表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第8章 砂銀の日
119/216

飛翔

「――ノーラ。君が欲しい」


一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

間断のない動揺の果て、意識の空白を乗り越えて。

ようやくノーラは状況を理解できた。


「こ、こ、こ、こ」


「…………」


「告白ってことですか!?」


君が欲しい……とかいう直球すぎる言い方。

そんな言葉が脈略もなく飛び出るなど、まったく想定していなかった。


「はは、びっくりした? 『一日だけ君の時間を貸してほしい』……という意味だよ」


「あ、な、なんですか。告白とかじゃないんですね……びっくりしましたよ。相変らず思わせぶりな態度しやがって」


「それはどうかな? 告白じゃないとも言ってないけど」


どうしてこう翻弄するような言動をしてくるのだろう。

遊ばれているのか、裏の目的があるのか。

ペートルスの内側に入り込もうとした瞬間、この精神攻撃だ。


「わたしの時間なんていくらでもあげますよ。ペートルス様の貴重なお時間に比べれば、無価値みたいなもんですし」


ノーラがそう言うと、ペートルスはどこか寂しそうに笑った。


「それでは……ちょうど砂銀の日は空いているかな?」


「はい、特に予定はございません」


「その一日だけ、君と過ごさせてほしい。……彼らに嫉妬されてしまうかな?」


消え入るような声でペートルスは呟いた。

彼らとは誰のことを指しているのだろうか。


それにしても、ペートルスが欲しいものが『ノーラとの時間』とは……今度は何を企んでいるのやら。

ペートルスと記念日を過ごしたい令嬢は山ほどいるだろう。

ノーラの方がかえって申し訳ない気持ちになってくる。


でも、心のどこかで。

ペートルスと二人で過ごす時間を楽しみにしている自分がいた。


 ◇◇◇◇


砂銀の日。

学園には浮かれた様子の生徒たちが蔓延っている。

人前でイチャイチャしやがって……とノーラは内心で毒を吐くが。

今回ばかりは自分も人のことを言えたものではない。


学園の一角に、関係者が所有する馬や鳥を飼う厩舎がある。

ノーラはその近くで人目につかないよう、こっそりとペートルスを待っていた。


「こんにちは。待ったかな?」


やってきたペートルスは、顔が見られないようにフードを目深に被っていた。

道を歩けば黄色い声を上げられる彼の苦労がうかがえる。

まさしくお忍びといった感じだ。


「いえ……いま来たところです」


「厩舎からテモックを出してきたよ。さっそく出かけようか」


「はい、本日はよろしくお願いします」


詳細は聞いていない。

ノーラの目的はペートルスへの恩返しなので、彼がしたいようにしてくれればいい。

ペートルスに続いて歩きだそうとした瞬間、彼は何かを思い出したようにくるりと振り返った。


「そうだ、ノーラ。明日の予定は?」


「明日ですか? 明日は……うん、普通に授業がありますね」


「他には?」


「ほ、他には……特にないですよ。どうしたんですか?」


ペートルスが時間を借りたいのは、今日だけだったはずだが。

しかし彼に言われれば明日でも明後日でも、好きなだけ時間を割いても構わない。


「いや……なんでもないよ。行こうか」


「はーい」


再び二人は歩きだす。

厩舎のそばの草原に行くと、そこには白き羽を伸ばしたテモックの姿が。

彼は主のペートルスを見て嬉しそうに喉を鳴らす。


ペートルスは軽くテモックの頭を撫で、ノーラを丁重に背中へ乗せた。

後ろにペートルスが座り、その腕をノーラの前に回す。


「大丈夫? 最初にテモックに乗ったとき、君はすごく怖がっていたけど」


「今は大丈夫です。あの……申し上げにくいんですけどね。ペートルス様と出会ったばかりのころ、テモック様に乗って混乱していたのは、空を飛ぶのが怖かったからじゃないんです。他の人と密着するのが怖くて喚いていたんです」


今となっては情けない話だが。

あのときのノーラは本当に人見知りを極めていた。

もう他人に触れたくらいでは取り乱さない。


後ろから遠慮がちにペートルスが尋ねる。


「今はどう?」


「大丈夫ですよ。安心してテモック様を操縦してください」


「ふふ、そうか。君も強くなったね」


手綱が揺れる。

テモックが静かに翼をはためかせ、空へと飛び上がった。


目指す先は蒼穹。

まだ昼だというのに、空にはノイズのような光が輝いている。

あれこそが砂銀の星。

あの星が最も強く輝く日、大切な人に贈り物をするのだ。


上昇しきって飛空が安定したことを確認し、ノーラは口を開く。


「どちらへ?」


「それは着いてからのお楽しみだ。ただ……このままだと目的地までに時間がかかってしまうね。普段ならテモックを全速力で飛ばせて、短時間で向かうんだけど」


「飛ばしていいっすよ。空の遊覧も悪くないですが、時短でいきましょう」


「了解。目を閉じて、頭を低くしていてくれ」


ノーラは言われるがままの姿勢を取った。

瞬間、テモックが速度を上げて強い風を浴びる。

髪は文化祭の時と同じように側頭部でまとめているので、そこまで乱れることはない。


どんどんニルフック学園が遠ざかっていく。

方角的には東へと向かっているようだ。


学園が位置するアラリル侯爵領を越え、その東にあるルートラ公爵領へ。

まだまだテモックは全力で飛び続ける。

次第に見えてきたのは……広大な青。

俗に海と呼ばれる、ノーラが見たことのない景色だった。


「あの、ペートルス様……」


「どうかした?」


「えっと、わたしの記憶によるとですね。東の海峡を越えると、そこはもう帝国の外だった気がするんですけど」


「ああ。これから向かうのは……隣の大陸だよ」


ペートルスは飄々ととんでもないことを言ってのけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ