーは剣をアルセニオの喉元に添える。


「貴様の目的は、この力を後世に継承すること。ならば俺はこの力を封印し、継承することはない。強き後継者を求める貴様の野望……俺が断つ」


「なんだと……?」


「地獄の底で悔し涙を流しながら見ていろ。俺が黒き力を滅ぼす様をな」


「ありえん! この力は世界にひとつだけの……」


アルセニオの言葉を遮って。

ヴェルナーは剣を振り下ろした。


後に残ったのは一人の剣士と、禁忌に踏み入った生物学者の屍。

そして陰から見つめる少女だけだった。

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