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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第7章 文化祭
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守る者、冒す者

舞台裏に戻ったデニスは力なく膝をついた。


「や、やっと終わった……」


先程までの雄姿が嘘のように、彼は震えだす。

小動物を思わせる小刻みな震え。

ノーラは心配になって声をかけようとしたが……ものすごい勢いでセリノが突っ込んできた。


「殿下っ! ご無事ですか!?」


「セリノ! 怖かったよ……! あの獣はなんだ? あんなのが出るなんて聞いてないよ……」


恐怖にむせび泣くデニス。

そんな彼の背をセリノは優しくさすり、労いの言葉をかける。


「しかし……殿下の機転はお見事でした。おかげで観客に被害が及ぶことはなく、例年とは違う最高の舞台となりましたよ」


セリノは観客席を見るように促す。

デニスとノーラが観客席へ視線を向けると、そこには演劇に胸を打たれた観覧者たちの姿が。

彼らの笑顔は輝いていて、デニスが魅せた雄姿に感銘を受けているようだった。


「……私は、彼らを守れたのか」


「はい。まさしくクーロ王子のように、民を想う立派な皇族でありました。もちろん、ノーラ殿の機転もすばらしかったですよ」


「そうだ。ノーラさん、改めてお礼を。私のアドリブに合わせてくれてありがとうございます。あなたの活躍がなければ、演劇は失敗に終わっていました」


「いえ、殿下の機転あればこそだと思います。……すごく立派だと思いました。劇の初めから終わりまで、ずっと理想の王子を演じていらして」


デニスは面映ゆく笑った。

彼は瞳を閉じて、想起しながら語る。


「……前日にエンカルナさんから言われたのです。『皇族や生徒会長としての威厳など、気にする必要はない。ただ民を想う気持ちを演技に乗せ、振る舞えばいい』と。皇子として、模範的な生徒会長として立派に振る舞わなければ……という執念を捨てて、思いきりやってみることにしました」


結果、デニスは理想の王子として振る舞えた。

エンカルナが彼のことを知悉しているがゆえの的確な助言だ。

役として舞台には出れなくとも、エンカルナは演劇を成功させる重要な鍵だった。


演劇は大成功だ。

少なくとも、観客の表情を見る限りは。


「やあ、殿下にノーラ嬢。おつかれさま」


そこへガスパルがやってきた。

今の彼は普通の制服を着ている。

アガピトの衣装をいつも着ているので、かえって違和感を抱いた。


ガスパルはやや神妙な面持ちで告げる。


「先程、学園に確認を取ってきた。件の怪物はどこから侵入したのか不明で、原因を調査中だという。まったく……殿下の身に何かあったらどう責任を取るんだろうね。嘆かわしい……」


「そうですか……原因は徹底的に調査しなければなりませんね。他の個体が紛れ込む可能性もありますので。しかし、あの不気味な容貌は……」


舞台上に倒れ込む怪物を見て、デニスは眉をひそめた。


 ◇◇◇◇


「……今回の一件を説明してもらおうか、学園長」


ニルフック学園の学園長室にて。

グラン帝国第一皇子、ラインホルトは底冷えする声で問うた。


皇子の冷ややかな視線を受けてもなお、眼前の人物は動じることはない。

学園長……アラリル侯爵アルセニオはかぶりを振って答えた。


「原因は調査中です。アレがどこから入り込んだのか……それらしい箇所は見つけられていません」


「……ふむ」


ラインホルトは神妙な面持ちで考え込む。

ほとんどの観客はあの怪物が演出だと思い込んでいる。

話を丸く収めることはできそうだが……問題は弟のデニスが命の危機に晒されたということ。

以前にもニルフック学園には暗殺者が侵入したことがあったそうだし、危機管理が甘いと言わざるを得ない。


「殿下にはご心配をおかけしました。まずは付近の魔領を調査し、似通った魔物の捜索を……」


「いや、アレは魔物ではない」


ラインホルトは相手の言葉を遮り、断言した。


「魔物は死ぬ際に邪気を垂れ流して霧散する。しかしアレは血を流し、骸をその場に遺した。……その程度の常識、著名な生物学者の貴殿ならば理解しているだろう?」


アルセニオは帝国でも随一の生物学者。

動物と魔物の違いを知らないわけがないのだ。

あの化生を魔物と結びつけること自体、専門的な知識を持っていればあり得ない。


露骨に話題を逸らそうとしたアルセニオを睨み、ラインホルトは立ち上がった。


「そういえば……こんな話を聞いたことがある」


壁に吊るされた鹿の剥製を見上げる。


「かつて理外の魔女が創った禁忌の魔獣……『合成獣』。複数の生命を継ぎ合わせ、ひとつの個体として完成させる技術」


「ほう、存じ上げませんな。では、あの怪物は合成獣だと?」


「特徴は一致しているな。だが、合成獣の生成は法で禁じられている。仮にこの学園に合成獣を作っている者がいるのなら……」


鈍い光が室内を駆けた。

ラインホルトの引き抜いたレイピアが、アルセニオの眼前に突きつけられている。


「帝国の皇子として、看過することはできん。……わかっているな?」


「無論でございます、殿下。必ずや原因を究明し、同じ事態が起こらぬように努めましょう」


「ふん……円孔方木か。私はこれにて失礼する。見送りは不要」


「はっ。お気をつけて」


静かに学園長室の扉が閉まる。

ラインホルトが去ってもなお、アルセニオは座ったまま微笑を浮かべていた。

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