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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第10章 飢える剣士の復讐
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獅子身中の虫

クラスNの面々は新年祭が開かれている宗教都市へ繰り出した。

新年を祝うムードに包まれた街中は、多くの人々で賑わいを見せている。


「いいねぇ……今までは実家で厳かに新年を祝っていたが、たまにはこういうのも悪くない」


マインラートは行き交う人々を見て、眩しそうに目を細めた。

笑顔で民が暮らしている。

ただその光景を見るだけで、彼の心は少し晴れやかになる。


シュログリ教では『新年は多くの人々とともに祝うべし』という教えがあるそうだ。

一般的な帝国貴族は家族だけで静かに正月を過ごすが、賑やかな雰囲気も悪くない。


「向こうには屋台とか露店がたくさんあるんですよ! 前にフリッツ先輩が食べてみたいって言ってた、ライチ飴もありますよ!」


「ほう……シュログリ教の伝統的な菓子ですね。一度は口にしてみたかったのです」


エルメンヒルデが先導して歩き、他の面々が続く。

彼女ほどシュログリ教の祭事のガイドに最適な人物はいない。


「俺は食い物よりも、綺麗な装飾品とかを探したいな。案内してくれるかい、エルメンヒルデちゃん?」


「いいですよー。マインラート先輩におすすめしたいのは……欲望を抑えるネックレスとか、理性を高めるリングとかですね!」


一行が和気あいあいと会話する中、ヴェルナーは後ろを歩いて黙りこくっていた。

これが彼の平常運転といえばそうなのだが。

ノーラは彼に近寄り、それとなく話しかけた。


「ヴェルナー様は何か見たいものとかないですか? 興味があるものとか……」


「特にない。お前たちについていく」


「な、なんかこう……剣とか売ってたらいいですね?」


剣を売っている新年祭とは。

自分の言葉に疑問を抱き、ノーラは首を傾げた。


「ノーラ。俺に気を遣う必要はない。俺は趣味も生きがいも特にない、つまらん人間だ。気にせず祭りを楽しめ」


「もちろんお祭りを楽しむのは大前提ですよ。でも、ヴェルナー様にも楽しんでほしいなって。気を遣ってなんかいませんし、ヴェルナー様が満足しているならそれでいいですよ!」


「……そうか」


楽しんでいるかどうかなど、本人にしかわからないのだ。

つんとしているが、実際はヴェルナーも楽しんでいるかもしれないし。

とにかく今はこの時間を大切にしたい。



あれこれと店を巡り、食べ物を堪能し、新鮮なものを見て。

少しだけ足に疲労を覚えてきたころ、不意にヴェルナーが足を止めた。


「ヴェルナー様?」


彼は視線の先にある露店へ足を伸ばす。

慌ててノーラも後を追った。

店先にはずらりと綺麗なアクセサリーが並んでいて、輝きに魅了されてしまいそうだ。


じっと商品を見つめるヴェルナーに対して、商人が手もみしながら尋ねた。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


「……これは」


彼が指先でつまみ上げたのは、ひとつの首飾りだった。

他のアクセサリーのように宝石や金をあしらったものではなく、不思議な紋章を模ったものだ。


「おお、お客様はお目が高い! それは南方から伝わる首飾りでございます。ええと、どのような紋章でしたかは詳しく存じ上げませんが……とかく特別な紋章であったかと!」


商人の適当すぎる言葉に、ノーラは苦笑いした。

しかしヴェルナーの表情は真剣そのもので。

彼は首飾りを見つめて瞳を揺らしていた。


「これを買おう」


「かしこまりました! ありがとうございます!」


即断即決。

ヴェルナーが首飾りを買う姿を見て、後ろからやってきたマインラートが驚愕の声を上げる。


「おいおい、マジかよ。ヴェル先がアクセサリーを買うなんてな」


「……」


おそらくヴェルナーはお洒落に興味があって買ったわけではない。

彼にしか知り得ない、特殊な何かに惹かれて首飾りを手に取ったのだと……ノーラはそう思う。


エルメンヒルデがノーラの袖を引き、耳元で囁いた。


「あの首飾りについてるのはねぇ、南のシェンって国に伝わる紋章だよ。特定の部族の所属を示す紋章だったはず」


「へぇ……物知りだね。フリッツ様より博識じゃん」


「ピルット嬢? 聞こえていますよ?」


あの首飾りが旅路の思い出になればいい。

卒業後、ふとした日に昔を懐かしむ機会になってくれれば。

それがノーラにとって、何よりの願いだった。


 ◇◇◇◇


クラスNの面々が祭りを巡っているころ。

ペートルスはただ一人、教皇領の東方へ赴いていた。


茶色のチェスターコートとボーラーハットを身につけたペートルスは、鋭い視線で向かいに座る男を射抜いた。


「刺客ミクラーシュ。貴殿と交渉の場を設けた理由は、もうわかっているかな?」


ノーラの暗殺を仕損じた刺客、ミクラーシュ。

彼は腑に落ちない様子で首を傾げた。


「はて。ペートルス卿、あなたはルートラ公爵の孫。ルートラ公爵に代わり、私を殺しに来たのですか?」


「まさか。お爺様が仕損じた殺し屋を生かしておくわけがない。わざわざ僕が殺さずとも、君たちはこのまま死ぬ運命だよ」


ノーラの暗殺を命じた人物。

それはペートルスの祖父、ルートラ公爵である。

ペートルスはとうに祖父の真意に気がついていた。

すべてを承知の上で、策謀を巡らせる。


「――僕の麾下について生き延びるか、このまま部下もろともお爺様に殺されるか。答えを聞きに来たのさ」


ペートルスは結論から告げた。

祖父を裏切り、自分に味方しろと。


「……妙な話です。ペートルス卿はルートラ公爵の後継者、そして手先とも呼ばれる御仁……そんなあなたが、なぜルートラ公に牙を剥くような真似を?」


ペートルスがルートラ公と対立する理由が見当たらない。

順当にいけば、次代公爵の座はペートルスだ。

継承争いをしているわけでもないのに、祖父に反逆する意味がないのだ。


「ふむ……君の疑問はもっともだ。では、何よりも納得する理由を教えてあげよう」


交渉の席を立ったペートルスは、ミクラーシュにレイピアを突きつけた。


「――あの人が気に入らないから、だよ」


最大限の憎悪と怒りを籠めて。

彼は呪詛を吐いた。


「フッ……良いでしょう。どちらにせよ、返答は二つに一つ。今この瞬間より、貴殿を主と仰ぎましょうか」

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