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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第10章 飢える剣士の復讐
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蛇の道は蛇

エルメンヒルデを除く面々は、馬車に揺られて帰路に就いていた。

様々な事件に巻き込まれつつも、年末年始を教皇領で過ごした日々。

良くも悪くも思い出にはなっただろう。


テュディス公爵領に差しかかり、馬車が停止する。


「俺とフリッツはここでお別れだな」


「はい。また冬休み明け、学園で会いましょう」


スクロープ侯爵領とセヌール伯爵領は、ここから南方にある。

そしてルートラ公爵領は東方に。

ペートルスは馬車から降りたマインラートとフリッツに笑顔を向ける。


「長旅おつかれさま。家まで気をつけて帰ってくれ」


「おう。……あれ、ヴェル先は降りないのか?」


「俺はテュディス公爵家には戻らん。このまま学園に戻る」


意外な答えに一同は目を丸くした。

マインラートは呆れたようにため息をつく。


「ったく……そんなんじゃテュディス公が悲しむぜ? 少しは一緒に過ごしてやれよ」


「そうですよ。ヴェルナー先輩のお気持ちもわかりますが……年始のあいさつくらい、してきたらどうでしょうか?」


「…………」


諫言に耳を傾けず、ヴェルナーは仏頂面を浮かべている。

彼にいくら言い聞かせても仕方ないと悟ったのか、二年生たちは諦めたようにかぶりを振る。


「それでは、みなさん。ありがとうございました。良い思い出になりましたよ」


馬車の扉が閉じる。

車内に残されたノーラ、ペートルス、ヴェルナーは沈黙していた。

再び馬車が走り出し、東方へ。


沈黙に耐えかね、ノーラは小さな声でペートルスに尋ねる。


「冬休み中も学園って開いてるんでしたっけ?」


「ああ。ほとんどの生徒は帰省するが……寮に残る生徒もいるよ。僕も少し用事があって、冬休みが終わる前に寮に戻ろうと思うんだ」


返答を聞いた瞬間、ノーラは瞳をわずかに輝かせた。


「あ、あのですね……ペートルス様。わたしも冬休み明けの数日前には、学園に戻りたいと思っていてですね」


「……あまりおすすめはできない。君は刺客に狙われることもあるし、人気が少ない休暇中の学園に行くのはやめておいた方がいい」


「その……課題をですね、学園に置いてきてしまっているんです」


ノーラは気後れしつつもカミングアウトした。

冬休み中の課題、そんなものは適当にやればいいと。

そう考えていた甘さが悲劇を招いたのだ。


彼女の告解を聞き、ペートルスは苦笑いせざるを得なかった。


「そういうことなら仕方ないか。課題は何日くらいあれば終わりそうかな?」


「ええと、三日で終わらせます! 全力で終わらせます!」


「課題というものは少しずつ進めることで、学習効果が出るものなんだけどね。一息にやってしまうと知識として定着しないよ」


「おっしゃる通りでございます。はい、申し訳ございません。しかし課題を提出しないよりはマシかと思いまして」


「そうだね。では僕とノーラ、ヴェルナーの三人で学園に戻ろうか」


ヴェルナーは不服そうに喉を鳴らした。

もしかしてノーラたちと一緒にいることが嫌なのだろうか。

そこまで嫌われている自覚はないのだが。


沈黙が漂う馬車に揺られ、三人はニルフック学園へ向かった。


 ◇◇◇◇


異様なほどに静かだ。

風の音だけが響くニルフック学園の正門前にて、ノーラは強烈な違和感を覚えていた。

いつも人で溢れている場所がこうも静かだと、別の世界に吸い込まれてしまったようだ。


「俺は先に行く」


「あ、はい。おつかれさまです」


「……ノーラ。あまり一人で行動はするなよ。どういうわけか知らんが、お前は刺客に狙われることもあるらしいからな。極力、部屋からは出るな」


ヴェルナーの忠告に対し、ノーラはこくりとうなずいた。

たしかにここまで人気がないと、学園の中でも安全とは言えない。

生徒の大半は帰省しているし、守衛も年始ということで休みの人が多い。


去りゆくヴェルナーの背を見つめ、ノーラもまた歩きだした。


「わたしは教室に課題を取りに行ってきます」


「ヴェルナーに言われたそばから一人で行動しようとしてるじゃないか。僕も一緒に行くよ」


「あ、そうでした。ありがとうございます」


ペートルスと一緒に一年生クラスBの教室に向かう。

道すがらノーラはペートルスに尋ねた。


「ヴェルナー様……ご実家で過ごさなくても良かったのでしょうか」


「テュディス公は寂しがっているだろうね。ただ、彼にも彼なりの考えがあるのだろう。色々と……複雑な事情があるから」


「ヴェルナー様はテュディス公爵家の養子、なんでしたっけ」


「そうだね。テュディス公はヴェルナーを本当の息子のように扱っているが……ヴェルナー自身は距離を置こうとしている。親子のすれ違い、というやつかな?」


僕はよくわからないけどね、とペートルスは言葉を結んだ。

反抗期を迎えることもなく、彼の両親は亡くなってしまった。


「わたしだって義母に対する煩わしさがありますからね。まあ義母に邪険にされていたわたしと、義父に優しく接されていたヴェルナー様では環境が違いますけど」


「そうだね。邪険にされていたどころか、今では君の暗殺計画の主犯疑惑があるからね……」


物騒な話をしているうちに、クラスBの教室に到着。

ノーラは自分の机の引き出しから放置していた教科書とノートを取り出した。


「あったあった。この量の課題を三日で終わらせるのか……きちぃな」


長期休暇の課題は学年が低いほど多くなる。

三年生にもなると、各々の進路に向けて自主的に勉強をする生徒が多くなるからだ。

腕にどっしりと抱えた教科書を見て、ノーラは顔をしかめた。


「ははっ。まあ自業自得というやつだね。ヴェルナーの言う通り、部屋で大人しくしながら課題をして過ごすといい」


「はい……がんばります。わからない箇所があったら、ペートルス様に聞きに行っても?」


「僕は……部屋をほとんど留守にしているから、あまり力になってあげられない。悪いね」


「わかりました。独力でがんばろうと思います」


部屋を留守にして、この閑散としたニルフック学園で何をするのだろうか。

気になったが聞くのは遠慮しておこう。


「部屋まで送るよ。行こうか」


ペートルスと共に部屋へ向かい、ノーラはさっそく大量の課題に向き合うことにした。

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