婚約者になりました!
「あ、あ、貴女!一体なんて事してくれましたの!?」
ワナワナとしながらそう叫んだのはグレースだ。
シュルツより少し遅れてこちらまで来たらしい。
アリアは瓦礫の上から、ニコッとしてグレースに答えた。
「あら、こちらは取り壊す予定だと伺いましたので。少々お手伝いさせていただきました♪」
悪びれる様子もなく言ったアリアに、グレースは怒りに震えシュルツは笑いを堪える。
警備兵を引き連れてやってきた男爵も、現状を見て唖然としていた。
「ふっ、ふざけないでくださいまし!こんな事をしてタダで済むと思ってますの!?」
アリアを睨みながら怒鳴りつけるグレース。
しかし、アリアも負けじと睨み返した。
「ふざけてるのはどっちよ!卑怯な手を使ってシュルツをモノにしようとしたりして…!こんなの許される事じゃないわ!」
「な…!平民風情が、なんて口を聞きますの!謝りなさい!!」
「お断りです!!」
全く言う事を聞かないアリアに怒り心頭なグレースは、バッと男爵に顔を向ける。
「お父様!あの無礼者を罰してください!!」
娘の頼みを聞き、男爵は即座に頷く。
「ああ、勿論だ!お前達何をしている!さっさとあの者をひっ捕えろ!!」
男爵の命令によって、ハッとした警備兵達が一斉にアリアに向かって走り出した。
それを見てシュルツも助けなければと焦る。
だが、手を貸す必要性は全く無かった。
「上等よ!」
瓦礫の山から飛び降りたアリアの動きは驚くほど華麗だった。
斬りかかろうとした兵の手を回し蹴りして剣を取り落とさせ、続け様に殴り飛ばす。
今度は横から来た兵の腹を肘鉄し、踞ろうとした相手の顔面に膝蹴りを喰らわせた。
更に後ろから攻撃してきた兵の剣をヒラリと避け、逆に後ろに回って後頭部を蹴り飛ばす。
全てが全て流れるような動きで、訓練を積んでいるはずの警備兵の攻撃も当たる気配が無い。
あっという間に、アリアは兵達を全員倒してしまった。
戦闘不能になった兵達が地面に倒れたままピクピクと痙攣する。
全兵が動けなくなった事を確認して、アリアはくるりとグレース達の方を向いた。
「これは…驚いたな」
シュルツはアリアの実力を見て引くような事も無く、寧ろ感心して言葉をこぼす。
一方で、あまりに強すぎるアリアにグレースと男爵は怯えてガタガタと震えた。
「お、おい!誰か他にいないのか!?誰か!」
男爵が慌てふためきながら周りを見回すが、戦える者など残っていない。
アリアはゆっくりとした足取りで2人の方へと近付いた。
こちらに向かってくるアリアを見て、腰を抜かしへたり込むグレースと男爵。
「あ…貴女、一体何者ですの…!?」
明らかに一般人ではない動きを見せたアリアに、震えながらグレースが聞いた。
アリアは胸に手を当て、優雅に礼をする。
そして、その場の全員が驚くべき事を口にした。
「申し遅れました。私は、勇者の孫のアリアです。よろしくお願いします」
「「……は??」」
ニコリと笑って言ったアリアに、グレースと男爵は揃って間抜けな声を出す。
そう、実は元冒険者であるアリアの祖父母は男女2人組の伝説の勇者だったのだ。
姉弟揃って並外れて強いのも、幼い頃から勇者である祖父母に相手をしてもらっていたからである。
時間差で意味を理解し、手を震わせながら男爵が指を差した。
「ゆ…勇者の、孫…?いや、確かに城にあった肖像画と似ているが…そんな、まさか…」
活躍した当時の祖父母の肖像画は、城にも飾られているため貴族なら大抵目にしている。
特にアリアは若き日の祖母とよく似ていた。
急に状況が不利になった事を察し、グレースが悪足掻きをする。
「しょ、証拠はありますの!?口でなら誰だって何とでも言えますわ!」
確かに、グレースの言う事ももっともだ。
口元に手を当ててアリアは少し考える。
「うーん、証拠ですか。お爺ちゃんお婆ちゃんを連れてくるのは面倒だし…あ、そうだ!」
閃いて、アリアはマジックバッグからお手製の魔道具を取り出した。
クヴァルダの誕生日プレゼントとして用意したチョーカーだ。
それを地面に向けて魔力を流し込む。
「はい、これが証拠です」
映写されたのは、シュルツにも見せた家族写真。
地面に写真が映し出され驚きつつも、男爵は首を傾げる。
「んん?この老夫婦が勇者だという事か?年老いているし、これでは勇者かどうか分からな……ハッ!この、家紋は…!!」
最初は人物に注目していた男爵だが、その後ろに掲げられている家紋に気付いた。
剣と太陽をモチーフにした家紋。
それは、王から直接賜った勇者一族の家紋だ。
その家紋を掲げる事を許されているとなれば、よもや疑いようもない。
男爵は事態を把握し、即座に頭を地面に擦り付けた。
「もも、申し訳ありません!!まさか、勇者様のご令孫だとは知らず…!大変なご無礼を働きました!!何卒!ご容赦を!!」
「お、お父様!?」
土下座して謝る男爵に驚愕するグレース。
なぜそこまでするのか理解できず、動揺する。
「なっ、なぜ頭なんて下げますの!?勇者様の孫といえど、平民でしょう!?」
「馬鹿者!勇者様は王族を味方に付けているのだぞ!勇者一族に手を出したとなれば、我が男爵家など取り潰されてしまうわ!」
「そっ、そんな…!」
グレースも漸く事の重大さを理解したらしく青褪めた。
アリアはそんな2人のやり取りを見てフゥと息を吐く。
「私も、そこまで事を大きくするつもりはありません。1つだけ約束してくれるなら許します」
アリアの言葉を聞き、男爵はヘコヘコしながら激しく頷いた。
「は、はい!約束とは何でしょうか!?」
どうにか機嫌を取ろうとする態度に肩を落としつつ、シュルツの隣へと移動する。
そしてそっとシュルツの腕を掴んだ。
「シュルツに、二度と手を出さないでください。条件はそれだけです」
「…!」
アリアの出した条件に、シュルツも声を詰まらせた。
酷い目に遭わされた筈なのにシュルツを救う事のみを考えた条件。
心が震え、更に愛しさが溢れた。
「ありがとうございます!その程度の簡単な条件でしたら喜んで!」
男爵は感涙せんばかりに喜んでお礼を言う。
後ろでグレースがショックを受けた顔をしているが、お構いなしにアリアへと擦り寄ってきた。
「あのっ、謝罪を兼ねてお食事でもどうでしょう!?誠心誠意、おもてなし致しますので!」
どうやらついでに勇者とのコネクションでも作りたいようだ。
真っ平御免なアリアは即座に退去を選択する。
「いいえ、私達はこれで失礼します」
「そっ、そこを何とか…!このままでは我々の気が治まら…」
が、食い下がろうとした男爵は突然の光に目を閉じた。
なんとアリアの身体が光り始めたのだ。
同時に、腕を掴まれているシュルツの身体も光に包まれる。
「それでは!」
そう言い残し、光の柱と共にアリア達の姿は消えてしまった。
後に残ったのは、状況を理解できずただただ呆然とする男爵親子だけであった。
「よしっ、脱出成功!」
地面に着地しながらご機嫌に言うアリア。
一方でシュルツは驚きながら周りを見回した。
「ここは…いつもの湖畔?じゃあ今のは、もしかしてテレポートか?」
「そう、正解!」
アリアが今さっき使用したのは、使える人も少ない珍しい魔法であるテレポートだ。
距離によって変わるが魔力消費が激しく、一度使えば暫くは使えない為そうそう使用する事もない。
それでも、今のように触れている人も一緒に飛ぶ事ができるし、いざという時にはとても役立つ便利な魔法だ。
「凄いな…。勇者の孫というのにも驚いたが、まさかこんな魔法まで使えたとは」
初めて目にした魔法にシュルツは驚きと感動を覚える。
その直後、はたと気付いてアリアを見た。
「…それじゃあ君は、いつでも逃げられたのにわざわざ屋敷をぶち壊して出てきたのか…?」
ギクリとして、アリアは人差し指同士を合わせる。
言い訳するようにゴニョゴニョと呟いた。
「だ、だって…あんまりにも腹が立ったから…」
つまり、怒りに任せて破壊してしまったという事だ。
頬を染めて焦りながら言うアリアの姿にじわじわと笑いが込み上げてくる。
シュルツは我慢出来なくなって、顔を背け震え出した。
「ふっ…くく…。き、君は…本当にメチャクチャだな…っ」
相当ツボに入ったのか、プルプルとしながら笑い続けるシュルツ。
アリアもちょっと恥ずかしさはあったものの、堪え切れずに笑うシュルツに逆に嬉しくなってきた。
冗談めかして笑顔で提案する。
「あら、そんなにお気に召してくれたんなら本当に私を婚約者にしちゃう?」
と、それを聞いたシュルツがピタリと停止した。
さすがに調子に乗り過ぎたかと青褪めるアリア。
だが、アリアが誤魔化そうとする前にシュルツは柔らかく微笑んで答えた。
「…あぁ。是非そうしたい」
シュルツの返事に、アリアは驚いて目を見張る。
動揺しながら聞き返した。
「え?え?本当に?」
「流石にこんな事冗談では言えないな」
「で、でも、女性苦手だって…」
「君なら大丈夫だ」
シュルツの方からこんなにグイグイ来るとは思わず狼狽えるアリア。
その反応に笑いながら、シュルツはアリアを見つめて言った。
「君から提案したんだから、迷惑ではないんだろう?…アリア」
「…!!」
聞いた瞬間、アリアはブワッと耳まで赤くする。
思わず顔を両手で覆った。
「そ…だけど…。ていうかっ、ここで呼び捨てはズルい…!」
「はは」
完全にしてやられた状態のアリアの反応に可笑しそうに笑うシュルツ。
真っ赤になったアリアに近付き、手首と頬に優しく触れた。
ピクッとして潤んだ瞳でシュルツを見るアリア。
「…少し、赤いな。蘇生術式 ヒール トゥラヴマ」
シュルツの温かい魔力によって、扇子にぶたれた頬と縛られた手首の痛みがスッと引いた。
うるさい心臓に治療を施しただけだと必死に言い聞かせる。
でも勘違いでも何でもなくて、シュルツはアリアの頬に手を添えたまま逆手で腰を引き寄せた。
「アリア…」
艶っぽい声で名前を呼ばれ、アリアは動く事が出来なくなる。
ゆっくりと近づいてくる吐息。
「…っ」
おかしくなりそうなくらい心臓が騒ぐけれど拒むことなどできなくて、アリアはそっと目を閉じた。
唇が触れるだけの、軽いキス。
それでも甘く痺れるような感覚に蕩けそうになる。
唇を離しても、シュルツはまだアリアを離そうとはしなかった。
アリアの方も離れようとはせず、どちらからともなくもう一度と顔を近づける。
が、その時だった。
「あー!!!」
突然響いた大声に、慌てて2人はバッと離れる。
あまりにも聞き覚えのある声にまさかと思いながら見ると、そこにはアリアの弟クヴァルダが立っていた。
「ね、姉ちゃん!ソイツ誰だよ!?」
涙目になりながらブルブル震えているクヴァルダに、アリアは驚きながら聞く。
「クヴァルダ!?何でここに!?帰ってくるの明後日だった筈でしょ!?」
「ばあちゃんと離れて過ごすの限界だったじいちゃんと結託して、早めに帰ってきたんだよ!」
「お爺ちゃん…!!」
祖父による祖母への溺愛ぶりを舐めていたと頭を押さえるアリア。
クヴァルダは半泣きで問い詰めてくる。
「姉ちゃんに婚約者が出来たって噂聞いて、そんなの嘘だって思ってたのに…姉ちゃんが隠してたのってこの事だったの!?」
「い、いやクヴァルダ。それは違うわよ?」
あの時隠していたのは誕生日プレゼントの事であってシュルツの事を隠そうとした訳ではない。
しかし、この状況ではどう言ったって言い訳に聞こえてしまうだろう。
クヴァルダはシュルツをギッと睨みあげた。
「そこのアンタ!姉ちゃんと結婚したいんなら…まずはオレを倒してみろ!!」
稽古用の剣をマジックバッグから取り出してビシッとシュルツに向けるクヴァルダ。
「ちょ、ちょっとクヴァルダ…!」と慌ててアリアは止めようとしたが、その前にシュルツが返事を返す。
「それが必須条件ならば…わかった、受けよう」
「ぇえ!?」
あっさりと了承したシュルツに更にアリアは慌てる。
なんとか説得しようと試みた。
「ま、待ってシュルツ!クヴァルダああ見えてもかなり強いのよ!無理して戦う必要なんて無いわ!」
「だが、勝たなければ弟さんに認めてはもらえないんだろう?」
「そ、それはまあそうかもなんだけど…無謀すぎるというか…」
心配して眉を下げるアリアに対し、シュルツはフッと笑う。
悲観的になる事無く、強い意志を口にした。
「大丈夫。勝てない相手なら…勝てるまで何度でも挑むまでだ」
「…!」
シュルツの言葉を受けアリアはカアっと赤くなる。
本気である事が伺え、もう反対なんて出来なかった。
アリアも認めた為、ザッと向かい合うシュルツとクヴァルダ。
剣を構えたクヴァルダが即座に臨戦態勢に入る。
「じいちゃんと山籠りして鍛えた成果…見せてやる!」
そう叫んで地面を蹴ったクヴァルダの動きは、確かに修行へ行く前とは違っていた。
明らかに動きのキレが増し、剣の扱いも様になっている。
せめてシュルツが大怪我などしないようにと、ギュっと手を組んでアリアは祈った。
しかし直後、予想外の事が起こる。
「…遅いな」
小さく呟いたシュルツが腰のベルトからメスを抜き取り魔力を流した。
途端に剣のようにメスが変化し、迫ってきたクヴァルダの剣をそれでキィンと弾く。
間髪入れずに身を低くして、剣に気を取られているクヴァルダを後ろから足払い。
そして体勢を立て直す事も出来ずに仰向けにクヴァルダが倒れた時には、首にメスが当てがわれていた。
本当に、一瞬で決してしまった戦い。
因みに頭を打たないようにと、メスを持つ方と逆の手はクヴァルダの後頭部に添えられていた。
優しさと強さのコラボレーションまで披露しての圧倒的勝利だ。
これにはアリアとクヴァルダ、姉弟揃ってポカーンとしてしまった。
(え…?あの人、私より強くない??)
多分自分が戦っても手も足も出ない程の実力だと悟るアリア。
たらりと汗を流し、おずおずとシュルツに近付き聞く。
「シュ、シュルツ?随分と強いのね…?」
「…寄ってくる人を撒こうと思ったら、魔物の出現する森へ逃げ込むのが一番手っ取り早くてな」
「あー…なるほど?それで魔物と戦ってる内に強くなったと」
「まぁ、そういう事だ」
考えてみれば、今いるこの湖畔も魔物の多く出る森の中にある。
ここに毎日来ていた時点で、戦えない筈が無いのだ。
それにしたってここまで強くなるには一体どれだけの魔物と戦ってきたんだろうと、アリアは苦笑いしてしまった。
と、シュルツに負けて呆然としたまま倒れていたクヴァルダが急にむくりと起き上がる。
俯いたまま、シュルツへ質問を投げかけた。
「…アンタ、名前は?」
「すみません、名乗るのが遅れましたね。シュルツです。よろしくお願いします」
「白衣着てるって事は…お医者さん?」
「はい。街の病院に勤めております」
そこまで聞いてから、クヴァルダはバッと顔を上げた。
瞳を爛々と光り輝かせて唐突に叫ぶ。
「義兄さん!!」
「「義兄さん!?」」
いきなり義兄呼びした気の早いクヴァルダに、アリアもシュルツも驚く。
クヴァルダは興奮した様子でシュルツに詰め寄った。
「見た目は完璧!しかも優しいし礼儀正しい!おまけに職業医者!そしてなによりメチャクチャ強い!!義兄さんになら…いや!義兄さんにしか姉ちゃんは任せられない!!これからよろしくお願いします!義兄さん!!」
「やだ、弟にブラコン属性まで追加されたわ!」
尻尾をブンブン振る幻覚が見える程に懐きだしたクヴァルダに、属性付与を確信したアリア。
プッと吹き出し、シュルツに揶揄うように肘打ちする。
「クヴァルダまで魅了するなんて、さすがシュルツね。これから苦労するわよー?」
「…覚悟しておく」
目を逸らしつつも受け入れる姿勢を見せたシュルツに、アリアは心が明るくなってまた笑った。
すっかりシュルツを気に入ったクヴァルダも元気いっぱいに提案する。
「そうだ義兄さん!これから家に来なよ!みんなで一緒に夕飯食べよう!」
「え、いや、急にお邪魔するのは…」
「遠慮しなくても大丈夫よ。寧ろ歓迎されると思うわ♪」
「だが…」
「義兄さん!うちの家族の一員になってくれるんだよね!?違うの!?」
「…ハァー……。わかった、行こう」
「「やった!」」
ハイタッチしたアリアとクヴァルダは早速シュルツの手を引く。
困ったようにしながらも、シュルツはどこか嬉しそうな顔で大人しく従った。
きっとこんな毎日がこれから続くのだろうと、アリアは多幸感に包まれる。
そんなアリアが純白のドレスを身に纏いシュルツと並び立つのは、ほんの少しだけ先のお話――――。