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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第9章 惑わぬ佯狂者の殉教
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火消し

血だまりを踏みしめ、刺客の少女……イトゥカは大きく欠伸をした。


「ふわぁ……きっついなー。ここでずっと待機でしょ? 元日からこれはキツいよー」


周囲に転がる数々の骸。

山頂、社にいた聖職者たちの死体だ。

これから行われる奉納の儀に向けて準備していた聖職者たちを、刺客は無残に殺し尽くした。


面倒そうに死体の上に腰を下ろしたイトゥカ。

そんな彼女に対して、同胞のペイルラギは叱責を飛ばす。


「だらしがないですな、イトゥカ殿。いつ標的が来るかわかりませぬ。警戒を解かれぬよう」


「うるさいなー。女の子の二人組でしょ? 今回は護衛もいないし、サクッと殺ればいいんだよー!」


「やれやれ……ミクラーシュ先生から受けた教えをお忘れか? 一流の殺し屋たるもの、いついかなるときも……」


「あーはいはい。わかったよ。気をつけるよー!」


これは駄目だと嘆息したペイルラギ。

彼らの目的は相も変わらずノーラの暗殺だ。

今回は二人で襲う上に、相手は女子のみ。

イトゥカの言う通り、失敗する可能性は極めて低いが……それでも慢心しないのが一流である。


常にノーラの動向を監視していたミクラーシュは、彼女が奉納の儀に同伴するという情報を得た。

しかも巫女長のエルメンヒルデは護衛の騎士団もつけず、警戒している素振りを見せない。

強襲を仕掛けるならばここしかない……とのことで、弟子の二人が社に派遣されたのだ。


「イトゥカは内部で待機を。某は外部で標的の接近を見張り、標的が社に入った瞬間に後方から襲う。挟み撃ちにしますぞ」


「りょーかい。早く来ないかなー」


死の匂いで汚された社に、イトゥカのため息が消え行った。


 ◇◇◇◇


やっとの思いで、ノーラは山頂へ到着した。

目の前には木製の社が聳え立っている。


「つ、疲れた……」


「ノーラちゃんは軟弱だねぇ。帰りも歩くけど大丈夫そ?」


「無理かも。おぶってよエルン」


「えー……どうしよっかなー?」


帰りもカフェに寄ることができれば、中間地点で休めるのだが。

あのカフェ消えたしなぁ……とノーラは不安な気持ちになる。

すでに足が棒になりかけているのだ。


エルメンヒルデは社の扉に手をかけ、力を籠めて押し開けた。


「巫女長です。奉納の儀をしに……」


閉口、沈黙。

扉を押し開けたまま硬直したエルメンヒルデ。

目前で急に静止した彼女を見て取り、ノーラは首を傾げた。


「エルン、どうした?」


エルメンヒルデの後ろから、ノーラもまた社の中を覗き込む。

視線の先――紅の海。


「っ……!?」


鼻先をくすぐった鉄の匂い。

消された燭台の下には、シュログリ教の礼服を着た人々が転がっている。

床に広がる血だまりは……彼らの肉体から流れ出ていた。


死体の山だ。

全員、殺されている。


「こ、これ……」


「――やーっと来た。あたし、めっちゃ待ったよーっ!」


社の奥から場違いに明朗な少女の声が響く。

瞬間、暗闇で鈍く煌めいた刃。


いつしか眼前に迫っていた刺客の少女……イトゥカ。

彼女が振り抜いた刃は、エルメンヒルデが咄嗟に展開した結界で防がれていた。


「ノーラちゃん、私の後ろに」


「う、うんっ……」


鼓動が加速する。

また刺客の襲撃だ。

ノーラはエルメンヒルデが広げた結界に身を隠すようにして、社の出口へ後退った。


混乱、動揺。

また自分のせいで。

今回は巻き込まれて死んだ人もたくさんいる。

ノーラは何もかもがわからなくなって、息を切らして肩で呼吸する。


結界に刃を阻まれたイトゥカ。

だが、彼女はノーラの後退を見て口の端を釣り上げた。


「ペイルラギ!」


「……ノーラちゃん!」


社の出入口に差しかかったノーラ。

彼女の頭上に、ひとつの黒き影が舞う。

全身を黒装束で包んだ男……潜んでいたペイルラギが、刃を振りかざしていた。


「お命、頂戴する」


視線が交差する。

神殿で自分を殺しにきた刺客だ。


すぐ目前まで銀色の刃先が迫っている。

細切れになった視界の中、ノーラは悟る。


(……あ、わたし死ぬんだ)


いつ死んでもおかしくない人生だ。

死ぬ覚悟はできていたし、さして怖くもないけれど。

こんなところで死ぬなんて。


走馬灯は流れない、痛みに怯えて瞳を閉じることもない。

ただ煌めく刃が異様なほどにゆっくりと、確実に迫っている。


「――」


視界の端に桃色が舞った。

一瞬のうちにノーラの上に覆い被さった少女。


エルメンヒルデは、ノーラを庇うように飛び込んできた。

深々と、ペイルラギの刃が彼女の背に突き刺さる。


「ぬっ……!」


妨害を確認したペイルラギは即座に刃を引き抜く。

同時、脇から飛んできたイトゥカがエルメンヒルデの首筋を掻っ切った。

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