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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第7章 文化祭
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異質な三年生

ノーラは墓地に戻り、三年生を待ち構えていた。

ネタばらしされたマインラートとフリッツはどんな反応をしただろうか。

きっと怒っているに違いない。


「ヴェルナー様とか絶対キレるだろうなぁ……ペートルス様は普通に笑って許してくれそう。……っと、おいでになったか」


遠く木々の合間から、二人が歩いてきているのを確認。

ノーラは息を殺した。

ペートルスは音を魔力のように操り、周囲の情報を知覚する。

少しでも物音を立てれば気づかれてしまう。


いっそこの段階から魔力を展開してもいいかもしれない。

そう思い立ち、ノーラは魔力を周囲一帯に巡らせた。


「ヴェルナーは霊とか信じる?」


「…………いや」


「そうか。僕はいたらいいな、って思うよ。死んだ人に会えるなんて、少しロマンチックじゃないか?」


「知らん。死人は死人だ。……蘇ることなどない」


二人は淡々と話しながら進んでいる。

先程の二年生ペアのように、及び腰になって牛歩することはないようだ。

すでに彼らはノーラの魔力が展開された領域に入っているが、特に言及してこない。


墓地へ至った二人は、なおも歩みを止めない。

やっぱり魔術が効いていないんじゃないか……とノーラが不安に思い始めたときのことだった。


「…………」


ペートルスがノーラのすぐ近くで足を止めた。


(これ……バレたか?)


耳がいいだけではなく、勘もいい。

ノーラの気配的なものを察知されたのだろうか。


「――父上?」


だが、聞こえてきたのは予想外の言葉だった。


父上と。

たしかにペートルスはそう言った。

彼は先刻の二年生たちのように虚空を見つめている。


「っ……父上! 待ってください!」


「おい、ペートルス!」


何かにつられて駆け出していくペートルスを、ヴェルナーは咄嗟に追いかける。

これは……術が効いたと思われるが。

問題はペートルスが道を外れて走っていってしまったことだ。

しかも怖がっている様子はなくて、むしろ自分から追いかけるような。


ノーラも後を追おうかと思ったが、ヴェルナーが足を止めたのを見て静止する。

彼はおもむろに剣を引き抜いて虚空へ向けた。


「貴様……なぜここにいる? 死体でも漁りに来たか?」


何もない暗闇へ向かって語りかけるヴェルナー。

ペートルスは変な方向に駆け出してしまうし、もうめちゃくちゃだ。

これは失敗だろうか。


しばし沈黙した末、ヴェルナーは剣を納める。


「いや……貴様が学園を留守にしてまで、こんな場所にいるはずがない。幻か?」


「あ、あのっ! ヴェルナー様!」


収拾がつかなくなりそうなので、ノーラは飛び出した。

もう説明してしまった方がいいだろう。



ノーラが出てきてヴェルナーは驚いた顔をしていたが、事情を説明すると得心がいったようにうなずいた。


「まったく……悪趣味な話だ。だが俺たちに幻影を見せるとは、相当に腕を上げたな」


「で、でもペートルス様が変な方に行っちゃって。本当は怖いものを見せて、道の奥に追い込むつもりだったんですけど」


「奴に恐怖心という感情は欠落しているからな。何か別の幻影を見たのだろう。父上とか言っていたが、まさか……」


ペートルスの両親は亡くなっている。

……となると、彼が見た幻影は死した父か。

たとえ父の霊が前に現れても、彼なら笑い飛ばしそうなものだが。


「えっと、追いかけてきます! ヴェルナー様は先に行っててください」


「おい……チッ」


まだそこまで遠くに行ってないはずだ。

ノーラはペートルスの後を追って駆け出した。


そして、置いてきぼりにされたヴェルナーは困ったように頭を掻く。


「……俺は追いかけない方が良さそうだ」


 ◇◇◇◇


並び立つ墓の合間を抜け、人影を探して駆ける。

すでにノーラは魔力を発していないので、ペートルスも幻影を見ていないはず。


暗闇の中、光の魔石を頼りにしてペートルスを探し回る。

彼が遠くに行ってしまう前に連れ戻さなければ。


「……いた! ペートルス様!」


明かりもつけず、ペートルスは墓前に佇んでいた。

闇が落ちた彼の表情はよく見えない。

ノーラが彼を呼ぶと、紅の視線がこちらを射抜く。


「ノーラ?」


「はい、わたしです。あの……すみません、謝らなければならないことがありまして。実はわたし、みなさんを驚かそうと思って幻を見せていたんです」


「……幻」


ペートルスは譫言(うわごと)のように呟いた。

まだ幻術の影響が残っているのだろうか。

ノーラは訝しんで、ペートルスの目の前で手を振ってみる。

瞬間、彼女の手が静かに掴まれた。


「そうか。やはり君が……」


「ペートルス様、大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫。どうやら君の魔術に踊らされてしまったみたいだね。ほとんどの妨害魔術をレジストできる僕に幻を見せるとは、相当な才覚だ」


ペートルスは優しくノーラの手を引いた。


「戻ろうか。探しに来てくれてありがとう」


「いえ……わたしのせいなので。重ね重ねお詫び申し上げます……」


「気にしなくてもいいよ。フリッツとマインラートは怖がってくれた?」


「はい、それはもう。迫真の悲鳴で」


「ははっ、そうか。僕も面白い反応ができたらよかったんだけど」


ペートルスはノーラの右目を見ても恐れない男だ。

彼が何かを恐れるイメージがつかない。

そもそも幻影魔術が効くとは思っていなかった。


「……僕は怖いものじゃなくて、もう一度会いたいと思っていた死人の幻影を見たんだ」


「お父様、ですか?」


「ああ。母上も隣にいた。現実的に考えれば、彼らがこんな場所にいるはずがないのにね。本当に亡霊じゃないかと疑ってしまったよ」


少し寂しそうな声色だ。

きっと両親のことが好きだったのだろう。


「き、期待させるような真似してごめんなさい」


「いいんだよ。僕に怖いものがなかったせいだね。次はご希望に沿えるよう、怖いものを作ってくるよ」


「お願いします。ペートルス様が怖がるところ見てみたいです」


ペートルスがお化け屋敷に来たら企画潰しもいいところだ。

完璧に振る舞うように育てられてきた彼には、恐れるものなどないのだろう。


「そういえば、ヴェルナーは?」


「先に行ってるようにお願いしておきました。ヴェルナー様は何を見たんでしょうか。すぐに幻影だと見破られちゃったんですけど」


「ヴェルナーが恐れるものか……うーん。……そういえば彼はカラスが嫌いだったな」


「へえ……意外ですね。あの方も怖いものなしって感じですけど。わたしもカラスは嫌いです。頭にクソを落とされたこともありますし」


「異国では、鳥のフンが頭に落ちることは縁起が良いとされているんだ。……たとえ縁起が良くても僕は嫌だけどね」


他愛のない話をしながら、二人は元の道へ戻る。

そして他の生徒が待つ奥の慰霊碑へ向かうのだった。

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