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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第9章 惑わぬ佯狂者の殉教
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テュディス公爵家へ

ルートラ公爵領から西方へ進み、ノーラとペートルスは海に面した領地に入った。

さらに西へ進んで教皇領を目指すのだが……ここテュディス公爵領は中継地点となる。


海沿いの街道を走る馬車。

ノーラは車窓の外を眺め、流れ込む磯の香りを堪能する。

ペートルスは街道の先、聳え立つ紫色の城を示した。


「見えてきた。あれがヴェルナーの家、テュディス公爵家だ。あそこにヴェルナー、マインラート、フリッツの三人が揃っているはず」


「紫色のお城。なんだかキモ……独特なセンスですね。テュディス公爵は紫色がお好きなのでしょうか?」


「いや、そういうわけじゃないよ。あの城は潮風で痛まない特殊な魔鋼を使っているから、紫色になってしまっただけだね」


「なるほど……海辺の家ってすてきな印象がありますが、意外と問題も多そうです」


テュディス公爵領は、帝都エティスと最も近い領地。

そのためテュディス公は『皇帝の懐刀』とも呼ばれているらしい。


ヴェルナーの義父はどんな人なのだろう。

面会を楽しみにして、ノーラは城に向かった。


 ◇◇◇◇


「やあやあ、ペートルス君! それと……君がノーラちゃんだね!? はじめまして! 私はテュディス公爵、ベニグノ! よろしくね」


うるさい。

これがテュディス公爵ベニグノに抱いた第一印象だった。


しかし喧しい類の人間は何人か見てきた。

イニゴやコルラード、ガスパルなど……趣は違えど、元気な人間と相対することは慣れている。


「お初にお目にかかります。ノーラ・ピルットと申します。以後お見知りおきを」


「ノーラちゃんのお話は息子から聞いているよ! 普段は寡黙なヴェルナーだが、君の話は少し饒舌になってしてくれてね……いやもう、あの子に友人ができたというだけでも嬉しくて……」


「ユア・グレイス。雑談は後でも構いませんので、ヴェルナーたちのもとに案内してもらっても?」


舌が回り出したテュディス公爵を、ペートルスが止める。

放置しておけば延々としゃべる類の人間だ。

ペートルスは扱い方を充分に心得ていた。


「おお、そうだったね! さあさ、こっちだ。久々にマインラート君とフリッツ君と会ってね、二人とも大きくなったなぁと……」


口が止まらない公爵に導かれ、二人は応接間に通される。

応接間ではフリッツとマインラートがカード遊びをしていて、そばでヴェルナーが退屈そうに座っていた。

ノーラに気づいたマインラートが手を上げる。


「よお。あんたらが来ないから暇してたところだ。フリッツは弱すぎて相手にならねぇし、ヴェル先はそもそも遊んだりしねぇし」


「おやおや、ダメじゃないかヴェルナー! お友達とはちゃんと遊ばないとね!」


「チッ……義父上、すぐに俺たちはここを発つ。さっさと消えろ」


ヴェルナーは煩わしそうに義父を睨みつける。

剣呑な視線を受けたテュディス公は肩をすくめて踵を返した。


「相変わらず無愛想な子だね。君たちは教皇領に向かうのだったかな? ウチのツンツンした息子をよろしく頼むよ!」


終始元気にテュディス公は去っていった。

ヴェルナーの父というから、物静かな人を想像していたのだが……正反対の性格をしていた。

彼を反面教師にしてヴェルナーの人格は形成されたのかもしれない。


エルメンヒルデを除き、いつものクラスNの面々が集ったところで。

フリッツがカードを放り投げた。


「お、おかしい……私がカードで八連敗を喫するなど。読みは間違っていないはずなのに……!」


「……フリッツ。先程から気づいていないようだが、マインラートは不正をしているぞ」


「なっ……!? それは本当ですか、ヴェルナー先輩!」


「人を欺くのも遊戯の内さ。いくら頭が良くても、相手の不正に気づけなきゃな」


絶望した顔のフリッツと、得意気な顔のマインラート。

楽しんでいたようで何より。


ノーラはフリッツに同情し、机に散ったカードをかき集めた。


「フリッツ様、わたしとやってみますか? わたしは不正なんかしないので。意地汚いマインラート様と違って」


「おや……ピルット嬢、私はかなり強いですよ? ええ、正々堂々と勝負をすれば、頭脳戦で右に出る者はいないのです。意地汚いマインラートが相手でなければ、圧勝してしまうでしょうね」


「はいはい、俺が悪かったですよっと」


呆れた様子で席を立つマインラート。

彼はペートルスに何かを耳打ちした後、卓上に置かれているワインを飲み始めた。


「二人とも。遊ぶのは馬車の中でもできるだろう? レディ・エルメンヒルデが僕らの到着をお待ちだ。とりあえずここを発とう」


「たしかに……ペートルス卿のおっしゃる通りですね。ピルット嬢、勝負は馬車までお預けということで」


エルメンヒルデが待ちぼうけだ。

年末までにシュログリ教の神殿に到着しないと、舞が見れなくなってしまう。

教皇領まではそれなりに距離があるし、急いだ方がよさそうだ。


ペートルスに急かされ、五人は部屋を出る。

そして城の出口に向かって廊下を歩いているときのことだった。


曲がり角から一人の男が姿を見せる。

金髪をオールバックで撫でつけた少年……テュディス公の実子、エリヒオ・ノーセナック。

彼はクラスNの面々を見た瞬間、露骨に顔をしかめた。


「クラスNの連中か……気色悪い。さっさと我が家から消えろよ」


そして初手暴言である。

かつてノーラが激怒した相手だが、常変わらず嫌味な性格をしているらしい。

ペートルスが彼を宥めるように言った。


「お望み通り、すぐにでも出ていくよ。ただし……エリヒオ、君の振る舞いは帝国貴族の威信に関わる。くれぐれも気をつけるように」


「チッ……天運に恵まれただけの連中が。特にそこの暴言女は気に入らない」


名指しで非難されたノーラ。

しかし自分は悪いことをした覚えはないので、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

入学初期ならばムカついていたかもしれないが、今はどうでもいい。


「そうすか。どうぞご勝手に……お邪魔しました」


ノーラの反応が意外だったのか、エリヒオは驚きに口ごもった。

五人はそんな彼をスルーして廊下を歩いていく。


エリヒオは学園でも悪評高い。

まともに相手をするだけ無駄というのは、生徒たちの共通認識だった。


そして、そんな彼らの様子を陰から見守るテュディス公は。


「やれやれ……どうにも成長しないなぁ、あの子は……」


肩を落として嘆息した。

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