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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第9章 惑わぬ佯狂者の殉教
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山中、謎のブックカフェにて

翌日、元旦。

早朝から元気なエルメンヒルデに叩き起こされたノーラ。

二人はシュログリ教が手配した馬車に揺られ、奉納の儀を行うという山へ向かっていた。


馬車には神楽で使ったという、採り物や巫女装束が積まれている。

ノーラは向かい側に座るエルメンヒルデに尋ねた。


「そういえばさ、護衛の騎士団とか……なんていうの? 僧兵? みたいなのは引き連れていかないの?」


「エルンが巫女長になるまでは、護衛も連れて行ってたらしいよ。でもいらんでしょ。邪魔なだけじゃね?」


「お前……どうなっても知らないからね。賊に襲われて拉致とかされたらどうすんだよ」


警戒心がなさすぎる。

仮にもシュログリ教で重要な地位を占める、貴族のご令嬢だというのに。


「そういえば、わたしに話したい大事なことって?」


「あー……後で話すよ。うん、話すのに相応しい場所でね」


エルメンヒルデは歯切れ悪く言った。

ここ最近は衝撃的な出来事ばかりゆえ、どんな話を切り出されても驚かない自信がある。

ノーラは泰然自若として構えていた。


「これから向かう山って、シュログリ教にまつわる神聖な場所だったりするの?」


「いや、ふつーの山だよ。登山家も登ってたりするし、動物を狩ってる猟師もいる。山頂にあるシュログリ教の御社だけは、一般人立ち入り禁止だけどね」


管理者がシュログリ教の人間ではなく、近辺の村の長だとか。

たまに社に盗人が入りそうになって捕まるとか。

どうでもいい情報を聞きつつ、ノーラは山へ向かった。


 ◇◇◇◇


霜が降りる山道を歩く。

儀式で毎年シュログリ教の巫女長が通るだけあって、山道はしっかりと舗装されている。

そこまで足腰につらい行程はない。

運動音痴なノーラもかろうじて登山できていた。


「なんか寒くないな。真冬の朝、しかも山の中だけど」


「昨日の神楽の影響だろうねぇ。ほら、あっちの空はまだ赤いし。熱気がこの地方まで伝播してきてるんだよ」


エルメンヒルデは彼方の空を指さした。

大神殿がある方角の空は、いまだに赤く染まっている。

そして熱気を孕んだ風が、遠方のこの山まで届いていた。


「神楽の影響すげー。マジで神の御業じゃん」


「ふふふ……もっと褒めてくれてもいいんだよ?」


「でも、すごいのはエルンじゃなくて神様だよな……」


「…………そうだねぇ」


ノーラの言葉に、エルメンヒルデは渋々うなずいた。

もちろんエルメンヒルデもすごいと思うが。

どこまでが焔神の力で、どこまでが彼女の力なのかわからないのだ。


それはさておき、とノーラは山を見上げた。


「いつまで歩くんだよこれ。長くね?」


「まだ登り始めて三十分しか経ってないよ。一時間くらいがんばってー」


「やっぱり来なければ良かったぜ……って、ん? ねえ、エルン。あの建物はなに?」


不意に視界に入った木造の建物。

山道の脇にポツンと佇んでいる。


エルメンヒルデは目を瞬かせ、建物に向かって走っていった。

ノーラも慌てて後を追い、建物の看板に書かれた文字を読み上げる。


「『ブックカフェ・エルヴィス』……だって」


「え、こんな辺鄙な山にカフェ? 一年前にエルンが来たときは、こんなお店なかったけどねぇ……」


「お客さんとか、年に数人くらいしか来なさそうじゃね?」


「うん。怪しさ満点すぎる!」


二人は怪訝な視線をカフェに向けた。

違法なブツを売買している店ではないだろうか。

表向きはカフェだが、特殊な注文をすると違法薬物が出てきたり。


ノーラはエルメンヒルデの服の裾を引いて、退散を促した。

しかしこの巫女、興味を持ったものには気後れせずに突っ込んでいくスタイル。

一切の躊躇を見せずに店の扉を開け放った。


「お邪魔しますー」


「待て待て待て……」


慌ててノーラも後を追う。

心地よい鈴の音が鼓膜を叩く。

店に入った瞬間、山道よりも清澄な空気が肺になだれ込んだ。


本特有のスモーキーな匂いと、快晴の日のように澄んだ空気がブレンドされたかのような、独特な雰囲気。

壁際の書棚にはきっちりと整頓された本が並んでいた。


「ようこそ、『ブックカフェ・エルヴィス』へ」


カウンターには一人の女性が座っていた。

長い赤髪に、エメラルド色の瞳。

不可思議な気配を持つ少女は、理知を秘めた視線で二人を射抜いた。


「こんにちはー。お店って開いてますか?」


「ああ。山頂へ向かう傍ら、ここでひと休みしていくといい。歓迎しよう」


「だってさ。ノーラちゃん、ちょっと見ていこうよ」


「う、うん……意外と雰囲気いいし。気になるかも?」


カフェの中に他の人はいない。

こんな誰もいないような山の中、しかも元日。

営業しているのが理解できないくらいだ。


ノーラは興味本位に書棚を見てみる。

全体的に古めの本が多いが、最新の本まで揃っているようだ。

エルメンヒルデはざっと内装を見渡して呟く。


「ブックカフェ……帝都では流行ってるけど。こんな場所に店を構えてもねぇ」


「しっ、エルン。店員さんに聞こえるでしょ?」


声を潜めて言ったつもりが、カウンターから冷めた笑いが響いた。


「フッ……いや、そこの巫女の言う通りだとも。客足はほとんどない。無聊をかこつ変物の趣味だよ」


趣味で、採算度外視でのカフェ経営。

ノーラも将来はそんな感じで過ごしてみたい。

……が、どだい無理な話だろう。


ぐるりと書棚を見て回っていると、ノーラは目をカッと見開いた。


「こっ……これは!?」


「どうしたのノーラちゃん!?」


「ぶ、文豪のミリヤム・アルザティの本がある! しかもオリジナルの版だよ!? 数百年前の作家の本までたくさんあるし……すごいすごい!」


並ぶ名著の数々。

そのほとんどがオリジナルの版。

保存状態は極めて良く、劣化も見られない。


瞳を輝かせるノーラに、エルメンヒルデが釈然としない様子で尋ねた。


「なんか興奮してるけど……そんなにすごいものなの?」


「当たり前でしょ! 数百年前の文豪の正本なんて、一冊だけでもお屋敷が買えるくらいの価値があるんだよ? ここは博物館か何か……?」


このブックカフェは信じられないほどの価値を保有している。

驚愕するノーラとは裏腹に、エルメンヒルデは何がすごいのか釈然としない様子で。


「まあ、本を見るのは後でいいからさ。なんか注文してみない?」


「ああ、うん……たしかに喉が乾いてるし」


ノーラはカウンターで瞑目する店員に、おずおずと歩み寄る。


「あのぉ……ここにある本って、読んでもよろしいのですか?」


「無論だ。ブックカフェだからね。気になる書物があれば、遠慮なく手に取りたまえ」


「わぁ……ありがとうございます!」


「さて、注文を聞こう。お品書きはこちらだ」

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