異質な三年生
ノーラは墓地に戻り、三年生を待ち構えていた。
ネタばらしされたマインラートとフリッツはどんな反応をしただろうか。
きっと怒っているに違いない。
「ヴェルナー様とか絶対キレるだろうなぁ……ペートルス様は普通に笑って許してくれそう。……っと、おいでになったか」
遠く木々の合間から、二人が歩いてきているのを確認。
ノーラは息を殺した。
ペートルスは音を魔力のように操り、周囲の情報を知覚する。
少しでも物音を立てれば気づかれてしまう。
いっそこの段階から魔力を展開してもいいかもしれない。
そう思い立ち、ノーラは魔力を周囲一帯に巡らせた。
「ヴェルナーは霊とか信じる?」
「…………いや」
「そうか。僕はいたらいいな、って思うよ。死んだ人に会えるなんて、少しロマンチックじゃないか?」
「知らん。死人は死人だ。……蘇ることなどない」
二人は淡々と話しながら進んでいる。
先程の二年生ペアのように、及び腰になって牛歩することはないようだ。
すでに彼らはノーラの魔力が展開された領域に入っているが、特に言及してこない。
墓地へ至った二人は、なおも歩みを止めない。
やっぱり魔術が効いていないんじゃないか……とノーラが不安に思い始めたときのことだった。
「…………」
ペートルスがノーラのすぐ近くで足を止めた。
(これ……バレたか?)
耳がいいだけではなく、勘もいい。
ノーラの気配的なものを察知されたのだろうか。
「――父上?」
だが、聞こえてきたのは予想外の言葉だった。
父上と。
たしかにペートルスはそう言った。
彼は先刻の二年生たちのように虚空を見つめている。
「っ……父上! 待ってください!」
「おい、ペートルス!」
何かにつられて駆け出していくペートルスを、ヴェルナーは咄嗟に追いかける。
これは……術が効いたと思われるが。
問題はペートルスが道を外れて走っていってしまったことだ。
しかも怖がっている様子はなくて、むしろ自分から追いかけるような。
ノーラも後を追おうかと思ったが、ヴェルナーが足を止めたのを見て静止する。
彼はおもむろに剣を引き抜いて虚空へ向けた。
「貴様……なぜここにいる? 死体でも漁りに来たか?」
何もない暗闇へ向かって語りかけるヴェルナー。
ペートルスは変な方向に駆け出してしまうし、もうめちゃくちゃだ。
これは失敗だろうか。
しばし沈黙した末、ヴェルナーは剣を納める。
「いや……貴様が学園を留守にしてまで、こんな場所にいるはずがない。幻か?」
「あ、あのっ! ヴェルナー様!」
収拾がつかなくなりそうなので、ノーラは飛び出した。
もう説明してしまった方がいいだろう。
ノーラが出てきてヴェルナーは驚いた顔をしていたが、事情を説明すると得心がいったようにうなずいた。
「まったく……悪趣味な話だ。だが俺たちに幻影を見せるとは、相当に腕を上げたな」
「で、でもペートルス様が変な方に行っちゃって。本当は怖いものを見せて、道の奥に追い込むつもりだったんですけど」
「奴に恐怖心という感情は欠落しているからな。何か別の幻影を見たのだろう。父上とか言っていたが、まさか……」
ペートルスの両親は亡くなっている。
……となると、彼が見た幻影は死した父か。
たとえ父の霊が前に現れても、彼なら笑い飛ばしそうなものだが。
「えっと、追いかけてきます! ヴェルナー様は先に行っててください」
「おい……チッ」
まだそこまで遠くに行ってないはずだ。
ノーラはペートルスの後を追って駆け出した。
そして、置いてきぼりにされたヴェルナーは困ったように頭を掻く。
「……俺は追いかけない方が良さそうだ」
◇◇◇◇
並び立つ墓の合間を抜け、人影を探して駆ける。
すでにノーラは魔力を発していないので、ペートルスも幻影を見ていないはず。
暗闇の中、光の魔石を頼りにしてペートルスを探し回る。
彼が遠くに行ってしまう前に連れ戻さなければ。
「……いた! ペートルス様!」
明かりもつけず、ペートルスは墓前に佇んでいた。
闇が落ちた彼の表情はよく見えない。
ノーラが彼を呼ぶと、紅の視線がこちらを射抜く。
「ノーラ?」
「はい、わたしです。あの……すみません、謝らなければならないことがありまして。実はわたし、みなさんを驚かそうと思って幻を見せていたんです」
「……幻」
ペートルスは譫言のように呟いた。
まだ幻術の影響が残っているのだろうか。
ノーラは訝しんで、ペートルスの目の前で手を振ってみる。
瞬間、彼女の手が静かに掴まれた。
「そうか。やはり君が……」
「ペートルス様、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。どうやら君の魔術に踊らされてしまったみたいだね。ほとんどの妨害魔術をレジストできる僕に幻を見せるとは、相当な才覚だ」
ペートルスは優しくノーラの手を引いた。
「戻ろうか。探しに来てくれてありがとう」
「いえ……わたしのせいなので。重ね重ねお詫び申し上げます……」
「気にしなくてもいいよ。フリッツとマインラートは怖がってくれた?」
「はい、それはもう。迫真の悲鳴で」
「ははっ、そうか。僕も面白い反応ができたらよかったんだけど」
ペートルスはノーラの右目を見ても恐れない男だ。
彼が何かを恐れるイメージがつかない。
そもそも幻影魔術が効くとは思っていなかった。
「……僕は怖いものじゃなくて、もう一度会いたいと思っていた死人の幻影を見たんだ」
「お父様、ですか?」
「ああ。母上も隣にいた。現実的に考えれば、彼らがこんな場所にいるはずがないのにね。本当に亡霊じゃないかと疑ってしまったよ」
少し寂しそうな声色だ。
きっと両親のことが好きだったのだろう。
「き、期待させるような真似してごめんなさい」
「いいんだよ。僕に怖いものがなかったせいだね。次はご希望に沿えるよう、怖いものを作ってくるよ」
「お願いします。ペートルス様が怖がるところ見てみたいです」
ペートルスがお化け屋敷に来たら企画潰しもいいところだ。
完璧に振る舞うように育てられてきた彼には、恐れるものなどないのだろう。
「そういえば、ヴェルナーは?」
「先に行ってるようにお願いしておきました。ヴェルナー様は何を見たんでしょうか。すぐに幻影だと見破られちゃったんですけど」
「ヴェルナーが恐れるものか……うーん。……そういえば彼はカラスが嫌いだったな」
「へえ……意外ですね。あの方も怖いものなしって感じですけど。わたしもカラスは嫌いです。頭にクソを落とされたこともありますし」
「異国では、鳥のフンが頭に落ちることは縁起が良いとされているんだ。……たとえ縁起が良くても僕は嫌だけどね」
他愛のない話をしながら、二人は元の道へ戻る。
そして他の生徒が待つ奥の慰霊碑へ向かうのだった。