表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第7章 文化祭
109/216

新たなる姫君

文化祭前日。

ノーラは舞台の端でクライマックスの場面を見守っていた。


「さあ、アガピト! この悪夢を終わらせるときが来た!」


「愚か者よ! ワシの力を見くびるな!」


王子クーロと邪悪な魔法使いアガピトの激しい戦い。

演じるデニスとガスパルは優雅に、かつ鮮烈に火花を散らす。

舞台裏からのエフェクトは盛りだくさんだ。


やがてデニスがガスパルを退け、舞台の中央に薄い光が射す。

そっと舞台の裾に消えるガスパル。

同時にデニスがその場に力なく倒れた。


「くっ。アガピトに受けた邪悪な毒が……私の命もここまでか……!」


伝承では、クーロ王子は邪毒に侵されて死にかけたという。

そこを救ったのがマリレーナ姫。

すなわちノーラ演じるヒロインである。


ノーラは舞台の中央へと走り出し、うずくまるデニスへ……というよりも客席に聞こえるように声を張り上げた。


「ああ、クーロ王子! どうか死なないで!」


「姫よ……あなただけでもお逃げを。わ、私は国のために戦った……誇らしいことです」


「いけませんわ。私を救ってくれた王子をどうか助けたい。そう、私の聖なる歌で……!」


そしてノーラは歌いだす。

聖なる歌の力で邪を祓い、王子を救ったという伝承をなぞって。

美しい声が木霊する。

生徒たちはみな彼女の歌に聴き入った。



「……というわけで、今日の練習はここまでです。明日はいよいよ本番。練習の成果を出しきり、最高の劇にしましょう」


デニスの激励に、練習に参加していた生徒たちは拍手した。

しかしただ一人……ガスパルは不安そうに声を漏らす。


「そういう殿下がいちばん心配だよ。今日だって声が震えていたし……なんて情けないのか」


「す、すみません……そうですよね」


「ま、そういうところも殿下のチャームポイントかな。ふふっ……」


デニスに嘲笑を送ったガスパルに対し、セリノが『殺しますよ?』と笑顔で脅迫している。

いまだにデニスは怯えを消せない。

その理由が、なんとなくノーラにはわかる気がした。


きっと彼は『立派な人物』を演じることに気後れしている。

普通のセリフはすらすらと吐き出せるのに、勇ましい英雄のようなセリフを吐くときにだけ震えていた。

けれど、それを指摘するのも違う。

人に言われるだけで簡単に恐怖は拭えないのだ。


「…………」


ふと、ノーラの目に一人の令嬢が映る。

遠くの校舎から、こちらをじっと見つめるエンカルナ。

彼女の視線はただ一人、デニスに向いていた。


(……大丈夫、かな)


ノーラが口を出すまでもない。

誰よりも熱心に、この演劇を見ている者がいるから。


 ◇◇◇◇


寮に帰宅したノーラを待っていたのはレオカディアだった。

部屋の中央に置かれているドレスラック。

そして台に鎮座するアクセサリーの数々。


「……これ、は」


「お帰りなさいませ、ノーラ様。明日はいよいよ文化祭ですね。以前に相談された、気品を出すための服飾に関しまして……準備が整いました」


そういえばそんな話もしていた。

しかし、ここまで本気で取り組まれるとは。

目の前で絢爛豪華に輝く宝飾を見てノーラは戦慄した。


「ノーラ様がドレスの類を苦手なことは存じ上げております。逆に申し上げれば、そんなノーラ様でもご満足いただけるような品を揃えました。さあ、お着替えしましょう!」


有無を言わさぬレオカディアに気圧され、されるがままになるノーラ。

次々とドレスを着せられ、採寸され、また別のドレスを着せられ……どれほどの時間が経っただろうか。


最終的にレオカディアが『これです』と決め打ちしたファッションは。


「え、えぇ……と。これが、わたしに合ってるんですかね?」


黒を基調にしたレースのドレス。

赤いアクセントの羽型コサージュ。

そしてノーラの個性とも言える眼帯は、ハート型のものに変わっている。


どう考えてもノーラが着るようなドレスではない気がした。

自分はもっとこう、目立たない落ち着いた色合いの服を着るべきだと。


「……こ、これ。ヒロインじゃなくて、敵の王女感が出てますけど」


「ノーラ様のドレスを作るにあたって、ペートルス様とデニス殿下に事前に相談していたのです」


「えっ、いつの間にデニス殿下と相談を!?」


レオカディアは困惑するノーラに対し、得意気に語る。


「実のところを申し上げますと、ノーラ様が演じるマリレーナ姫は邪教を崇拝する国の王女だったのですよ。邪悪な魔法使いのアガピトもまた、マリレーナ姫の国の貴族。アガピトはクーデターを企て、自国の王女を攫ったのです。そこを隣国から訪れていたクーロ王子に救われ、二人が結婚してグラン帝国が樹立されたのです。マリレーナ姫が邪教の国の王女だったという事実は、伝承から消されていますが……」


「そ、そうなんですか? 初めて聞きました」


「ですから、そのドレスは歴史的に正しい意匠なのです。デニス殿下やペートルス様と相談し、今回は正しい歴史に基づいた格好をしよう……という話になりました」


今のノーラに求められているのは『ノーラらしさ』ではなく『マリレーナらしさ』だ。

役に忠実な着こなしをするという意味では、このドレスは正しいのかもしれない。


「でも、アレですね。邪教の国の王女が聖なる歌を知っていたの、少し変な感じがします」


「邪教の国の王女だからこそ……ですね。自分たちの神や術に対抗する聖歌を、マリレーナ姫は脅威として把握していたのです。シュログリ教に密偵を送り込み、歌詞や旋律を盗んでいたそうですよ」


「なるほどー……まあ、わたしが劇で歌うのは適当に作られた聖歌もどきですけどね。本物の歌はもう伝承が失われているので」


改めて鏡を見てみる。

やっぱり自分には似合っている気がしないが、邪教の国の王女と考えるとアリかも。

ひとつだけ気になるのは。


「わたしの青い髪、ちょっとミスマッチかも?」


「おぉ……ノーラ様、そこまで感性を磨かれたのですね! さすがです。ドレスの種類すら知らなかった一年前が嘘のようです」


そう言いながらレオカディアは櫛やゴム、謎の瓶を取り出した。


「なんすか?」


「メッシュを入れましょう。やはり黒がお似合いかと」


「め、めっしゅ……!? そんな陽の者みたいな!?」


「いいですか、ノーラ様。明日は学園の生徒のみならず、帝国中の重鎮が劇を見に来られるのです。もはや別人のような精神を持たねば、乗り越えることはできないでしょう。逆に考えれば、これは成長するためのまたとない機会。文化祭の期間だけで構いません。あなたは別人になるのです……!」


またしてもレオカディアのポジティブマインドが発動。

ノーラは瞬く間に言いくるめられ、髪に黒メッシュを入れることになる。


かくして新たなる『呪われ姫』が誕生したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ