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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第7章 文化祭
112/216

オリジン・ステージ

夜の帳が降りた。

文化祭は終わりに近づき、いよいよフィナーレの時間だ。


舞台の裏から、ノーラはそっと観客席を見てみる。

学園中の生徒が見に来ているのはもちろん、その親類や王侯貴族の貴賓の姿も。

デニスはノーラの隣で青ざめ、貴賓席を見上げていた。


「……どうしたんですか、殿下?」


「う……な、なんでもありません。その、兄上がいらっしゃっているので。少し肩に力が入っているだけです」


第一皇子のラインホルト。

貴賓席を見ると、厳つい面の偉丈夫が舞台を見下ろしていた。

ノーラも城に給仕していた際、一度だけ見たことがある。

厳格で怖い兄なのだろうか。


「んんー……ノーラ嬢に殿下。準備はよろしいかな?」


「あ、ガスパル様。はい、わたしは大丈夫です」


「あぁ……私も大丈夫です。しっかりしないと」


ガスパルは承知してうなずき、足をくねらせてノーラに近寄った。


「ふむふむ……なんてファシネイション! 魅惑的な黒き色彩に、情熱を宿した紅きアクセント……今の君はとても綺麗だよ、ノーラ嬢」


「ありがとうございます。ガスパル様も邪悪な魔法使いの服がよくお似合いですよ。すごく邪悪です」


「ふふっ……それは褒めているのかい? それとも貶しているのかい?」


ガスパルの問いには微笑を浮かべて答えなかった。

今日褒められるのは何度目だろう。

いっそこの恰好を普段着にしてしまおうか。


「ほら、ガスパル殿。ノーラ殿が困っていますよ。無駄に緊張させるような行動はお控えください」


セリノが強引にガスパルを引きはがす。

緊張するのも無理はないが、ノーラはこの中だとあまり緊張していない部類だ。

むしろ心配なのは……。


「殿下」


「うぇ!? な、なんですか……ノーラさん」


音叉のように反射的な声を上げるデニス。

彼に対して、ノーラは静かに語りかけた。


「この演劇の前、誰かとお話をしましたか?」


「話……ですか?」


「えっと、雑談とかではなく。この演劇に関して……信頼できる誰かから、アドバイスとか心構えとか」


「……そういえば。昨夜、エンカルナさんとお話ししました」


「では、エンカルナ様のお話を心に留めておいてください。緊張したときにこそ、その言葉を思い出して」


どことなく感じていた既視感。

デニスはまるで、実家を飛び出したばかりのノーラのようだった。

そんなときに頼りにしたのはペートルスやレオカディア。

学園に入ってからは、頼れる先輩や友人たち。


自分を支えてくれる人を自覚してこそ、どんなときも胸を張って振る舞えるはず。

ずっと演劇の練習を眺めているくらい、エンカルナは熱心になっていた。

彼女の言葉はデニスの糧になるはずだ。


「わかりました。……ありがとうございます、ノーラさん」


「お礼なら演劇が終わった後、エンカルナ様に言ってあげてください。きっと喜びますよ」


観客席のざわめきが静まる。

どうやら開始の時間になったようだ。


――演劇が始まる。


 ◇◇◇◇


千八百年以上も前のこと。

ふたつの国が、長きにわたり戦争をしていた。


一方は焔神を奉じるシュロイリス正教国。

そしてもう一方は災いの神を奉じるサーグリティア邪教国。

両国の争いは絶えず、互いに疲弊している状況が続いていた。


舞台設定が語られたとき、一部の観客からはどよめきが上がった。

例年の文化祭では『サーグリティア国』と呼称し、『サーグリティア邪教国』とは語られなかったのだ。

今年が初めて明確に『邪教国』と述べられた年になる。

詳しく歴史を学んだことがない者にとっては、初めて知る事実だろう。

帝国の元になった国の片割れが邪教国家であることは、従来はあまり触れられてこなかった。


シュロイリス正教国の王子……クーロは苦しむ民を救うため、サーグリティア邪教国に和平の申し出をしようと隣国へ旅立った。

演劇は旅立ちの場面から始まる。


「クーロ殿下!」


舞台の中央で白馬にまたがるクーロ王子のもとに、一人の兵が駆けてくる。

セリノが演じるクーロの従者だ。


「どうした? 和平を交渉する場は設けられたのか?」


「それが……どうやら和平どころの話ではないようです」


セリノはサーグリティア邪教国が置かれている状況を説明した。

国の王が病床に伏し、そして姫君が誘拐されているという。

姫君を誘拐したのは邪悪なる魔法使いアガピト。

領主でもあるアガピトは国への反乱を企て、姫を人質に国を操っているという。


「なんということだ……! わが国との戦争が終わらないのも、その魔法使いのせいだというのか! ならば、私が直々に成敗してくれる!」


クーロは剣を引き抜き、客席に向かって声を張り上げた。

デニスが演じる勇ましいクーロの姿に、客はみなご満悦だ。

あんなに勇ましいデニスの姿は見たことがない。



誘拐されたマリレーナ姫を救うため、クーロは西へ東へ。

苦難の道の果て、ついにアガピトの居城へとたどり着いた。


暗闇に包まれた城の中庭にて。

草木は枯れ、闇の力が漂っている。

城の入り口に立つクーロはゆっくりと歩みを進め、囚われたマリレーナへ手を伸ばす。


「……姫、君を助け出すためにやってきた。この闇を打破し、人々に光をもたらすんだ!」


マリレーナを演じるノーラもまた、最大の声量で叫んだ。


「王子! 私を助けにきてくださったのですね!」


そこへ黒いローブを纏った老人が舞い降りる。

彼……アガピトは不気味に笑う。


「グハハハッ……クーロ王子よ。貴様ごときがこのワシを倒せるとでも?」


「いいや、倒せるさ。民を苦しめ、禁術に手を染めたお前ごときに……私が負けるはずがない!」


デニスの演技に迷いはない。

まさしく本物の英雄のように、堂々と振る舞う。


「では、わが配下たちを退けてみせよッ!」


アガピトが杖をかざすと、次々と影の魔法で作られた蝙蝠が躍り出る。

デニスは剣を引き抜き、高らかに宣言した。


「私が悪夢を終わらせる! この国の未来のために!」


クーロの剣身に光が宿り、戦いが始まった。

鮮やかにクーロは舞台を駆け抜ける。

次々と影の蝙蝠を斬り、アガピトの杖に剣をぶつけて。

この劇いちばんの見せどころだ。



激しい死闘の末、ついにクーロがアガピトを追い詰める。


「さあ、アガピト! この悪夢を終わらせるときが来た!」


「愚か者よ! ワシの力を見くびるな!」


アガピトに止めを刺すと同時、クーロは差し違えの魔術を受ける。

アガピトは倒れたが……クーロもまたその場にうずくまる。

彼を照らすようにスポットライトが降り注いだ。


「くっ。アガピトに受けた邪悪な毒が……私の命もここまでか……!」


ここでノーラの出番だ。

最後に全霊を籠めて歌い、この演劇を最高のものにする。

決意を固め、舞台の中央へと走り出した刹那。



鈍い音が響く。

どこからともなく舞台に何かが落ちてきたのだ。


「……!」


異形の怪物が、舞台の上に降り立った。

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