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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第7章 文化祭
107/216

らしさ

暗闇に包まれた城の中庭にて。

草木は枯れ、闇の力が漂っている。


城の入り口に立つ『王子クーロ』役……デニスはゆっくりと歩みを進め、囚われたノーラへ手を伸ばす。


「……姫、君を助け出すためにやってきた。この闇を打破し、人々に光をもたらすんだ」


「王子! 私を助けにきてくださったのですね!」


そこへ黒いローブを纏った老人が舞い降りる。

『邪悪な魔法使いアガピト』を演じる、生徒会経理のガスパルだ。


「ふふっ……クーロ王子よ。貴様ごときがこのワシを倒せるとでも?」


「い、いいや、倒せるさ。民を苦しめ、禁術に手を染めたお前ごときに……私が負けるはずがない!」


「フハハッ! では、わが配下たちを退けてみせよッ! ハハハハハッ!」


ガスパルが杖をかざすと、次々と影の蝙蝠が躍り出る。

デニスは剣を引き抜き、高らかに宣言した。


「私が悪夢を終わらせる! こ、この国の未来のために……!」


そしてデニスの剣身に光が宿り、戦いが始まる……はずだったのだが。

そこで監督役の生徒から待ったがかかった。


「ストォーーーップ!!」


監督を担当するのは演劇部の長。

彼は顔をしかめて舞台へ上がった。


「いけません、殿下! あなたが演じられているのは、初代グラン帝国皇帝となるクーロ王子。もっと胸を張って、勇ましく演じられませんと」


「す、すみません。演説をするのと劇を演じるのとでは、また違いますね」


デニスは人前で振る舞うことが苦手なわけではない。

大衆を前にして話すこと自体は、幼少期から鍛えられてきた。

ただ自分が偉大なる初代皇帝を演じることに引け目を感じているだけだ。


申し訳なさそうに俯くデニスを見て、ガスパルは高らかに笑った。


「ふふふっ……! 謙虚なのがデニス殿下の美徳とはいえ、クーロ王子を演じるには気合が足りないね」


「ガスパル様、あなたもですよ。アガピトを演じるには、所作が少し優雅すぎます。もっと意地汚く、悪役らしく振る舞っていただきたい」


「ほう、僕にダーティを求めるとは。だが求められるものを提供してこその役作りだ。ハハハッ……燃えてきたね!」


メインキャストの面々に課題あり。

セリノが心配していたのは彼らの演技力だったのかもしれない。

檻からそっと抜け出したノーラは、監督に自分の演技も尋ねてみた。


「あの、わたしはどうでしょうか? 改善点などは……」


「そうですね……あなたは特に問題点などは見受けられません。ただ演技に関してはエンカルナ様の方が上手でしたので、細かいセリフに感情を籠めるようにしてください」


「わかりました。ありがとうございます」


あくまでもノーラは代役だ。

それでも『エンカルナの方が演技が上手い』という事実に対して、挑んでみたい節はある。

もっと観客を納得させられるように演技を磨かなければ。


練習を中断したデニスのもとに、すかさずセリノが走ってくる。


「殿下、お疲れ様です。こちらお水とタオルになります」


「ありがとう。ええと……セリノは見てどう思う? 私の演技はやはり物足りなく感じるかな?」


「そ、それは……いえ。問題ございません、おそらく」


「……君が言いよどんだということは、やはり駄目なんだね。このままでは他の方々にも迷惑がかかってしまう……」


普段は完璧にデニスを全肯定するセリノ。

そんな彼が言葉を濁している時点で、褒められない演技であることは明らかだった。


「何をおっしゃいますか殿下。殿下の演技に文句を言うような輩がいれば、私が始末いたしましょう。……なんなら監督を黙らせましょうか?」


「ふふっ……相変わらずセリノは殿下信者だなぁ。ほら、監督のスマイルが引きつっているじゃないか。かわいそうに……」


「生徒会の者がご迷惑を……申し訳ありません。生徒会長としてお詫びします。演劇部の方々にはご迷惑をおかけしますが、どうか文化祭当日までよろしくお願いします」


彼らの様子を眺めてノーラは思う。

クラスNの面々も大概だが、生徒会の人たちも強烈な人ばかりだ。

ニルフック学園は変人が影響力を持つ決まりでもあるのだろうか。


そんな変人の一角にノーラも入っているのだが、彼女には自覚がなかった。


 ◇◇◇◇


練習を終え、ノーラが庭園を後にしようとすると。

建物の陰からぐいと手を引っ張られた。

人さらいかと思い、瞬間的に魔術を発動しかけたが……相手の顔を見て魔力の矛を収める。


「エンカルナ様?」


「来なさい」


顔が蒼白になったエンカルナ。

彼女は来いとだけ言って庭園の奥に歩いていく。

ノーラは慌てて後を追い、それとなく尋ねた。


「あの……具合、大丈夫でしょうか? 顔色が優れないようですが……」


「大丈夫じゃないからあなたに代わりを任せているの。……こほっ」


エンカルナのそばに控える侍女が心配そうな顔をしている。

彼女は一種の肺炎に罹っており、安静にしていなければならないと聞く。

外に出てきてまで何をしにきたのか。

色々と心配だし声をかけたかったが、無駄に声を出させるのも酷かと思い、ノーラは黙って追従する。


舞台の裏手に回ったエンカルナはそこで足を止めた。

彼女は振り返り、つんと顎を上げて腕を組む。


「歌、上手いじゃない」


「え……あ、ありがとうございます」


いきなり褒められると思っていなかったノーラは面食らう。

最初に会ったときに見下されていただけに。

でも、とエンカルナは二の句を継いだ。


「演技はダメね。本気度が足りないわ」


「本気度……」


「本当に自分が囚われている思って演技なさい。抑揚や語尾の使い方、緩急のつけ方は歌とそこまで変わらないでしょう。問題はどれだけ感情が籠められるかね」


自分が囚われていて、そこから連れ出してくれる人が来て。

――離れから自分を連れ出してくれたペートルス。

あのときの心情を思い出せばいいのだろうか。

それも少し違う気がするが……。


「しかし、デニス殿下があの調子じゃ臨場感も出ないでしょうね」


「殿下は……声自体はちゃんと出ているんですが、気持ちが追いついていない感じがしました」


「そうよ。あの方はすごく臆病なの。ラインホルト殿下にペートルス卿……小さいころからずっと周りが優秀な人ばかりで、自信が持てないのよ。優秀な方なのに、周りが傑物だらけで霞んで見える」


周囲と比較ばかりされるのは大変だろう。

ノーラは社会から隔絶されて、まったく競争がない世界で育ってきたが……それとは対照的な過酷さがありそうだ。


「あの方の気持ちについて、あなたが考えても仕方ないわ。今はとにかく演技を鍛えなさい。それと……気品もね」


「へ? 気品すか?」


「なんか姫っぽくないのよ、あなた。平民だから仕方ないでしょうけど、少しでも気品を身につけなさい。今あなたが着ているドレスも、私のために(こしら)えられたものだから……合ってないのかもしれないわ」


ノーラが着ているのは桃色のドレス。

きっとエンカルナが着たらすごく絵になるのだろう。

だが、ノーラにはどこか会っていない気がする。

最初に着てみて鏡を見たときも違和感がすごかった。


「そうですね……姫らしさか。ちょっと考えてみます」


「あなたごときでは殿下と釣り合わないでしょうけれど。少しでもヒロインとして違和感が出ないように気をつけなさい。……けほっ。それでは、私はこれで失礼するわ」


「は、はい。ありがとうございました。……お大事に」


エンカルナは心配になって様子を見にきたのだろう。

それほど演劇を大事に思い、成功を祈っているということだ。


――期待に応えなければ。

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