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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第1章 呪縛
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不可解

気まずい沈黙の中、エレオノーラは歩く。

目前にはイニゴの大きく厳つい背中があった。

まるで壁のようで……こんなに体格の良い人間は見たことがない。


「ルートラ公爵家は広くて迷うでしょう? 俺も城に来た当初は迷ったもんでねぇ」


「……は、はぁ。そうですね」


「仕えてはや五年になりますがね、いまだに慣れねえもんですよ。普段はペートルス様の従者として学園にいるんで、城に帰ってくるのも久しぶりですなあ」


「学園……今は、通学してないんですか?」


「今は夏季休暇中ですよ」


「あっ……」


長期休暇の時期すら知らないとは、己の常識のなさにエレオノーラはまた自嘲した。

エレオノーラくらいの年頃であれば、帝国貴族の子女は学園に通うものだ。


「そういやお嬢さん、離宮の方に行ったみたいですが大丈夫でしたかい? 守衛に怒られたりしませんでした?」


「守衛さんには会いませんでした。でも、公爵様に睨まれて……怖かったです」


「んなっ!? ルートラ公爵様に会っちまったんですかい!?」


急に大声が響き、エレオノーラは歩調を乱した。

イニゴは目を丸くして頭を抱えている。

ルートラ公爵……ペートルスの祖父に会ったことがそんなに問題なのだろうか。


「もしかして……わたし、なにかやっちまいました?」


「……ああ、いえ。まあそこら辺はペートルス様の判断を仰ぎましょう。いやはや、面倒なことになっちまったなぁ……」


 ◇◇◇◇


「うん、マズいね」


話を聞いたペートルスは笑顔のまま言い放った。


「レディ・エレオノーラ。どうして目を覚ましてすぐに侍女を呼ばなかったんだい?」


「え? 侍女って……だって、ここペートルス様のお城で……わたしはよそ者ですから」


「遠慮しなくていいんだ。君は僕の賓客として招いてるわけだからね」


そもそも侍従を使う、という感覚がエレオノーラには欠けているのだ。

普通の貴族は『人の使い方』を知っている。

しかし彼女は普通の貴族でもなければ、賓客として振る舞えるほどの自信があるわけでもない。


卑下、自虐、自嘲。

ペートルスもこれまで付き合いで、エレオノーラが特殊な令嬢であることは把握していた。

彼女に貴族然とした振る舞いを求めることは酷であると。


「後で君には最も信頼のおける侍女をつけることにしよう。目立つのが嫌なら、侍女に色々と任せて部屋から出なければいい。少しずつ場慣れしてもらえば僕はそれで構わないよ」


「ペ、ペートルス様……!」


なんと理解のあるお方だろうか。

もしかしたら理解があるのではなく、エレオノーラにあまり関心がないのかもしれないが。

それでも甘える余地を見出したエレオノーラは瞳を輝かせた。


「なあ、ペートルス様。その話はそこら辺で…公爵爵様の件について話した方がいいんじゃねえか?」


不意にイニゴが口を挟む。

ペートルスは彼の言にうなずき、少し真剣な面持ちで向き直った。


「お爺様……ルートラ公爵に会ったそうだね。何か変なことを言われなかったかい? 怖い思いをしなかった?」


「ええ、ええとぉ……特には。威厳のあるお方だなと思ったくらいです。……あ、ルートラ公爵家の邪魔をするなと言われました。もちろんお邪魔はいたしません目障りであればすぐに消えさせていただきます」


かなり心配されているようだが、取り立てて危害は加えられていない。

想像以上にペートルスが深刻な声色だったので、エレオノーラはなんだか不安になってきた。


「実を言うと、レディ・エレオノーラを招いたのは僕の独断でね。この城は公爵であるお爺様の城だから、本当なら彼の許可も取らないといけなかったんだ。色々と容赦のない人だから、君に何か余計な真似をする可能性もあると思って。何も言われていないのなら重畳。あの人は離宮からあまり出ないから、離宮の方に行くのは控えてくれると助かる」


「わかりました。絶対行きません」


「ありがとう。お爺様には後で僕から事情を説明しておくよ」


またもやペートルスは笑いかける。

普通の令嬢なら恋に落ちそうな笑みだが、エレオノーラはどうしようもない違和感を覚える。


彼……目が笑っていない。

いつもより、ずっと冷ややかな感情が籠っている。

一瞬それが自分に向けられている感情なのではないかと思ったが……どうやら違うようだ。


「……ペートルス様。公爵様に事情を説明するだけなら、俺が代わりに伝えに行きましょうか?」


「いや、彼女を招いたのは僕の判断だ。あの人には僕が責任をもって説明する」


「そうですかい。くれぐれもお気を付けて」


これから死地にでも向かうような会話。

ルートラ公爵はどんな人なのだろう。

なまじ社交界に出た経験がないばかりに、ペートルスの祖父の人物像について詳しく把握できていなかった。


少し重い空気の中、カアとカラスが鳴いた。

すでに空は茜色に染まっている。


「夕時か。レディ、ご入浴は済ませたかな?」


「あ、まだです」


「では貴賓室に戻り、好みのイブニングドレスを選んでいてくれ。すぐに侍女を向かわせるから。さあ、部屋まで送るよ」


「ありがとうございます……」


エレオノーラはおずおずと立ち上がる。

いまだに釈然としない、拭えない。

――ペートルスが自分に興味を抱く理由。


右目の『呪い』があるから。

ただその一言だけでは、説明がつかない気がするのだ。

エレオノーラの呪いが生まれたのは八年前。

本当に呪いにだけ興味があるのなら、ペートルスはとっくの昔に訪れていたはず。


だから解せない。

ペートルス・ウィガナックという人間の本質が。

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