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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第9章 惑わぬ佯狂者の殉教
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這い寄る不穏

大神殿の周りに広がる宗教都市。

祭事を控えた今、都市は賑わいを見せていた。

年末にかけて帰省する領民、商いのために馬車を走らせる商人、祭事を祝うために足を運ぶ信徒。


今日は神楽の前夜祭。

普段は見えない屋台や見世物が並び、宗教都市は活気に満ちている。


「わはーっ! あの『ライチ飴』っていうの美味しそー!」


雑踏の中、幼子のように騒ぐ少女が一人。

細身でしなやかな体を旅装で包み、彼女は隣を歩く男の袖を引いた。


「イトゥカ、お静かに。通行人の迷惑になっていますよ」


「ごめんなさい、ミクラーシュ先生。でもでも、東の方では見れない食べ物がいっぱいあって……」


「気持ちが緩んでいるようですね。私たちは今、任務の真っ最中なのですよ」


ミクラーシュと呼ばれた長身の男は、大通りの先を見た。

彼の視線の先には青髪の少女。


「常に気配を消し、全方位を警戒し、かつ俗世に溶け込みなさい。まあ……元気な少女を演じるのも悪くはないですがね」


「はーい。でも……あのエレオノーラ、って女の子? ただ歩き回ってるだけだなー。あたしたちが出るまでもない気がするよ」


イトゥカはノーラを後ろから尾行し、首を傾げた。

ノーラはまったく周囲を警戒する素振りもなければ、隙だらけだ。

一流の刺客であるミクラーシュやイトゥカが、彼女の暗殺に派遣された理由がわからない。


「たとえ本人が無能であろうとも、周囲が有能であれば消すのは難しい。今も隣に貴族の令息がいますし、それに伴って一般人に扮した護衛もいます。守りが堅いですねぇ」


ミクラーシュは鋭い視線で標的を睨んだ。

ノーラの隣を歩くのは、セヌール伯爵令息フリッツ。

ノーラ自身は意図していないが、ペートルスが必ず他の令息と一緒になるように手配しているのだ。


「で、先生。教皇の動向を監視してるペイルラギからの連絡は?」


「特には。まだ教皇と標的が接触する兆候はありませんね。今は焦らず機を待ちましょう」


緩慢な歩調で進みながら、ミクラーシュは思案に耽る。

今回の任務はノーラの暗殺だけが目的ではない。

"条件"を満たした場合に限り、暗殺を試みなければならないのだ。


「明日は神楽が行われる。祭壇周辺の警備が厳重になるでしょう。その隙にアニアラ大神殿の深部へ入り込み、いつでも標的を監視できるように体制を整えましょう」


「はいはーい。でもー……本当に『上』からの意図がわかんないよね。あの女を教皇に近づけるな……って、どういうことなんだろう?」


「我らは駒であれば良いのです。主人の意図など気にするべくもない。……まあ、個人的に気にはなりますがね」


 ◇◇◇◇


前夜祭を歩き回り、ノーラは部屋に戻ってきた。

会場を端から端まで歩いたので、足がクタクタだ。


布団にダイブしてノーラは快感に身を委ねた。


「眠い……このまま寝たいけど、お風呂にも入らなきゃ……」


「お疲れのようですね。入浴は明日の朝でも構わないのでは?」


「うん、たしかに。いったん今日は寝て、お風呂は明日……誰ぇっ!?」


一気に目が覚めた。

聞き慣れぬ声の方角へ目を向ける。

部屋の隅には、一人の男がひっそりと正座していた。


闇を宿したように黒い髪。

血を落としたように紅い瞳。

部屋に入り込んでいた不審者は、真顔で深く礼をした。


「誰何に答えましょう。私はエルメンヒルデに仕える式神。主人より命を受け、本宮殿にいる間はノーラ様のお付きをさせていただきます」


「……へ? 人間じゃないんですか?」


「是。式神と呼ばれる、秘伝の巫術によって使役される化生であります」


「そ、そんな話……エルンから聞いてないんですけど」


得体の知れないやつだ。

だが式神とやらの顔を見ているうちに、ノーラの記憶が呼び覚まされる。

この男……ではなく式神、どこかで見たことがあるような。


記憶を探ってノーラは思い出す。

あれはそう、たしか……舞踏会の日だ。


「あっ! 舞踏会でエルンと踊ってた男か!」


「舞踏会……ええ、そんなこともございましたね。他の男と踊りたくないので、舞踏の相手をするように命じられた次第でございます。やれ式神に舞踏をさせるとは、非常識な巫女でございましょう?」


どこからどう見ても普通の人間なのに。

これが人間ではないというのだから、不思議なものだ。

ノーラはいまだに警戒心を抱きつつ、式神を名乗る者に尋ねた。


「あの、なんでわたしのお付きを?」


「存じ上げません。ただ我が主、エルメンヒルデが命じられたゆえに。『この宮殿にいる間はねぇ、ノーラちゃんが一人になることも多いから! ちゃんと守ってあげてねぇ』……とのことです」


「守るって……なーんか嫌な予感するなぁ。ええと、式神さん? なんてお呼びすればいいんだろう。お名前は?」


「はて、名前。否、そのようなものはございません」


式神は真顔のまま首を傾げた。


「え、えっと……じゃあエルンからは、なんて呼ばれているんですか?」


「『式神』『黒いの』『そこの』『おい』『お前』……等々。たくさんの呼び名は与えられております。お好きなものをお選びくださいませ」


これはひどい。

眼前の式神がいかに雑に扱われているのかがわかる。

まあ、エルメンヒルデはそういう奴だし。

わずかに同情の念を覚え始めたノーラは、少しだけ式神に近寄った。


「では式神さん、再度確認しますね。式神さんはエルンに命じられて、この宮殿で寝泊まりしている間だけ、わたしのお付きをするんですね?」


「一言一句、間違いございません。加えて申し上げますと、ノーラ様に拒否権はございません」


「拒否するつもりはないっすけど……そんなにここは危ない場所なのですか?」


「否。アニアラ大神殿は厳重な警備と結界で守られており、不穏分子は存在しないはずです。……はず、でございます」


念押しするように式神は言った。

学園でもよく一人で歩いているし、ノーラが単独で行動することは珍しくない。

……となると、この神殿一帯がよほど危険な場所なのかと思ったが。


「んー……まあいいや。短い間ですがどうぞよろしくお願いします」


「私のことはお気になさらず。静々と部屋の隅で動かずにいますので」


「それはそれで気になるけどなぁ……」


一応、人の形をしているので。

部屋の隅で気配を消しているとはいえ、四六時中監視されている気分になる。

あとでエルメンヒルデに問い詰めてやらねば。


「……おや。誰かこちらへ向かってくるようですよ」


不意に式神が部屋の入り口を見た。

ノーラは慌てて居住まいを正し、乱れた髪を整える。


『ノーラ・ピルット様』


「ど、どうぞ」


「……失礼いたします」


部屋に入ってきたのは、見知らぬ巫女だった。

彼女はノーラのそばにいる式神を見て少し驚いたが、すぐに驚きを引っ込める。


「さるお方が、ノーラ様に面会を希望されています。よろしいでしょうか?」


「え、あぁ……大丈夫です。どちら様が?」


「……後ほどおわかりになるかと。ご案内いたします」


巫女はついてくるように視線で促した。

慌ててノーラが立ち上がって巫女を追うと、式神もまた後に続く。

関係者と言っていいのか微妙なところだが、彼を連れて行ってもいいのだろうか。


巫女が何も言わないので、まあよしとしよう。

自分に会いたい人とは何者なのか。

心当たりを探ってみたが、特に思いつかなかった。

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