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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第10章 飢える剣士の復讐
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駆馬に鞭

黒き波動が伸びた瞬間、ヴェルナーがノーラを抱えて飛び退く。

数秒前まで彼が立っていた場所には、石畳の破片が舞っている。


「が、学園長っ……!?」


まったく事情を知らないノーラは驚愕した。

急に舞い降りたかと思うと、自分とヴェルナーを本気で殺しにきている。

普段から温和で淡々とした人柄からは考えられない凶行。


ヴェルナーはゆっくりとノーラを下ろし、敵影を見据えたまま言った。


「逃げろ。奴は俺にしか興味がないはずだ」


「いいや。残念ながら、いま学園にいる者は全員殺すことにした。誰がこの愚行に加担しているかわからないからな。職員含めて、たった数十人……まずはお前からだ、ヴェルナー」


「チッ……ノーラ、下がっていろ!」


強き殺意を浴びて怯んだノーラだが、臆することはない。

やはり学園長は悪人なのだと。

そう悟った瞬間、ヴェルナーとともに戦う覚悟をした。


敢然とアルセニオの懐に飛び込むヴェルナー。

彼の斬撃は黒き波動に打ち払われる。

目にも止まらぬ戦いの中に、もちろんノーラが介入できる余地などないが。


(救援を呼ぶか、わたしが何かアクションを起こすか……)


救援を呼ぶとしたら、合成獣が蔓延る中を駆けていかなくてはならない。

それはあまりにもリスクが高すぎる。


まずは眼帯を外す。

合成獣を寄せつけないためだ。


そして全身に魔力を宿し、街路樹の裏に回り込む。

これは『保険』だ。


「お前を……殺すッ!」


「そればかりだな、お前は。執念だけで壁は越えられんぞ」


鞭のように伸びる波動を、ヴェルナーは着実に打ち払っていく。

彼の戦闘技能はすさまじく高い。

それでもなお……負傷した体と、アルセニオの不可思議な力に苦戦を強いられる。


戦闘の傍ら、ノーラは魔力の流れを読み取る。

……だが、両者の戦いに魔力は介在していなかった。


「黒くて、魔力がない術……?」


記憶の隅に引っかかるものがあった。

クラスNの講義中、ヴェルナーが研究していた力。


魔力がないにもかかわらず、扱える『黒き術』だ。

彼は頑なにその力を披露しようとしなかったが……間違いない。

講義で聞いた特徴とすべて一致している。


「でも、どうして学園長がその力を……」


本来はヴェルナーの力だ。

彼がアルセニオに怒り狂っていることもまた、何か関係があるのだろうか。


「理解できんな。生物として己を上位たらしめる力を封じ、敵わないと知りながらも立ち向かう。お前の思考は本当に解せん」


「黙れ! お前に人の感情が理解できるものか!」


猛り、昂ぶり。

手負いの獣がアルセニオに食らいつく。


アルセニオが放つ黒き鞭。

それはヴェルナーが繰り出す剣筋の手数を上回る。

あの物量をどうにかしない限り、勝機は見出せない。


ノーラは手元に魔力を籠めた。

この場にいる第三者は自分だけ。

自分しかヴェルナーに貢献できない。


手元にわだかまる鈍色の靄。

靄は魔力を籠めるにつれて輝きを宿し、光輝を宿す球体に変じる。


「――幻影光(アトゥマーズ)


魔力展開範囲は周囲一帯、対象はアルセニオに限定、出力は最大。

見せる幻影は……『恐怖するもの』。

ノーラは一瞬で魔術の形を演算し、射出した。


七色の光の幕が、ヴェルナーとアルセニオを分断する。

瞬間、アルセニオがノーラへ視線を向けた。


「邪魔を……」


「こっちを見ろ!」


右目の出力は最大。

さらに恐怖の幻影の重ねがけだ。

これでアルセニオは意識すら保てなくなる可能性が高い。



だが。

光の幕を破って黒き波動が飛び出した。


「嘘だろ……っ!?」


自らの胸元を黒色の殺意が貫く。

まさかの展開にノーラは刮目した。


「ノーラ!」


すかさずヴェルナーが波動を断ち、間に割って入る。

アルセニオは余裕の態度を崩さずにそこに立っていた。

気を失うことも、何かに恐怖することもなく。


「見る者を恐怖させるという右目か。あいにく、私は恐怖という概念を持ち合わせていないのでな」


この男……ペートルスと同じだ。

恐怖するものがないから、ノーラの呪いが効かない。


「まあ、仮に私に恐れるものがあったとしても……黎の力に慣れている以上、邪眼は通用せん。そこの愚息は力を封印しているせいで、邪眼も効いてしまうようだが……」


アルセニオは、ノーラの右目を見ないようにしているヴェルナーを一瞥した。

邪眼、愚息、黎の力。

気にかかる言葉はいくつかあったが、今は考察している場合ではない。


「極めて精巧で、純粋な幻影魔術を見た。貴重な機会をくれたことに感謝はするが……優先的に死んでもらおうか、ノーラ・ピルットよ」


標的が切り替わる。

恐怖を見せる以外の幻影魔術を使われれば、アルセニオとしても厄介だ。


「アルセニオッ! 貴様の相手は俺だ!」


「何度言えばわかる。お前では相手にならんのだよ、ヴェルナー」


伸びた黒き波動、一拍遅れて隆起したヴェルナーの足元。

これまで見ることがなかった二段構えの攻撃。

ヴェルナーの反応がわずかに遅れ、石畳を転がって弾き飛ばされる。


すでに体力を削られていたところにあの衝撃だ。

かなりのダメージを受けただろう。


ノーラを守るものは何もなくなった。

胸が激しい痛みを訴え、出血により意識が朦朧として。

眼前の男に殺される一歩手前。


「……テメェは何がしてえんだよ」


しかし心は手折られることなく、ノーラは敵意をぶつけた。

思いのほか気丈な反応が返ってきて、アルセニオは愉快そうに口元を吊り上げる。


「研究だ。実に学園長らしく、学者らしいだろう。私がこのニルフック学園を買い取ったのも、一般に禁忌とされる領域に踏み込むため。もちろん……クラスNを設けたのも、私が知らぬ知識を取り入れるためだとも」


科学の進歩はすべてに勝る。

それがアルセニオが抱える信念だった。

人倫、道徳、規範……そのようなものに人類の進歩を妨げられるなど、心底馬鹿馬鹿しい。


「ノーラ・ピルット。君の力にも最初は興味があったが……ペートルス・ウィガナックと同じ邪器だと知れた以上、もはや研究の価値はない。幻属性の魔術には少しだけ興味はあるが、致し方なし」


「……」


「さらばだ」


もはや言葉を紡ぐ必要はない。

ただその場に立ち尽くすノーラに向けて、アルセニオは黒い波動を伸ばした。

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