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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第7章 文化祭
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悔いなき剣閃

文化祭、午前の部が終了。

お化け屋敷の運営に関して、ノーラは午前担当なので午後は文化祭を見て回ることになる。

そしてフィナーレで演劇だ。


エルメンヒルデと一緒に、ノーラは食堂を訪れた。

ペートルスのクラスが運営しているというレストラン。

洒落た看板と長蛇の列を見て、エルメンヒルデが呟いた。


「音のないレストランか……なんか、すごい大盛況だねぇ」


「いまお昼だしね。でも……どうするかな、これ。並んでたら日が暮れちゃうよ」


他にもいろいろと見て回りたい場所がある。

ペートルスには悪いが、ここは断念して……と思った矢先のことだった。

どこからともなくペートルスの声が降り注ぐ。


『ノーラに、レディ・エルメンヒルデ。聞こえるかい?』


「……あ、ペートルス様の声だ」


『来てくれてありがとう。ただ、今は人が並んでいてね。このレストランはあと一時間後に閉店することになっているから……そのときに来てもらえるかな? 君たちには特別に、閉店後に料理を振る舞わせていただきたい』


「わかりましたー。……だってさ。それまで他のところ見て回ろうか、エルン」


「おっけー。一時間も待つって、ノーラちゃん我慢できる?」


「で、できるよ。そういうエルンはどうなの?」


「エルンはあんまりお腹とか空かないからねぇ。ノーラちゃんが大丈夫ならそれでいいよ。行こっか」


閉店後まで料理を用意してくれる特別待遇。

そんなペートルスの厚意を無下にはできない。

二人は適当に文化祭を回って時間を潰すことにした。



そして一時間後。

長蛇の列はとうに消え、看板には閉店の文字が書かれていた。

食堂の前に立っていた三年生が、二人に向けて手招きする。


「やあ、君たちのことはペートルス様から聞いてるよ。本日最後のお客様だね。このレストランには音がない。入店した瞬間に何も聞こえなくなるから、注意してくれ」


受付から注意喚起を受け、ノーラとエルメンヒルデは店内に入った。

瞬間――ぷつりとすべての音が途絶える。

驚いて声を上げたが、何も聞こえない。

口をパクパクと動かすエルメンヒルデを見て、ノーラは思わず笑いそうになる。


「!?」


いつしか前にペートルスが立っていた。

音がないから人の接近にも気づけない。

彼は二人を導き、椅子を引いて向かい合う形で座らせた。


給仕しているのは全員生徒のようだが、まるで一流の使用人のような雰囲気を感じさせる。

ペートルスはテーブルに置かれたメニューと紙、ペンを指し示して去っていく。


「……?」


ノーラが首を傾げていると、エルメンヒルデは紙に筆を走らせた。


『筆談しろってことだね。メニューを見よう』


なるほど……と納得してメニューを見る。

かなり本格的な高級レストランというか。

高位貴族ばかりが通う学園らしい料理が名を連ねていた。

もちろん値段も相応で。


それなりに悩み、ノーラはクリームブリュレを、エルメンヒルデはハニーパンケーキを選ぶ。

手を上げて店員を呼び、メニューを指して注文。



しばらく待つと、できたての料理が運ばれてきた。

宝石のような輝きを持つ料理にノーラは唾を飲む。

本当に高級レストランと遜色ない。


「「……!」」


口に運んだ瞬間、ノーラは目を見開く。

とにかく味に深みがある。

聴覚という感覚を遮断しているから、味覚が鋭敏になっているのだろうか。


これは長蛇の列ができるのもうなずける。

奇抜さだけではなく、新たな境地を体感させてくれるのだ。

この感動を言葉にできないのが惜しむべき点か。


やはり三年生の出し物は強い。

来年度以降の参考にしなければ。


 ◇◇◇◇


「楽しんでいただけたかな? 二人とも」


食事後、音の戻った世界でペートルスが尋ねる。


「はい、とても美味しかったです! 音がないというだけのシンプルなテーマなのに、ここまで洗練されているなんて……」


「生徒たちの料理の腕が優れていたおかげで、ここまで質を高めることができた。彼らには感謝してもしきれないよ」


「ペートルス先輩、相変わらず謙虚だね。八割くらいペートルス先輩の手柄だと思うんだけど」


「そんなことはないよ。文化祭は皆で協力して作り上げるものだ。君たちも来年は自分の力を使った出し物をしてみると、独創性が出るかもしれないね」


ノーラの力は危険すぎて使い物にならなさそうだが。

出力を最大まで落とせばなんとかなるだろうか。


「さて……僕たちの店はこれでしまいだ。二人とも、この後はどうする? 僕はヴェルナーが参加する武術大会を観にいくけど」


「エルンはこのあと仕事があるので……お二人でどうぞ。邪魔するのも悪いしね」


「そうか。お気遣い痛み入るよ」


まるでノーラとペートルスが恋人のように扱われている。

慣れてきたとはいえ、殿方と二人きりになるのはまだ緊張するのだが。


「あ、そうそう。ノーラちゃんが出る劇までには仕事終わらせるからね! ちゃんと観にいくから、がんばって!」


「お、おう。がんばる!」


エルメンヒルデは元気に手を振って去っていく。

楽しくて忘れかけていたが、ノーラはこのあと大舞台が待っているのだ。


「武道場へ行こうか。いまごろヴェルナーは順調に勝ち上がっているだろうね」


「そうすね。ヴェルナー様は負ける気がしないといいますか。実際、過去の二年間も優勝しているんですよね」


「彼は強い。今年も優勝は間違いない……と言いたいところだけど。その真偽は僕たちの目で確かめるとしようか」


 ◇◇◇◇


しっかりとヴェルナーは強かった。

……いや、強すぎた。


数々の武術部の生徒を薙ぎ倒し、ものの数秒で決着をつけて。

同じく彼の麾下にある剣術サロンの生徒たちも圧倒的だった。


「な、何が起こってるのか……まるでわからないんですけど」


目にも止まらぬ速さで剣を交える生徒たちを見て、ノーラは戦慄した。

次元が違う。

ちらとペートルスを横目に見ると、彼は勝負に見入っているご様子。


「ペートルス様は目で追えていますか?」


「ああ。ヴェルナーもずいぶんと腕を上げたね。久しぶりに彼と剣を交えてみたいが……まだ彼は強くなれる。底にある力を出しきっていない」


「なんかすごい強者の風格が出てますね」


今の言から察するに、ペートルスの方が強いのだろうか。

ぐるりと周囲を見渡すと、周囲の生徒も何が起こっているのかわからないが、とりあえず応援の声を張り上げている感じ。

見ているだけで迫力があって興奮できるのは、武術大会の良いところだ。


「……あっ、マインラート様だ。あの方も勝負を真剣に見ています」


「クラスNの生徒なら、君以外は勝負の趨勢を理解できるだろう。とはいえ……やはり大会の状況を見る限り、ヴェルナーの剣術サロンが優勝で間違いなさそうだね。結果はとうに見えている」


「おぉ……! つまり一年生から三年生まで、ずっと玉座を守り続けることに! さすがヴェルナー様です」


「……今年で最後だからね。悔いが残らないよう、彼も全力で戦っているみたいだ」


ペートルスはヴェルナーの剣筋を眺め、寂しそうに呟いた。

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