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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第9章 惑わぬ佯狂者の殉教
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巫女の力

挿絵(By みてみん)


万物之道ハ 万象惹起ス

世界之理ハ 偽神知処ス


我駆動之柩

不断之行 久遠之步


拝察焔神 吾等ハ教令ス

拝察彼女 吾ハ救済ス


主佩 意志 継承

吾佩 仮死 健常


生死 魂魄 逓送ス

挙止 公理 輻輳ス


『――神様ならそうする』


◇◇◇◇


「へっ……へくちっ! ずずずずずっ……」


風邪をひいてしまった。

寒気の中、ノーラはベッドの上で悶えていた。


季節の変わり目は体調を崩しやすい。

寮の自室から窓の外を見やると、すっかり葉を落としきった枯れ木が見える。

暖房の魔石も近ごろは皆勤賞である。


「お腹空いた……でも外には出られない……」


あまりにも怠い。

食堂に行って誰かに風邪をうつすのも悪いし。

レオカディアに紙鳩でも飛ばして、食べ物を持ってきてもらうべきだろうか。


動く気が起きず、うだうだしていたときだった。

不意に部屋の扉がしつこく叩かれた。

ノック数、二秒につき七回。

乱打である。


『ノーラちゃーん。いるー?』


「いるいる。はよ入れ」


顔を覗かせたのはエルメンヒルデだった。

ベッドで寝込むノーラを見て、彼女はけらけらと笑った。


「風邪ひいたんだって? この軟弱者め」


「馬鹿は風邪ひかないらしいね。つまりわたしは馬鹿じゃないってことが証明されたんだよ。……で、エルンは何の用? わたしをからかいに来ただけ?」


「まさかぁ。エルンは優しいからね、ノーラちゃんの風邪を治しにきてやったんだよ」


自信に満ちた表情でノーラのそばに座り込んだエルメンヒルデ。

彼女はノーラの額に手を当てると、摩訶不思議な言葉を発し始めた。


「――」


徐々に室内に眩い輝きが満ち、温度が上がっていく。

エルメンヒルデの手から伝った魔力がノーラの全身を抱擁。

全身を苛んでいた倦怠感が一気に払われていく。


「お……おおおっ!? すげえ、寒気が消えていく!」


「――よし。これで治ったかな。もう大丈夫そ?」


「うんうん! まさかエルンにこんな力があったとは……」


「仮にも巫女ぞ? 風邪の治療くらいはできるって」


エルメンヒルデの力は謎に包まれている。

彼女がクラスNに所属する所以は『巫女の力』……すなわち巫術。

魔法だかなんだかわからない術を使いこなし、こうして人を助けることもある。


しかしエルメンヒルデは自分の力について話したがらず、研究にも消極的な節がある。

体調が快復して華やいだ気分のノーラは、勢いよくベッドから立ち上がった。


「ありがとね、エルン! 舐めてたけど意外とやるじゃん」


「ノーラちゃんはいつも一言多いんだよねぇ。付き合って約一年、舐められていると初めて知った冬の朝……」


「あー腹が減ったぜ。お風呂にも入りたいな。エルン、巫女の力で食べ物とか出せない?」


「巫女の力をなんだと思ってんの? 神様じゃないんだからさ。神様の代理だけど」


「エルンが自分の力を詳しく説明しないのが悪いよ。風邪が治せるなら、食べ物も出せると思うじゃん?」


エルメンヒルデは苦笑いする。

ノーラの言も一理あるが、さすがに都合よく解釈されすぎである。


「腹が減ったのなら食堂へ行きなさい。エルンは忙しいから、すぐにお暇するよ」


「忙しいって? なんか課題とかあったっけ」


「ううん、シュログリ教の行事が近くてさ。年末にエルンが舞をすることになってるんだ。その練習をしなくちゃ」


シュログリ教の伝統行事、年の瀬の巫女舞。

巫女長のエルメンヒルデは神楽を任されていた。

夏休みからずっと舞の練習を欠かさずに行っている。


「あー……大変そうだね。シュログリ教のお祭りとか少し興味あるけど、教皇領は結構遠いんだよな。帝国のいちばん西の方でしょ?」


「そうだよー。年末の神楽は冬休みと重なってるし、見にこれなくはないと思うよ? せっかくだからノーラちゃんにもシュログリ教のことを知ってほしいけどな」


グラン帝国は多神教国家ながらも、シュログリ教が強勢を誇っている。

建国から連綿と続く焔神への信仰。

このニルフック学園すらも、焔神からの神託で建てられたと聞く。


三大派閥のひとつに『宗教派』が数えられているように、シュログリ教の影響力はかなり強いのだ。

国内の権力者ならば、誰でもシュログリ教の恩恵を受けたいと思っている程度には。


「まあ、機会があればね。じゃ、わたしは飯食いに行ってくるから。エルンも部屋出ろー」


機会があればとかいう、二度と機会が訪れない言葉。

食堂の方へ向かうノーラの背を見つめ、エルメンヒルデは嘆息した。


「盲亀浮木 以詮術移行」

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