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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第8章 砂銀の日
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邪法

「……つーわけで、留学生のランドルフは今日でロドゥラグ騎士学校に帰る。最後にあいさつしてもらおうか」


ソシモに促され、教壇の上にランドルフが立つ。

夏の初めから晩秋まで、留学生として滞在していた彼は母校へ帰ることになる。


「短い間でしたが、ニルフック学園で過ごした日々はすばらしいものでした。多くの方と交流し、刺激のある毎日を送ることができて感謝しています」


定型文のような暇乞いを述べ、ランドルフは礼をした。

特に問題を起こすこともなく、淡々と日々を送り。

それなりの人脈も築いて。

伯爵家の令息としては上々の成果だ。


「またお会いしたときは、ぜひ仲よくしてください。みなさまのご活躍をお祈りしています」


心にもないことを言いやがって。

……とノーラは内心思いながら、上の空で話を聞いていた。


 ◇◇◇◇


地面に落ちた枯葉を踏みしめ、ノーラは寮への帰路を歩く。

そろそろ寒風が肌を刺す季節になってきた。

コートの類を引っ張りださないと……などと考えながら歩いていると。


「おい」


ノーラを待っていたのか、道の先にランドルフが立っていた。


「うわ、まだ帰ってなかったのかよ。早く帰れよ」


「俺とて早く帰りたい。お前に大切な情報を伝えるため、時間を割いてやっているんだ。感謝しろ」


大切な情報。

もしかして暗殺者の首魁が割れたとかだろうか。

ランドルフは周囲を見渡し、ついてくるように視線で促した。


「どこか二人で話せる場所があればいいのだが」


「わたしの部屋すぐそこだよ。来る?」


「ああ……お前が構わないのならそこでもいい」


無闇に男を部屋に招き入れるとは、どういう警戒心をしているんだ……とランドルフは苦言を呈したかったが。

この女は元来そういう性格だと思い出し、口を噤んだ。


ランドルフを部屋に招いたノーラは、棚から茶葉と魔石、ティーカップを取り出して紅茶を淹れる。

あとは適当に保存していた茶菓子を添えて。

彼女の動きを見ていたランドルフは、虚を突かれた表情をしていた。


「なんすか」


「いや……お前、よく茶を淹れることができたな。そこまで親しくない相手に出す茶菓子の選択、令息に出すティーカップの選別……悪くないセンスだ」


「わたしだって成長してるんだよ。特にニルフック学園に入ってからは、クラスNの生徒とか友人と茶会することも増えたし。引き籠っていた時代とはわけが違うんだ」


淑女として振る舞おうと思えば、違和感がない程度までには成長している。

たまに暴言が出るし、驚くと変な声も出るけど。


「そうか……重畳だ。ヘルミーネの姉として立派な振る舞いを心がけることだな」


「いや、ヘルミーネが立派な振る舞いを心がけろよ。あいつよりはわたしの方がマシだよ」


「俺はそうは思わない。ヘルミーネは彼女なりに努力しているんだ……っと、こんな話をしている場合ではなかったな。さっさと本題に入るとしよう」


惚気を引っ込め、ランドルフはやや真剣な顔つきになる。

彼は懐から小箱を取り出し、布に包まれた物体を中から出す。

布には魔力が籠められているようだ。


ランドルフは慎重に布を解いていく。

はらりと布が広がっていく様を、ノーラはじっと見守っていた。


「これって……髪飾り?」


真紅の花に、黒い羽を差した髪飾り。

一見すればただのアクセサリーに見えるが。


「お義母様がヘルミーネに贈った髪飾りだ。だが、安易に触れてはならん」


「どういうこと……って、聞かなくてもわかるよ。なんかこの髪飾り、嫌な気配を感じる」


「ほう……慧眼だ。どうやらコレには"邪法"が付与されているらしい」


「じゃほぅ」


初耳。

呆けた面を晒すノーラに、ランドルフは大雑把に説明する。


「違法な術だ。俺にも詳しいことはよくわからんが、魔術や呪術とは別物らしい。ヘルミーネの調子がおかしいと感じ、いつも付けている髪飾りを抱えの術師に調べさせたのだ」


「調子がおかしいって……どういう?」


「普段より声量が小さい。怒りに任せて放つ魔術が弱い。癇癪をあまり起こさない。起床時間が少し遅い。これらの特徴が、髪飾りを付けてから現れた」


「きも」


ヘルミーネの観察だけは一流。

この一途すぎる男、やはり義妹に明け渡して正解だった気がする。

あの妹のどこを好いているのか理解はできないが。


「鑑別によると、この髪飾りに付与されていた邪法は『服従の邪法』。そこまで強固なものではなく、命じられれば無意識に従ってしまうというものらしい」


「えっ……じゃあ、お義母様がヘルミーネを服従させてたってこと?」


「……そうだな。これにより、お前の暗殺を企んだのがお義母様という可能性も浮上してきた」


あの義母ならやりかねない。

幼少期に伯爵家に嫁いで来てから、度々ノーラを邪険にしていたし。

離れに越してからはほとんど顔を合わせていないが……小さいころ、いきなりやってきた義母を恐れていた記憶がある。


「ヘルミーネに口を割らせ、お前が屋敷にいないことを知った可能性もあるな」


「お父様には相談したの?」


「無論だ。だが……邪法の使用は認められたが、お前の暗殺を指示した証拠は見つかっていない。しばらくはお義母様の動向を注視すると、お義父様はおっしゃっていた」


正直、めちゃくちゃ黒い。

暗殺の主犯が義母というのは、かなり信憑性が高まった。

いっそ邪法とやらの行使だけでも牢にぶち込んでしまえ……とも思うのだが。

暗殺の確たる証拠を掴むまで泳がせた方が、協力者なども炙り出せる。


「今回の一件を受け、ヘルミーネは俺の実家に来てもらうことにした。愛しき婚約者を傷つけるなど、お義母様であっても許されることではない。いつからヘルミーネが母の毒牙にかかっていたのかはわからんが……とにかく彼女は俺が守る」


「はいはい、かっこいいね。とりあえず情報共有ありがとう。この髪飾りは……どうする?」


「邪法行使の証拠として、お義父様が保管しておくそうだ。お前もお義母様にもらった物があれば、捨ててしまった方がいいだろう」


「そんなもんあるわけないじゃん。話したこともほとんどないし」


今回の件はペートルスにも報告しよう。

大きく事態が動いた。


「話はこれで終わり?」


「そうだな。また情報が入り次第、伝えることがあるかもしれない。それと……これは今回の件とは関係ないのだが」


こほんと咳払いして、ランドルフは視線を逸らした。


「ヘルミーネの好きなもの、お前は知っているか?」


急な問いにノーラは硬直した。

暗殺の話から、急に世間話のノリである。


「え、知らんよ。なんで?」


「砂銀の日だ」


「あー……大切な人に贈り物をする日だっけ?」


世間の恋人たちが浮かれ始める時節。

銀色に輝く星が最も強く輝くころ、大切な人との絆を願って贈り物をする行事がある。

もちろんニルフック学園の生徒の間でも、砂銀の日に関わる痴話が聞こえ始めている。


「あいつ、小さいころは人形とか好きだったけどね。今はさすがにないと思う。ヘルミーネのことだし、煌びやかなドレスとかアクセサリーを贈れば大体喜ぶんじゃない?」


「違いない。だが、たまには違った趣向の贈り物をしたいと思っていてな……」


「隠された好物を見つけるのも恋人の責務なんじゃないですかね、ヘルミーネ大好きのランドルフさん」


「なるほど……まだまだ理解が足りないということだな。わかった、俺の想いを信じてみることにしよう」


ノーラには贈り物をしたい相手はいるだろうか。

そもそも『大切な人』とは何を示すのか。

少しは考えてみるべきかもしれない。

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