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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第9章 惑わぬ佯狂者の殉教
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新年早々

神楽が終わり、ノーラはいつしか年を越していた。

クラスNの生徒たちに新年のあいさつを告げ、眠りに就くこととなる。


部屋の窓から空を見上げた。

いまだに空は煌々と輝き、熱気が一帯に立ち込めている。

数時間後には初日の出が赤き空を破り、新年の始まりを告げるのだ。


「神楽はお楽しみいただけましたか?」


「おわっ」


ぬるりと部屋の暗がりから姿を現した式神。

彼は無表情のままノーラの顔を覗き込んだ。


「はい。思っていたよりも、はるかに綺麗でした。シュログリ教最大のお祭りは伊達じゃないですね」


「主が身命を賭して、シュログリ教のために舞う儀式です。ノーラ様に楽しんでいただけたのならば重畳」


「式神さんは神楽を見ていなかったんですか?」


「私はここでノーラ様を待つことが役目ですので」


役目に縛られすぎではないだろうか。

式神がついてきたところで、クラスNの生徒たちも文句は言わなかっただろうし。


「式神って大変なんですね……」


「ええ、大変なのです。己がかくあるべきと打ち込んだ楔を、死ぬまで引き抜けない存在ですから」


「式神さんってどういう……」


そのとき。

ノーラの質問を遮って、式神が床に溶けた。

比喩ではなく、普通に溶けた。


「――」


ノーラが絶句していると、部屋の出入口が開く。

声もかけずに無遠慮に入り込んできたのはエルメンヒルデ。


「よおノーラちゃん。神楽、見てくれた!?」


「おう、見たよ見たよ! めっっちゃ綺麗だった! エルンのこと見直したよ!」


一切の疲労を感じさせず、エルメンヒルデは元気に笑っている。

前日から一睡もせずに瞑想し、あの激しい神楽を踊りきったというのに。

今ばかりはノーラも彼女を労ってあげたかった。


「さっさと休みなよ? おつかれさまー」


「それがまだ休めないんだよねぇ。年明けには神楽で使った神具を奉納しに行かなきゃならんのだ。山登りに行くぞー!」


「げっ。それなら、なおさら早く寝なさいよ。シュログリ教ブラックすぎない?」


「別にブラックじゃないよ。エルンが自分で自分にノルマを課してるだけだし。本当は複数の巫女で分担するお仕事を、一人でやってるだけだよ。他の巫女連中は情けないからね」


さてはこいつ、怠惰のフリをした労働の奴隷ではないだろうか。

ノーラは床を見ながらエルメンヒルデに尋ねた。


「さっきまでここに式神さんがいたんだけどさ。なんか床に溶けたんだよね」


「そいつエルンが近づくと溶けるよ」


「なにゆえ……?」


「ふふふ……圧倒的格上のエルンを怖がってるんだろうねぇ。式神は恐れをなすと、存在感が薄くなる性質があるんだよ」


普段からパワハラばかりしてるから、怖がっているのでは?

エルメンヒルデのことだから、日常的に式神を酷使しているに違いない。

かわいそう。


「あ、そうそう。ノーラちゃんの部屋に来たのには理由があってさ」


「うん」


「明日、神楽に使った神具を奉納する儀があるって言ったでしょ? それで、山の上にある御社に奉納しに行くんだけど……ノーラちゃんも一緒に行こうぜ!」


「やだよ」


エルメンヒルデは信じられないと言った表情で絶句した。

逆に聞きたい……どうして一緒に行くと思ったのだろうか。


「新年早々さ、山登りとかしたくねぇよ。きっとマインラート様も文句言うって」


「いや、誘ってるのはノーラちゃんだけだよ。日ごろの運動不足を解消させてあげようと思って。女子二人でお出かけ! 山ガールってやつ!?」


「余計なお世話。パス」


冷淡な拒否。

絶望したエルメンヒルデは、その場に寝転んで駄々をこねた。


「やだやだやだ! ノーラちゃんとお出かけするー!」


「うわきっつ。お前何歳だよ。親の前でそれやってみろや」


「…………あのね、ノーラちゃん」


すんとなって正座したエルメンヒルデ。

彼女は急に落ち着き払ってノーラの顔を見据えた。

温度差に風邪をひきそうだ。


「実は二人で話したい大事なことがあって。せっかくだから出かけつつ、話をしたいと思ってるんだ。だからどうか……」


「それなら最初からそう言えって。いいよ、行くよ」


「年の初めはゆっくりしたい気持ち、痛いほどわかるよ。でもゆっくりと話す時間を設けられるのは今くらいで……えっ? いま行くって言った?」


「うん。大事な話があるんでしょ? なら行くよ」


友人が大事な話をしたいと言っているのだ。

普通に付き合うのが筋ではないだろうか。


エルメンヒルデは目を瞬かせ、ノーラの手を取った。


「ありがとおおおおおおおお!」


「はいはい。いいからはよ寝てよ。どうせ朝早いんでしょ?」


「うん。ノーラちゃんもゆっくりお休み。起こしにくるからね!」


嵐のように彼女は部屋を去っていった。

神楽の後だというのに、あの元気はどこから湧いてくるのやら。


ノーラが寝床に潜り込もうとした、そのとき。

床に溶けていた式神がぬっと這い上がった。


「……ふう。行きましたか」


「あ、どうも。おつかれさまです」


式神は再び定位置である部屋の隅に戻る。

何事もなかったかのように。

真顔で正座する彼に、ノーラはおずおずと尋ねた。


「あの……エルンから過酷な労働を強いられていたり、パワハラを受けていたりしませんか? 文句があるのならわたしがガツンと言ってやりますよ」


「はて。否、式神に疲労という概念はございません。私がただいま流体となりました所以は、式神の性質によるもの。一部の式神は、似通った性質を持ち、かつ格上の存在が接近すると存在を希薄にするのです。お気になさらず」


「そ、そうすか……」


式神が過酷な労働に耐えかね、エルメンヒルデを恐怖しているのかと思っていたが。

完全にノーラの勘違いだったようだ。


「明日は早いみたいなので。わたしは寝ますね」


「了。ご安心ください。ノーラ様がご就寝の間、鼠一匹たりとも部屋には通しません」


「はーい。おやすみなさい」


部屋の隅に灯る炎を消す。

光の魔石も明るくて便利だが、炎はどこか温かみがあっていい。


儀式によって赤く染まった空から、うっすらと部屋に光が射す。

穏やかな熱気に包まれて、ノーラは瞼を閉じた。

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