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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第10章 飢える剣士の復讐
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小鼠の執着

挿絵(By みてみん)


『失敗作か』


ああ、そうだ。

俺は失敗作、壊れたように剣を振り続ける。


人ではない、獣だ。

未来も、愛も、幸福も。

俺という獣の生涯には必要ない。


ただひとつだけ、執念を。

渇望し、憎悪し、願い続けろ。

この刃は――必ず奴の首に届く。


忌憚すべきは(くろ)き業。

血に流るる悪しき野望。

必要ない、俺には鈍色の刃さえあればいい。



ニルフック学園への入学理由――復讐のため。

テュディス公爵家の養子に入った理由――復讐のため。

絆を紡いだ理由――きっと、復讐のため。


「……殺してやる」


 ◇◇◇◇


教皇との話の後、ノーラは男子たちが滞在する部屋へ向かった。

新年のあいさつをまだ正式にしていない。


「あぁ……なんだこれ、めんどくせえな! おいフリッツ、代わりに解いてくれ!」


「お断りします。多少の手間はかかりますが、しっかりと解法を勉強しておけば解ける問題ですよ」


机に向かって頭を抱えるマインラート、それを呆れた様子で眺めるフリッツ。

新年早々何をやっているのか。

ノーラは気後れしつつ声をかけた。


「あけましておめでとうございます。フリッツ様、マインラート様」


「おや、ピルット嬢。あけましておめでとうございます。昨日もあいさつに伺ったのですが、レビュティアーベ嬢と一緒にお出かけしていたようですね」


「はい。一日遅れになってしまいましたが、今年もどうぞよろしくお願いいたします」


ノーラの礼に、フリッツもまた深々と礼を返す。

しかしマインラートは興味なさそうに頬杖を突いていた。


「マインラート様は礼儀がなっていませんね。平民に送る言葉なんてないとでも言いたげです」


「よくわかってるじゃないか。俺は今、冬休みの課題で忙しいんだよ。貴重な時間を奪わないでくれ」


「そういえば……ピルット嬢は課題を順調に進めていますか? 新年早々こんな話はしたくないのですが、早めに終わらせておくに限るかと」


「あー……ま、まあ、ほどほどに? 冬休み明けまでには終わらせます」


そもそも課題を持ってきていない。

ニルフック学園に置き忘れてきた。

課題を持ってきているだけ、マインラートの方が偉いのでは?


「そういえば……ペートルス様はお出かけしているそうですが。ヴェルナー様の姿も見せませんね」


「ヴェル先は相変わらず外に出て鍛錬中だ。……ったく、たまにはゆっくり過ごせばいいのにな。元旦から走り込みして、素振りをして、ご苦労なこった」


相変わらず強さへの執着がすごい。

ノーラが入学したてのころよりも、ヴェルナーが鍛錬する頻度は増しているような気がする。

そろそろ卒業も近いというのに、何が彼をそこまで駆り立てるのだろうか。


クラスN全員で旅行しにきたのは、卒業する三年生に思い出を作ってほしいという目的もある。

しかし当の三年生たちは各自で動いていて、思い出作りどころではない。


「ヴェルナー先輩はどちらに?」


「中庭の方にいらっしゃいます。シュログリ教の僧兵の方と手合せをしていることが多いです。とはいえ今は正月ですから、僧兵の方も休んでいらっしゃるかもしれませんね」


「わかりました。とりあえずヴェルナー先輩にもあいさつをしてきます」


部屋を出て、神殿の裏手に回る。

アニアラ大神殿は非常に広大で、内部に自然環境が作られているほどだ。


森のように木々が並び立つ中庭へ。

今は冬だから木が枯れているが、他の季節には風光明媚な姿を見せるという。

冷たい空気が張り詰める枯れ林を進んでいると、ノーラの鼓膜を剣撃の音が叩いた。


近づいてみると、木々の合間から剣を振るうヴェルナーの姿が見えた。

一心不乱に型をなぞり、剣先で空を切る。


「ヴェルナーさまー」


「……何をしに来た」


視線をノーラに向けず、ヴェルナーは素振りを続ける。


「もちろん新年のごあいさつです。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


「あぁ。だが、俺は今年で最後になる。今年もよろしく……というのは少し違うかもしれんな」


「そんなことありませんよ。卒業してもずっとお友達……? ですよね?」


「……どうだろうな」


そこは『一生親友だぜノーラ』とか快く言ってほしかったが、ヴェルナーがそんなことを言うわけがない。

ノーラとしては卒業したらもう会わない、なんてことは嫌だった。

可能であれば卒業後も定期的に顔を合わせたい。


ペートルスと違い、ヴェルナーは離れたら二度と顔を見せない気がして。

彼のことを深く知らないのに、離れてしまうのは寂しかった。


「よかったらお出かけしませんか? どこか買い物にでも」


「いや、結構だ。今は鍛錬に注力したい」


「そうですか……」


ノーラは眉を八の字に曲げて黙り込んだ。

ヴェルナーが描く剣筋は芸術的。

長年積み上げてきた技巧と美しさが見て取れる。


「…………」


ちら、と。

ヴェルナーがこちらを見た。


彼は少し拗ねたように黙り込むノーラを見て、ばつが悪そうに喉を鳴らした。


「チッ……どこに行きたい」


「はい、新春の売り出しに! 神殿の周りは国中から商人が集まって、すごく賑わいを見せているみたいですよ!」


予想通りと言うべきか、なんだかんだでヴェルナーは付き合ってくれる。

ノーラとしてもこの展開を予想して拗ねた節がある。

調子よく答える彼女に、今度はヴェルナーが不服そうに口元を歪めた。


「遊んでいる暇はないのだがな……まあいい。フリッツとマインラート、エルメンヒルデも連れて行ってやれ」


「了解です。卒業が近いですが、ヴェルナー様は卒業後も剣の道を往くんですか?」


中庭から帰る道すがら、ノーラは尋ねる。


「卒業後の進路は考えていない。俺は……ただ目的を果たせればそれで構わん」


ヴェルナーはテュディス公爵家の養子。

権力を使えば、どんな進路にだって進むことができるだろう。

だが彼は未来などに興味はなさそうで、いつも淡々としている。

彼の胸に在るのは力への執着のみ。


「目的って……なんなんですか?」


「……もうすぐわかる」


それきりヴェルナーは口を閉ざした。

相変わらず何を考えているのかわからない人だが……ノーラにはヴェルナーと過ごす沈黙の時間が心地よかった。

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