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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第7章 文化祭
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洗礼

演劇の練習は庭園で行われている。

香りよく美しい花々が咲き誇る、学園の名所。

文化祭の準備期間中は生徒会が貸し切り、関係者以外立ち入れないようになっていた。


「こちらがエンカルナさんの代役をしてくれることになった、ノーラ・ピルットさんです」


デニスがノーラを演劇の関係者たちに紹介する。

彼らは訝し気な視線でノーラを見つめていた。


「ノーラと申します! よ、よろしくお願いします……!」


頭を下げると、まばらな拍手が起こった。

歓迎はされていない気がする。

もちろんデニス推薦の手前、誰も文句は言わないが。


そのとき、一人の男が前に進み出た。

黒いフードを着て、白い口髭をつけている……おそらく学園の生徒だ。

被った白髪の下からは、薄く青い髪が顔を覗かせている。

演劇の役で老人の変装をしているのだろう。


「ふふっ……こんにちは、お嬢さん。僕は魔法使い役、ガスパル・カーマ・テミッシュ。あぁ……一応、生徒会の経理でもあるよ。どうぞよろしく」


「よろしくお願いします、ガスパル様」


差し伸べられた手を取り、ガスパルと握手する。

そして手を離そうと思ったのだが……離してくれない。

ガスパルはゆっくりと手を持ち上げ、ノーラの指先をまじまじと眺めた。


「うぅん……キュートな指だ。荒れていないし、酷使した跡もないね。平民出身だって聞いていたけれど……ふふっ」


「あ、あの。離してもらっていいですか」


「おや失敬。華奢な手に思わず見とれてしまったよ……」


ウザい。

あまりにも気障すぎる。

ペートルスとはまた違ったタイプの貴公子的な。


「え、えっと……ガスパル。ノーラさんが困っていますよ」


「失礼、殿下。何はともあれ……エンカルナの代役が決まって良かった。まずはあいさつも兼ねて、出演者たちの自己紹介を行いたいところですが……ふふっ」


ガスパルは不敵に笑い、黒いマントをばさりと翻した。

彼はノーラとデニスから離れたかと思うと、他の出演者たちの前に立って両手を広げる。


「まずは"実力"を見せていただこうか、ノーラ嬢?」


「はい? なんすか?」


「殿下は歌が上手いことを理由に、貴女を推薦された。だが……僕をはじめ、キャストの皆は貴女の歌唱力を知らないのさ。んっ、金糸雀のような歌声を! 僕たちにッ! 聴かせておくれ!」


ガスパルの叫びに対して、出演者たちから歓声が上がった。

なるほど……いきなり人前で歌わされるとは。

彼らの立場からしてみれば、得体の知れない平民が割り込んできたのだ。

当たり前の反応だろう。


「えっと……ノーラさん、大丈夫ですか? 突然の要求ですし、無理をしなくても……」


「いえ、大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます、殿下」


最終的には大舞台に立たなければならないのだ。

こんなところで尻込みするわけにはいかない。


決意を固めてノーラは進み出た。


 ◇◇◇◇


「んぅ~……エクセレンッ!! 貴女の歌声はまるで秘密の扉を開ける呪文のようだよ。その魅力に引き寄せられて、僕はヘヴンに連れ去られそうになるんだ! 甘美なるブルーノート、ダイヤモンドのスタッカート!」


ひと通り歌を披露し終えたノーラを、ガスパルがハイテンションで喝采していた。

何を言っているのか理解できないが……どうやら合格できたらしい。

他の出演者たちの反応を見ても、最初に向けられていた疑念は晴れている。


恥ずかしそうに笑うノーラの傍らで、デニスが安堵するように胸を撫でおろした。


「よかった……皆さんには納得していただけたようですね」


「でも、問題なのは演技力ですよ。わたし、ヒロインにあるべき清楚さが欠けまくっているので……」


「まあ、演技で言えば全員素人のようなものですし。そこまで気張る必要はありませんよ」


デニスはそう言ってくれるが……社交界で戦う貴族たちは、多少なりとも演技をすることに慣れている。

ノーラも学園に入学してから、最低限の振る舞いはできるようになったが。

まだまだ無礼な態度は出てしまうし、ヒロインの格には程遠い。


舞い上がって小躍りしていたガスパル。

彼は急にすんと静まってノーラの顔を覗き込んだ。


「ときにノーラ嬢。先程から気になっていたのだが……その眼帯は? ケガでもしているのかい?」


「あっ……これはですね。あの、力が封印されていると言いますか。この眼帯を外すと恐ろしいことが起こってしまうのです……」


「力が封印されし魔眼……!? なんてユニークな魅力を持っているんだい? さすがはクラスNの生徒だね……!」


「でも、演劇をするにあたって眼帯をつけてるのは不自然ですよね?」


言われて初めて気がついた。

この眼帯をどうしようか。

ヒロインの姫が眼帯をしていたら、違和感が半端ないことになってしまう。


「んぅ……たしかに。その眼帯を外すことはできないのかい?」


「はい、できないんです。やはりわたしは適任ではないのでは?」


「――いえ、逆に面白いかもしれません」


デニスはノーラの右目を見て考え込んだ。


「ニルフック学園の文化祭は、斬新なものを評価する風潮があります。生徒会の演劇だけは伝統を重んじていますが……少しだけアレンジを加えてみて。右目に特殊な力がある設定にするのも一興では?」


「おぉ……さすが殿下! 帝国の歴史に根差す演劇の設定を変えてしまうのは、何かと反対もあるでしょう。しかし、そこを乗り越えてこその文化祭。ふふ……面白いことになってきた」


生徒会の演劇は、国の成り立ちの伝承に基づく内容だ。

易々と設定を変えてしまうと、国の祖先に敬意を払っていない……と思われてしまうかもしれないが。

意外と出演者たちは設定の変更に乗り気なようだった。

毎年のように内容が同じなので、正直飽きがきている側面もあるのだ。


「設定の改編については私が考えます。皇子である私が変えた方が、角も立たないでしょうし……」


「殿下にならば安心してお任せできますね。素敵なストーリーを期待していますよ。……さて、それでは練習を始めようかッ!」


かくして演劇の練習は始まった。

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