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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第7章 文化祭
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文化祭に向けて

気品が足りない。

その問題を解決するため、ノーラはペートルスを訪ねた。

気品の化身とも言える彼なら、この問題をどうにかしてくれるかもしれない。


「難しい話だね。男性の僕と女性の君とでは、また趣が異なるだろうし」


ペートルスは悩まし気に答えた。

そうしている間も、彼は紅茶を優雅に飲む。

どこを切り取っても絵になりそうで……そういう風格を欲しているのだが。


「僕は品のないノーラが好きなんだけどね」


「え、そうなんですか?」


また変わったお方だ。

今の言葉……裏を返せば、やっぱりノーラの素は品がない性格だと思われているということだが。

嬉しいような、嬉しくないような。


「まあ、僕の個人的な嗜好を話しても仕方ない。今は演劇のヒロインとして、気品を高めたいのだろうし。そうだね……まずは形から入ってみるのはどうだろう?」


ペートルスは給仕しているレオカディアに目配せした。

彼の意をすぐに察し、レオカディアは給仕の手を止める。


「レオカディア。ノーラは演劇で姫を演じるそうだ。僕の見立てだとすごく綺麗にできると思うんだけど……どうかな?」


「さすがの慧眼です、ペートルス様。ノーラ様は大変素質がおありかと」


二人が何を話しているのか理解できず狼狽する。

形から入る……と言っていたが。

レオカディアの自信に満ちた表情を見て、ノーラは恐るおそる尋ねた。


「あの……何を?」


「レオカディアの実家……エックトミス男爵家は、服飾で有名な豪商の家系なんだ。流行の最先端を捉えているエックトミス男爵家なら、きっと気品に満ちたドレスアップをしてくれるよ」


「そういえば……そんな話がありましたね。レオカディア様とそのお父上は、芸術的な文化を振興しているとか」


舞踏会でドレスを用意してくれたのも、化粧の道具を揃えてくれたのも、全部レオカディアだ。

思い返せば大半のファッションは彼女から享受していたのである。


「で、では……レオカディア様にお任せしても?」


「もちろんです。全力でノーラ様を最高のプリンセスに仕立て上げますので。期待してお待ちください」


とりあえず外面は取り繕えそうだ。

あとは細かな所作に気をつけ、地道な積み重ねを。

貴族の社交場たるニルフック学園で過ごすのだから、淑女然とした所作は練習しておいて損はないはずだ。


背筋を伸ばして紅茶に口をつける。

正しい姿勢で飲むと、味まで美味しくなる気がした。


「僕もノーラの歌を聴くのが楽しみだ。演劇、期待しているよ」


「ありがとうございます。そういえば……ペートルス様のクラスは何をするんです?」


「音のないレストランだよ」


――パチン。

ペートルスは指を鳴らした。

瞬間、世界から音が消える。


『こうやって音を消すのさ。食堂の二階を貸し切って、レストランを開くんだ』


頭の中に声が響く。

これがペートルスの特殊な力。

音を自由自在に操り、何もかも思うがまま。

副作用として聴覚が異様に過敏になっているらしいが。


再びペートルスが指を鳴らすと、世界に音が戻る。


「時間があればぜひ来てほしい。君は忙しいから来られるかわからないけど、精一杯おもてなしさせてもらうよ」


「音のないレストラン……たしかに気になりますね! 時間があれば行かせていただきます」


文化祭に向け、ニルフック学園は盛り上がりを見せている。

これからさらに忙しくなっていくだろうし、今のうちに学園を見て回るのもいいかもしれない。


 ◇◇◇◇


学園の西門のそばには、主に武術系の部活が集まっている。

普段はあまり訪れない場所だが、せっかくだから行ってみることにした。


文化祭では各武術系の部活・サロンの対抗試合がある。

今まで積み上げてきた研鑽を誇りに、生徒たちがぶつかり合うのだ。


西門の付近で多くの生徒たちが走り込みや模擬戦をしている。

みな対抗試合で負けないよう、必死に鍛えているようだ。

ノーラは武術系に関してはまったくの無知だが、見ている分には面白い。


「あ、ヴェルナー様だ」


中でも一線を画した雰囲気の集団がいた。

ヴェルナーが長を務める剣術サロン。

彼らは鬼気迫る形相で鍛錬を積んでいて、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。


そんな中、ノーラは無遠慮にヴェルナーに近寄っていく。

彼もこちらに気がついて剣を振る手を止めた。


「……ノーラ。何か用か?」


「いえ、近くを通りかかったので。すごく真剣に鍛錬していますね」


剣術サロンの生徒たちは非常に集中している。

ノーラの接近にも気がつかず、ひたすらに技に磨きをかけて。


「力を試す機会は貴重だ。俺たちが他の生徒に劣らず、圧倒的な力を持つことを確認しなければならない。……剣術サロンに生半可な覚悟を持った奴はいないからな」


サロンは部活と違い、正式に学園から認可されていない集団だ。

ほとんどのサロンは部活に実力で劣ると聞くが……この剣術サロンはその限りではない。

異常なほどの力への執念と渇望。

去年も一昨年も、ヴェルナーの所属する剣術サロンが文化祭で優勝を収めてきた。


ノーラは先程から気になっていたことについて尋ねる。

生徒たちが木剣で斬りつけている人形を見ながら。


「あの……人形に張りつけてある絵、どう見ても学園長の似顔絵ですよね?」


「……気のせいだ」


「気のせいですか、そうですか」


絶対に学園長の似顔絵である。

何か恨みでもあるのだろうか。


「特に用がなければ、俺は鍛錬に戻るぞ」


「あっ、はい。お邪魔してすみません。文化祭の対抗試合、がんばってくださいね」


「ああ……俺は勝つ」


ヴェルナーにとって勝利は必然。

彼はその先にある壁を見据えていた。


 ◇◇◇◇


図書館はいつもより人が少ない。

どの生徒も文化祭の準備で忙しいし、試験の直前でもないし。


一応、文化祭を記念した栞を配っているのだが……興味のある生徒は少ないようで。

栞をもらいに来たノーラは虚しい気持ちになった。


一階の学術書エリアに行くと、そこには意外な姿が。

科学書の棚の前で本を漁っているフリッツだ。


「こんにちは」


「おや……ピルット嬢。何か調べものですか?」


「記念の栞をもらいにきたんです。フリッツ様は……今日もお勉強で?」


ノーラの問いに対し、フリッツは否定を返した。


「いえ。私が調べているのは……」


彼が抱えている本の題名は。

『世界魔物大全』というものだった。


「魔物です。ピルット嬢はこんな魔物を見たことがありますか?」


フリッツが見せた紙には、一匹の動物のようなものが描かれている。

容姿は形容しがたい。

獅子と、竜と、カラスと。

様々な動物の特徴を併せ持った奇妙な生物だ。


「こいつはフリッツ様が描いたんですか?」


「ええ。実は……未来予知の能力によって、この異形の怪物を見たのです。出没する時間は不明ですが、学園の敷地内に現れると」


「こ、これが出てくるんです? にわかには信じがたいですけど……」


「私も同じ気持ちです。寝起きに見た予知でしたので、寝ぼけているのではないかと自分を疑いましたよ」


フリッツの予知は外れたことがない。

そのほとんどが些末でくだらない内容だが、今回は少し異質だ。


「該当しそうな魔物を調べているのですが……見つかりませんね」


「そもそも学園は魔物が棲息する場所から遠いですし、結界を抜けて来られるとも思いません。勘違い……ならいいですけど、フリッツ様の予知は正確ですからね。一応、誰かに報告しておいた方がいいのでは?」


「……そうですね。ペートルス卿に報告しておきましょうか。いざというとき、あの方は教員よりも頼りになりますから」


全面的に同意。

下手に教員に相談するよりも、ペートルスの方がよほど適切な対応をしてくれる。


「さて。私はそろそろ文化祭の準備に戻ります。ピルット嬢もがんばってくださいね」


「はい。ありがとうございます」


なんだか心配になる情報もあるようだが。

とにかく今は目先の文化祭を成功させよう。

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