表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第7章 文化祭
115/216

約束

文化祭の成功祝い……ということで。

ノーラは食堂の三階に招かれていた。

他にも演劇の出演者や、裏方で協力してくれた生徒も招かれている。


「それでは……演劇の成功を祝って、乾杯」


デニスがグラスを掲げると、他の面々もグラスを掲げる。

今年の文化祭はフィナーレのおかげでかつてない盛り上がりを見せた。

その熱気にあてられ、生徒たちも浮かれているようだ。


あの怪物がアクシデントであったことを知るのは、演劇に関わっていた生徒のみ。

生徒会の意向で、事件は劇の演出という体で通されることになった。


「今回は思わぬアクシデントもありましたが……誰にも被害が出ずに済みました。きっと神が見守っていてくださったのでしょう」


「何をおっしゃいますか殿下。危難を乗り越えられたのは、殿下の勇気があってこそ。舞台で怪物の気を惹き、華麗に舞った御姿……見事でした」


謙遜するデニスに、セリノが称賛を浴びせる。

他の生徒も同意するようにうなずいた。

デニスの雄姿は何代も先まで語り継がれるだろう。


ガスパルがワイングラスを揺らしながら笑う。


「エンカルナ嬢が病気で倒れたときはどうなるかと思ったけれど……ふふっ。ベストな代役が見つかって何よりだ。そうだろう、ノーラ嬢?」


「えっ? えぇ……まあ、わたしを選んで良かったですね!」


ドヤ顔でノーラは胸を張る。

今ばかりは自分を肯定しても罰は当たらないはず。

劇を成功に導いたのは、自分の活躍もあってこそだと。


「君は本当に歌が上手いね。元は吟遊詩人なんだっけ?」


「は、はい……一応。部分的にそうです」


ルートラ公爵家に滞在して歌を歌っていたのだから、実質宮廷吟遊詩人。

そういうことで強引に言い訳している。


「君のような才能が埋もれていたなんて……なんという悲劇だろう? 殿下もそう思いますよね?」


「え、ええと……そうですね。ノーラさんの歌声はすばらしいと思います。今回の劇のように静かな歌も魅力的ですが、私は庶民で流行しているというラップやロック……」


「おぉーっ!? で、殿下! 髪が乱れています!」


デニスがとんでもないことを口走りそうになったので、ノーラは慌てて話題を逸らした。

自分がデニスに庶民の歌を教えたと知られたら、もう不敬どころの話ではない。


ノーラが指摘した髪の乱れを、セリノがすかさず直す。

櫛だのハンカチだのが瞬時に出てくるのは良質な従者の証だ。


「殿下。髪の乱れは気品の乱れ。文化祭が終わって気が弛んでいるかもしれません」


「セリノは細かいなぁ……そこまで気にしなくても」


楽しそうに進む祝賀会。

だが、ノーラはどことなく違和感を覚えた。

足りないものがひとつだけある。


きっとデニスも、セリノも、ガスパルも気づいている。

この場に影の立役者、エンカルナがいないことに。

それでも彼らが違和感を指摘しないのは、ノーラに配慮してのことだろうか。

あるいは……本人に配慮してのことだろうか。


 ◇◇◇◇


宴が終わり、ノーラはひとり舞台に足を運んだ。

まだセットは撤去されていない。

夜闇の下、デニスと怪物が戦った跡が残っている。


美しい音色が耳朶を叩いた。

――歌声だ。

歌声は近づくにつれ徐々に大きくなり、しかと聞き取れるまでになった。


これはノーラが劇で歌ったものと同じ歌詞だ。


「……エンカルナ様」


月夜の下、一人の少女が歌声を響かせていた。

まだ本調子ではない。

少し控えめに、それでも聴く者を惹きつけるような。

情熱が籠められている。


「ノーラ・ピルット」


「は、はい!?」


歌声が止む。

こっそり盗み見ていたはずが、名前を急に呼ばれてノーラは情けない声を上げた。

おずおずと足を運び、エンカルナのそばへ歩み寄る。


「こんばんは。その……なんとなく、ですけど。ここに来たくなりまして」


「そう。祝賀会は楽しかった?」


「はい。でも……エンカルナ様がいたら、もっと楽しかったんじゃないかと思います」


「殿下にはお誘いを受けたのよ。でも断った。舞台にすら出ていない私が、祝いの席に出るなどおこがましい」


そんなことない……と言おうとしたが。

これはエンカルナの誇りの問題だ。

他人のノーラがとやかく言う場面ではない。


「ご病気は大丈夫ですか?」


「ええ。小さな歌声で歌えるくらいには回復したわ。まだ全力では歌えないから……あなたに代役を任せたのは正解だったみたいね。私では、あの事故にも対処できなかった」


寂しそうにエンカルナは俯いた。

一生に一度の晴れ舞台だ。

後悔の念は測り知れない。


エンカルナはノーラに向き直り、深々と頭を下げた。


「……謝罪するわ。私の代役が務まるとは思えない……なんて言ってごめんなさい。あなたは私よりも綺麗な歌声で、どんな事態にも臆さず、本気で劇に向き合っていた。演劇をすてきなものにしてくれて……ありがとう」


心からの謝意を受け取り、ノーラの胸が温かくなる。

ここで返すべき言葉は謙遜じゃない。


「どういたしまして。わたし……こんなに多くの人の前で歌うの、初めてで。演技をしたのも初めてで。すごく緊張したけど……そのぶん成長できました。わたしを成長させてくれて、こちらこそありがとうございます」


ノーラは静かにエンカルナの手を取った。

彼女は驚いたようにノーラを見つめている。


「ご病気が治ったら、エンカルナ様と一緒に歌ってみたいです。きっと最高のデュエットができますよ!」


「あなた……ふふ、いいわよ。私の実力を見せてあげる。約束よ?」


「はい、約束です」


重ねた手を離し、今度は約束を重ねて。

二人は笑い合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ