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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第7章 文化祭
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オルタナティブ

学園に備え付けられた茶会用のテラス。

ノーラは紅茶と菓子を囲みながら、バレンシアとエルメンヒルデに相談を持ちかけていた。


「……ということがあってね。殿下にから演劇に誘われたんだけど……」


「すっごいね、ノーラちゃん! ヒロインなんて受けるしかないじゃん!」


エルメンヒルデは瞳を輝かせて歓喜した。

……が、一方でバレンシアの表情は優れない。


「そう簡単にはいかないのよ、エルメンヒルデ。ノーラがわたくしたちに相談したのは、その危険性を考慮してのこと」


「危険性……? 演劇するだけなのに?」


よくわかっていない様子のエルメンヒルデに、ノーラは簡単に説明する。


「生徒会って、成績が優秀なだけじゃ入れないんだよ。身分が高くないとダメなんだって。だから……わたしが生徒会の演劇に混じることで、他の生徒たちから不満が出る可能性もある」


「そういうことね。ニルフック学園の生徒は家格を重んじる。珍奇な出し物をして競い合うほど、この学園の生徒は負けず嫌いなのよ。生徒会の出し物に平民が出る、という前提を壊すのは物議を醸すことになるわ」


この学園の厄介さを、ノーラは身に染みて理解している。

最初のころは平民というだけで変な噂を流されたり、口も聞いてもらえなかったり。

今はクラスの生徒と普通に話せる程度にはなっているが、当初は本当に苦労したのだ。


そんなノーラの悩みに対して、エルメンヒルデは率直な意見をぶつけた。


「でもさ。ノーラちゃんが入学するまで、クラスNにも『高位貴族しか入れない』みたいな風潮があったよね。生徒会の演劇に平民が出てはいけない……なんて決まりはないんじゃない?」


「そりゃ決まりはないだろうけどさ。文句は出るでしょ」


「そうだねぇ……実はノーラちゃんが高貴な家の出でした! なんて事実があれば苦労しないのにねー」


「うぇっ!? そ、そんなわけないじゃん……ははっ」


実は伯爵令嬢である。

自分に暗殺を仕掛けた実行犯が明らかになるまで、身分を明かすわけにはいかないのだが。

今も『呪われ姫』はイアリズ伯爵家に軟禁されていることになっているのだ。


「それで……結局、ノーラはどうなのよ? 大事なのはあなたの気持ちでしょう?」


「わたしは……歌うことは嫌いじゃないけど、人前に立つことが苦手なんだ。一応、吟遊詩人をやっていた過去が……あるとかないとか、諸説あるけど」


「苦手、ね。それは嫌いという意味じゃないの?」


「うん……わかんない。誰がなんと言おうが、やりたいことはやる。でも演劇に出ることが、わたしのやりたいことなのかなって」


学園に来た目的は『右目の研究』だ。

しかし、それ以外にも経験したいことはたくさんある。

自分を成長させるための機会はできるだけ踏んでいきたい。

はたして演劇がノーラを成長させる糧になるのか……


「――ごちゃごちゃ言ってないで、やってみればいいんじゃない?」


「エルン……すげぇね。ここまでの相談、全部無視してきたな」


「だってそうじゃない? ヒロイン役は誰かがやらなきゃいけない。そして殿下がノーラちゃんをヒロインに指名したんだから、やってみればいいんだよ。人助けだと思ってさ」


人助け。

自分の成長や、やりたいことのためではなく……誰かのためにやってみること。


「それにノーラちゃんの歌……エルンも聴かせてもらったことあるけど、すごく上手だし。大衆に聞かせても恥ずかしくないって!」


「わたくしはノーラの歌を聴いたことないけれど……エルメンヒルデの言う通りね。殿下を助けると思って、やってみてもいいんじゃない?」


何事も挑戦か。

せっかくの学園生活だ。

機会をふいにするのももったいない。


ノーラは紅茶を一気に飲み干して立ち上がった。


「よっしゃ! 殿下にやらせてくださいって言ってくるよ。ありがとね、二人とも」


 ◇◇◇◇


ノーラの返事を聞いたデニスはパッと顔を輝かせた。


「本当ですか!? ありがとうございます! ノーラさんなら安心してヒロイン役を任せられます……!」


安心して任せられると言われても。

演技の類をノーラはしたことがない。


「あのですね、殿下。わたし演劇とかやったことがなくて……本当に大丈夫でしょうか?」


「そうですね……声を張ればなんとかなるかと。私も臆病な性格ですが、衆目に晒される場面ではしっかりと振る舞うように心がけています。演技面は慣れが肝要ですので、練習を積みましょう」


デニスの言葉に同意するように、書記のセリノがうなずく。


「殿下のおっしゃる通りです。殿下の名に泥を塗らぬよう、徹底的に、みっちりと、完璧に演技を叩き込みましょう。よろしいですね、ノーラさん?」


「お、お手柔らかに……」


こういう男は限界を知らなさそうで怖い。

『殿下のため』と枕詞をつければ利用しやすそうではあるが、矛先が自分に向くと厄介だ。

セリノと話す際は、できるだけデニスが同行しているときにしよう。

手綱のない暴れ馬は危険。


「セリノ、あまり無茶をさせないでね。ではノーラさん、さっそく練習場所の庭園に……」


デニスがノーラを連れ、生徒会室を出ようとしたとき。

外側から扉が開き、一人の女生徒が入ってきた。


「あら?」


ノーラも顔くらい見たことがある。

生徒会副会長……エンカルナ・サーマ・アイマヴェ。

皇帝派の要、ロダナフ侯爵家の令嬢だ。


気品を醸し出す黄金の髪と、輝かしい碧の瞳。

エンカルナはノーラを一瞥し、不快な様子で鼻を鳴らした。


「ふん……殿下。コレが私の代役ですか?」


「え、えぇ……ノーラ・ピルットさんです。ノーラさん、こちらがヒロイン役を務める予定だったエンカルナさんですよ」


「ノーラと申します。以後お見知りおきを」


明らかに怒っている。

元々誉れあるヒロイン役を務める予定だったのに、その役目を奪われたのだから当然だ。

病気で倒れたとか聞いたが……今は元気そうだ。

エンカルナは腕を組んでノーラを睨みつける。


「こんな貧相な娘に、私の代役が務まるとは思えないわね。殿下、やはり私がヒロインを演じるべきだと思います。体の調子も少し良くなりましたし……」


「それは無茶ですよ、エンカルナさん。あなたの魔性肺炎は悪化すれば命に関わります。今は安静にして、治療に専念していただきますよう。どうかご理解を」


「……どうして代わりがよりにもよって平民なのよ。誉れある生徒会の劇なのに……こほっ」


エンカルナは咳こんだ。

喉や肺に関わる病気ならば、歌えないのも当然だ。

ノーラからも何か慰めの言葉をかけてあげたいが、かえって煽りのように聞こえてしまうだろう。


「いいこと、あなた。生徒会の名誉を傷つけたらタダではすませないわよ」


「は、はいっ! 善処します!」


「……どうせ無理でしょうけれど」


自分の代役は務まらないと……エンカルナはそう態度で示していた。

ノーラも同意したいところだが、それではデニスに対して失礼になってしまう。

デニスは控えていたセリノに目配せして、生徒会室の出口へ向かった。


「セリノ。エンカルナさんを頼むよ」


「はっ。拝命いたしました」


「それではノーラさん、行きましょう」


「はい。失礼いたします」


扉が閉まる間際、エンカルナの鋭い視線が突き刺さる。

ノーラは彼女の視線から目を逸らすことなく、深々と礼をした。

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