表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第1章 呪縛
14/216

責任を投げること

「浴場ってか池?」


ルートラ公爵家の風呂はデカい。

黒の大理石で造られた大浴場。

広大な空間になみなみと張られたお湯。

水面には赤い果実や花が浮いている。

軋んだ離れで桶に入っていたエレオノーラからすれば、これを風呂と呼ぶのは抵抗すらあった。


湯の熱は魔石によって維持されているようだ。

大貴族の邸宅は惜しげもなく高価な魔石を使い、家の様々な施設を充実させる。


「まず体を洗います。……石鹸はどこにあんだよ」


広大な浴場を巡り、壁際に鏡面を発見。

その前に椅子と謎の瓶が置かれていた。


「なにこれ……液体石鹸?」


初見の物質にエレオノーラは戸惑いを隠せない。

石鹸といえば白くて丸くていい匂いがする物体を指し示すのだが、ルートラ公爵家では石鹸が液体になっているらしい。

液体石鹸は最近発明された新技術で、帝国でも高位貴族ばかりが使っている高級品。

引き籠りのエレオノーラが知っているはずもなかった。


「ふーん。まあいいや、使ってみよっと」


液体を手のひらに垂らす。

ひんやりとした液体石鹸から花のような香りが漂った。

毛髪用と体用の石鹸を間違えたことには、エレオノーラは最後まで気づかなかった。



「あ゛~゛~゛」


湯船に浸かり、品のない声を上げる。

そもそも体を伸ばして風呂に入れるということが、どれだけ幸せなことか。

なんなら広すぎて泳げてしまう。


極楽のまま呆けていると、湯温にも慣れてきたのか物足りなくなってきた。

若干ぬるいな、と。

彼女は風呂を泳いで壁際に寄った。

クロールしてタッチしたのは、壁に埋め込まれた赤い魔石。


「これをこーして、こう。あっ、違う。こうかな、こうだねぇ」


魔石に触れて魔力を流し込む。

すると湯の温度が上昇し、エレオノーラの求める温度になった。

魔石をいじるのは初めてのことだが意外と何とかなるものだ。


思う存分に風呂を楽しみ、エレオノーラは湯船から出た。


 ◇◇◇◇


浴場の前にある更衣室。

エレオノーラの侍女になったレオカディアは、静かに待機していた。

ペートルスからは『世間知らずのご令嬢』だと知らされているものの、いまだにエレオノーラの底は知れない。

これからじっくりと時間をかけて新たな主人を知っていく必要がありそうだ。


浴場の扉が開く。

レオカディアは即座にタオルを持ち、エレオノーラを迎えようと……


「……っ!?」


思わずレオカディアはタオルを取り落とした。

浴場から出てきたエレオノーラは特に変わった様子はない。

それどころか血行が良くなり、髪の艶も増して磨きがかかっている。


それなのに――今、レオカディアは震えていた。

目の前にいるエレオノーラがどうしようもなく恐ろしい。


「あ、レオカディア様。ただいま戻りまし……んぁ」


エレオノーラも引っかかりを覚えて足を止めた。

ああ……見慣れた目だ。

何度も何度も、飽きるほど見た畏怖の視線。


すぐに右目を瞑る。

瞬間、レオカディアが正気を取り戻したように我に返った。


「あっ……し、失礼いたしました」


「い、いいんですいいんです。慣れてますから。わたしの方こそ怖がらせてすみません……」


右目を隠すのを忘れるとこうなる。

今後、絶対に忘れてはならない戒めだ。

自分が化け物になりたくなければ。


「レオカディア様のせいじゃ、ないですよ。全部わたしのせいですから」


無理してエレオノーラは笑顔を浮かべた。

その表情が決して笑顔と言えるものではなく、引きつった痙攣になっていることは言うまでもない。


「エレオノーラ様……いいえ。あなたのせいではありませんよ」


レオカディアは歩み寄り、タオルで濡れた髪を包む。

彼女の繊細な手つきにエレオノーラはくすぐったい感触を覚えた。


「ペートルス様から話は伺っております。その呪いは……エレオノーラ様が欲しくて手に入れたものではないでしょう? 運命に背負わされた枷を、自分の責任にしてしまうのは違います」


目を閉じたまま、エレオノーラはされるがまま髪を拭かれる。

レオカディアの言葉には色々と思うところがあった。

労う言葉をかけてくれることは嬉しい。

……と同時に、呪いを背負う自分にしかこのつらさは理解できないのだと、ひねくれた感情も持ってしまう。


「この呪いに対する責任を……わ、わたしが負わないのなら、他の誰が負うのですか。きっとわたしが悪い子だから、世界に気に入られなかったから……こうなったんです。望んでいなくとも、得てしまったものには……せ、責任が生じるものじゃないでしょうか」


最初は抵抗を重ねた。

どうにか自分の呪いを取り除こうと、本人も父も躍起になったのだ。

だがどうやっても原因は見つからず、次第に希望を薄れさせてここまで至った。

自分が『呪われ姫』になったことでイアリズ伯爵家の名誉を傷つけた事実も変わらない。


「そうですね。そういう考え方もあります。でも……運命に責任を投げてしまった方が楽ではありませんか? 人間は楽な方向に、ポジティブな方向に物事を考えた方が上手くいくものです」


「責任を、投げる……」


「はい。他の誰かのせいにするのはよくありませんが……運命のせい、神様のせいにしてしまうのはいいんじゃないでしょうか? 少なくとも私は、呪いがエレオノーラ様のせいだとは思いませんよ」


天を呪ったことは何度もある。

世界に呪詛を吐いたことは何度もある。

どうして自分がこんな呪いを背負わなければならないのか、と。


それでもわたしは『この呪いと生きていく』。

そう固定観念を持っていたから。

レオカディアの言葉は晴天の霹靂だった。


「ん……は、はい。じゃあ、あんまり呪いのことを背負わないように……してみます。難しいかもしれないですけど」


「その調子です。私も、もちろんペートルス様も……多くの人があなたの味方になってくれますよ。自分を孤独だと思わず、大切にしてくださいね」


エレオノーラはこくりとうなずいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ