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婚約破棄された私は、姫様の側近になりました

作者: 猫人鳥

 学園の創立を祝う記念パーティー。

 そこへエスコートされる事もなく向かう私は、なんと惨めなのでしょうか……


「フローレス侯爵令嬢!?」

「何故お1人で……」


 私を見る人々の視線を、突き刺さるように感じてしまう。

 今すぐにでも帰りたい。


 今日のこのパーティーは、お父様やお兄様にエスコートしていただくという方法もありました。

 ですがお忙しいところでそんな迷惑はかけたくなくて……いえ、きっと私は最後まで期待してしまっていたのでしょうね。

 私のエスコートを断った彼が、考え直してくれる事を……

 その結果がこれなのだから、自分の愚かさを痛感する外ありません。


「グリーフィン公爵令息だ……」

「あれは、シュタール子爵令嬢?」

「まさか、あの噂は本当だったのか?」

「そんな事が……」


 私の少し後で入場したウィリアム・グリーフィン様……

 彼の隣には、ユリアーナ・シュタール子爵令嬢……


 そう、彼は婚約者である私ではなく、彼女をエスコートする事を選んでしまわれた。

 その行動がどういう意味なのかは、もう考える必要もありません。


「ごきげんよう、シャーロット様」

「ごきげんよう、ユリアーナ嬢。そしてウィリアム様」

「シャーロット、君は1人で入場したというのか? 非常識じゃないか!」

「そうですわね……」


 彼等は揃って私に挨拶に来られました。

 婚約者ではない女性を連れて、婚約者のところに挨拶に来る彼と、誰からのエスコートもされる事なく入場した私とでは、一体どちらがより非常識なのでしょうか……そんな討論を始めたいところですね。


「あっ! ミララちゃんだ! ウィリアム様、少し行って来ますね」

「あぁ」


 ユリアーナ嬢は会場内で友人のミララさんを見つけた事で、ウィリアム様から離れ慌ただしく駆けていきました。

 そんな天真爛漫な彼女の様子を、ウィリアム様は嬉しそうに見つめておられます。


「会場内を走るだなんて、なんてはしたない……」

「また君はそうやってユリアを悪く言うんだな」

「悪くもなにも、私は常識を……」

「もういい。君と話していると気分が悪くなる」


 ウィリアム様は私を睨むようにそう言うと、そのままユリアーナ嬢の方へと向かって行かれました。


「シャーロット様、どうぞ」

「ありがとう……」

「大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫よ」

「私達が注意してまいりますよ?」

「今日のような祝いの席で、そういう騒ぎを起こすのもね……それに今日はただのお祝いではなく、とても大切な日なのだから」

「そうですね! 姫様の側近が私達の中から選出されるんですもの!」

「絶対に、シャーロット様で決まりですわ!」

「そうなれば光栄だけれどね……」


 私を心配してくれた友人達が、飲み物を持って来てくれました。

 私が選ばれるはずだと励ましてくれてはいるけれど、皆の表情はとても暗い。

 心の中では、私が姫様の側近に選ばれる事はないと思っているのでしょう。


 でも、彼女達がそう思ってしまうのも無理はありません。

 それに、誰よりも私が一番分かっています。

 私が姫様の側近となる事はあり得ないのだという事は……


「皆様、楽しんでいますか?」


 パーティー会場に響く、綺麗な声。


「姫様だわ」

「いつ見ても、本当にお美しい……」

「あんな素敵な方の側近になれるだなんて、選ばれる人が本当に羨ましいですわ」


 姫様は貴族や庶民といった身分に関わらず、老若男女誰もが憧れている存在です。

 だからこそ姫様の側近が選ばれるという今日に、国中の皆が注目しています。


 事前に発表された内容によると、姫様の側近となる人物は既に決まっており、今日のパーティーの最後に発表されるとの事でした。

 つまりその時まではこの会場にいなくてはなりません。

 本当は物凄く帰りたいのですが、この大切なパーティーを欠席するだなんて、フローレス家の名に傷をつける行為ですからね。

 まぁエスコートもされず入場するという醜態を晒した私は、既にフローレス家を傷つけてしまっているのでしょうけれど……


 そんな事を考えていると、私をより帰りたくさせる事が起きてしまいました……


「姫様! 姫様のお耳にも入れていただきたい話をよろしいでしょうか?」

「……グリーフィン公爵令息。なんでしょう?」

「私は今ここで、シャーロット・フローレス侯爵令嬢との婚約を破棄する事を宣言致します!」


 ウィリアム様が私との婚約破棄を宣言されたのです。

 それもわざわざ姫様に聞いていただけるようにと……


「……フローレス侯爵令嬢。あなたは納得している事なのですか?」

「……はい。ウィリアム様……いえ、グリーフィン公爵令息には、私ではない思い人がみえるようですから。ですが、このような私共の私情で姫様のお時間を頂戴してしまいました事、心よりお詫び申しあげます」

「シャーロット……この場で私をも陥れようとするとはな。実に狡猾な女だ」

「私にそのようなつもりは……」

「黙れ!」


 私を心配するように聞いて下さった姫様に謝罪をし、何とかこの場を穏便に終わらせようとしたのですが、ダメでした。

 ウィリアム様には私が相当な悪女に思えているのでしょう。


「あなた達2人が同意している事なのであれば、その婚約破棄は受理致しましょう。ですが、グリーフィン公爵令息? 何故この祝いの場で、そのような事を発言したのでしょうか?」

「それは、このフローレス侯爵令嬢が、祝いの場には相応しくない人物だからです」

「なっ……」

「それは、何故ですか?」

「フローレス侯爵令嬢は実に非道な人間です。それについてはユリアーナ嬢、こちらへ」

「はい」

「ユリアーナ・シュタール子爵令嬢です。彼女から説明させて下さい」


 ウィリアム様に呼ばれたユリアーナ嬢は、姫様の前で美しい一礼をすると、


「姫様、私の話を聞いて下さり、ありがとうございます。シャーロット様は本当に酷いお方なのです」


と、まだ姫様からの発言の許可をもらっていないというのに話し始めてしまいました。

 ウィリアム様も少し驚かれたみたいですが、緊張しているとでも思ったようで、特に指摘はしていません。

 姫様はとてもお優しい方ですし、このくらいの事は気にされないだろうと判断したのでしょう。


「私達は貴族として、庶民の皆様の生活を守る義務があります。身分差はあれど、決して権力を振りかざすような行いをしてはいけないと、私はずっと父に言われてきました」

「そうですね。我々王族も、国民のためにありますから」

「はい! ですが、シャーロット様は常に権力を振りかざし、ご自身より身分が下の者を嘲笑っておられるんです」

「私は、そのような事……」

「だったら私達に今までしてきた事はなんだって言うんですか? 特にミララちゃんにしてきた非道な行為の数々は?」

「そ、それは……」


 これがあるから、私には反論出来ません。

 ですが私は、決してミララさんを侮辱したかった訳ではないのです……


 そしてミララさんは、ユリアーナ嬢の友人であると共に、姫様の友人でもありますからね。

 そのミララさんを侮辱した事になってしまった私は、到底姫様の側近となれるはずもありません……

 

「ミララが何をされたと?」

「シャーロット様はミララちゃんを庶民だと貶しておりました。私が知る限りの事にはなりますが、まず食堂でミララちゃんが座った席に対して、"庶民がここに座るなど"と、激昂して、ミララちゃんを辱しめたのです」

「あれはっ……」

「それにミララちゃんは妖精種、私達とは種族が違います。シャーロット様はその事をいつも馬鹿にするかのように"妖精種なのだから"と、私達との違いを何度も言っていました」


 ミララさんは姫様の友人として、特別にこの学園への編入を認められた、妖精種という種族の庶民の方です。

 だから私達との生活には違いも多いだろうと気にしていた結果、こんな事になってしまいました。

 今更それを言ったところで、信じてもらえる訳がありませんが……


「更には、可愛らしく、誰にも愛されるミララちゃんに嫉妬したシャーロット様は、パーティーでミララちゃんのドレスに飲み物をかけ、汚しました」

「……」

「流石にもう言い訳は諦めたか。シャーロット、己が愚行を恥じるがいい」

「こうしてウィリアム様が私を庇って下さる事にもシャーロット様は嫉妬し、私にも嫌がらせを……」


 私がユリアーナ嬢に言っていた事は、嫌がらせではないつもりでした。

 ただ、ウィリアム様の婚約者として当然の事を言っていただけで……

 だからその事に関しては弁解ができます。

 ですがミララさんのドレスを汚したのは事実ですし、弁解の余地はありません。


「分かりました。確かにそれが事実なのであれば、フローレス侯爵令嬢は、この祝いの席に相応しくありませんね」

「はい」

「ではフローレス侯爵令嬢? 何か申し立てはありますか?」

「わ、私は……」


 折角姫様が私の意見も聞いて下さろうとしているのに、何をどう言えばいいのか、言葉が纏まりません。

 ごめんなさい、お父様、お母様、お兄様……


「今は落ち着いて話せそうにないみたいですね。では、先にミララ? あなたに聞きましょうか」

「……はい、姫様」


 姫様に呼ばれたミララさんは、前へと出てきました。

 そんなミララさんにユリアーナ嬢は近づいていき、


「ミララちゃん! 大丈夫だからね! 全部言っていいんだよ!」


と、寄り添うように後ろからミララさんの肩を支えています。


「ミララ、今のシュタール子爵令嬢の話は事実なのですか?」


 姫様の優しい声の問いかけ。

 姫様とミララさんは友人ですから、姫様はミララさんから私に何をされたのかを聞いておられるはずです。

 それでもこうして問われるのは、姫様が常に中立の立場にあられるからでしょうね。

 被害者と加害者、双方の意見をしっかりと聞く為に。


 そしてこれでもう、私は完全に終わりです……

 一体どんな罪に問われるのでしょうか……と、不安に駆られていた私は、ミララさんの次の発言に衝撃を受ける事になりました。


「先ほどユリアーナ様が仰られた、シャーロット様の私に対する非道な行為についてですが、そのような事実は一切存在しておりません」

「「え?」」


 驚きのあまり思わず変な声が……

 私と同時にユリアーナ嬢も驚いているみたいですね。


「どういう事か、説明しなさい」

「はい。まず、食堂で私を辱しめたという件についてですが、あれは編入当初の私が、食堂の席を理解していなかったが為に注意されたものです。シャーロット様が注意をして下さらなければ、私は高位の皆様に大変な無礼を働いておりました」

「え、え? ちょっと、ミララちゃん?」

「続いて、私に種族に関する差別を行ったという件につきましては、種族の違いによる価値観を予め周りの皆様にもご理解頂くことで、私を庇って下さっていたのだと感じておりました」

「何言ってるの、ミララちゃん! いつも"さん"なんていう呼ばれ方をされていて、明らかに見下されてたんだよ!」

「私は姫様のご厚意により編入させて頂く事が出来ましたが、本来はこの学園に通うことも許されない庶民です。"さん"と呼んでいただけるだけ、ありがたい事ですよ」

「で、でもっ! 皆は"様"だったじゃない?」

「それこそおかしな話です。私が姫様の友人であるからと、"様"をつけていただく必要はありません。ですからシャーロット様は、何1つとして間違ってはおられないと私は思います」


 ミララさん……

 私はあんなにも厳しく接していたというのに、私を庇って……?


「そして最後に、私のドレスを汚した件についてですが、あの日は私の初めてのパーティーでした。そしてありがたい事に、多くの方よりダンスの招待を受けたのです」

「そう! それに嫉妬したシャーロット様が……」

「お恥ずかしい話ですが、私はまだダンスは不馴れです。そして初めてだった事の緊張からか、体力の限界でした」

「は?」

「ですが、私のようなものがお誘い頂いたダンスをお断りする事も出来ず、正直困り果てていたのです。ですからあの時、シャーロット様が私のドレスを汚して下さった事で、私がどれだけ助かったことか……」


 そう、あれはミララさんの体調が悪そうに見えて……

 だから奥に下がらせる為に汚したのです。

 ですがまさか、そう説明した訳でもないのに、ミララさんがその事に気付いてくれていただなんて……

 服を汚されたと、激昂していてもおかしくないのに……


「それは私の配慮も欠けていましたね。フローレス侯爵令嬢」

「は、はいっ!」

「私の友人への気遣い、心より感謝致します」

「そんなっ、もったいなきお言葉です……」


 姫様から感謝の言葉をいただけるだなんて……


「な、なんで……」

「ユリアーナ様。私は今までも、何度も言ってきましたよね? シャーロット様は間違っていないと。ユリアーナ様は、"無理して庇わなくていい"と仰って、全く私の話を聞いて下さいませんでしたが……」

「もう、いい……もういいよっ! 申し訳ございません、姫様。ミララ()()の件に関しては、私の勘違いだったみたいです」


 そう、だったのですね……

 私が知らなかっただけで、ミララさんはずっと私を庇って下さって……


 そして、ミララさんが自分の味方ではないと分かったユリアーナ嬢の切り替えの早さ。

 ミララさんから離れ、呼び方も友人らしさをアピールできる"ちゃん"から"さん"へ。

 この切り替えは、もはや素晴らしいとさえ思えます。


「ですが姫様っ! シャーロット様の非道な行いは、それだけではありません!」

「そうです姫様! ユリアーナ嬢は何度もフローレス侯爵令嬢からの嫌がらせを受けています」

「それは、どういった事ですか?」

「私の方が身分が下だからという嫌みはほぼ毎日、すれ違うだけでも目障りだと怒鳴られていました」


 そんなキツい言い方をした覚えはありませんが、確かに立場をわきまえるようにとはほぼ毎日言っていました。

 もちろんそれは嫌がらせではなく、ユリアーナ嬢が高位の方への礼儀を欠いた行動をするからであって……

 そもそも身分を盾にし、権力を振りかざす行為が愚かだからといって、身分差というものを蔑ろにしていい訳ではありません。

 ユリアーナ嬢はその分別がまだ出来ていない様子でしたので、何度も注意したのです。


「グリーフィン公爵令息? あなたもそれは見ていたのですか?」

「あ、いえ……私のいない時に起きていた事のようでして。そうやってフローレス侯爵令嬢は、私のいない隙に何度もユリアーナ嬢を……」

「では、他にフローレス侯爵令嬢がシュタール子爵令嬢を不当に扱うところを目撃した者は?」

「……」


 誰も名乗りをあげません。

 それも当然でしょう。

 皆がユリアーナ嬢の態度をおかしいと思い、注意する私を正当だと言ってくれていたのですから。


「いないようですね。フローレス侯爵令嬢とシュタール子爵令嬢は、そう何度も2人だけで会っていたというのですか?」

「これは、皆がシャーロット様に怯えて言えなくなっているだけです!」

「フローレス侯爵令嬢に怯える? シュタール子爵令嬢の言う通りに、フローレス侯爵令嬢が権力を振りかざしていたというのならば、グリーフィン公爵令息には逆らえないはずだと思うのですが?」

「そ、それは……」

「グリーフィン公爵令息がシュタール子爵令嬢、あなたの味方をしている限り、怯えて言えないという状況にはなり得ません」

「ですが姫様! これが真実なんです! 信じて下さい!」


 ユリアーナ嬢は自分の証言に苦しむ事になってしまっています。

 それでも姫様に信じてもらおうと、必死に訴えて……


 これも仕方のない事です。

 ユリアーナ嬢からすると、これが事実ですからね。

 彼女は私を嵌め、陥れようとした訳ではなく、本当に私を悪女だと思っているのです。

 だからこそ、私の注意をまともに聞こうとしませんでした。


「証拠もない、目撃者もいない証言を信じるという事は出来ません」

「そんな……あ、目撃者! 目撃者ですね!」

「いるのですか?」

「はいっ! あれはミララさんの編入よりも前の事ですが、シャーロット様は私が姫様へと書いたティーパーティーの招待状を奪い取り、その場で破り捨てたのです! 教室での出来事ですし、目撃者も多数いるはずです!」

「……シュタール子爵令嬢? 私へ、ティーパーティーの招待状を出そうとしていたのですか?」

「はいっ! 私、姫様の事を本当に尊敬しておりますし、是非お話を伺いたいと思いまして!」


 まるで姫様に媚を売るかのような笑顔……

 まさかユリアーナ嬢がここまで愚かだなんて……


「おい、姫様に招待状だってよ……」

「何様のつもりだよ……」

「私あの場にいたけど、どう考えてもシャーロット様は悪くなかったよ」

「だってそんなの、出してたら不敬もいいとこじゃん」

「折角止めてもらってたのにね」


 これだけ私を支持してくれる声があるのですからね。

 私がいつまでも弱気に狼狽えていていい訳がありません。

 フローレス侯爵家の者として、正しい行動をしなくては!


「姫様。御気分を害してしまい、大変申し訳ございません」

「なんですか、シャーロット様? 今さら謝ったってもう遅いですよ」

「フローレス侯爵令嬢、頭を上げなさい。あなたが謝罪すべき事ではありません」

「姫様?」

「シュタール子爵令嬢。あなたはもう少しこの国の規則を学ぶべきです」

「え?」


 姫様が私を庇い、ユリアーナ嬢に対して怒っているというのは、流石のユリアーナ嬢にも伝わったみたいです。

 そしてユリアーナ嬢を見て言葉を失っているウィリアム様も、漸く分かって下さったのでしょう。

 ユリアーナ嬢がいかに無知なのかという事を。


「シュタール子爵令嬢。自分より身分の高い方へティーパーティーの招待状を出すというのは、大変失礼な行為にあたります。仮にその招待状が私に届いていた場合、あなたは不敬罪となっていた事でしょう。フローレス侯爵令嬢に感謝をするべきですね」

「え、わ、私は、そんなつもりじゃ……ただ、姫様とお友達になりたくて……」

「では今この会場にいる皆様に伺いましょうか。私と友人になりたくないと思っている者は、直ちにその場に座りなさい」


 姫様と友人になりたくない人なんて、いるわけがありません。

 もちろん私だってそうです。

 だから誰も座る事はないでしょう。

 まぁそんな失礼な行為、はなから誰も出来る訳がないのですが。


「分かりますか? シュタール子爵令嬢。全員があなたと同じ気持ちなのですよ。そしてその全員があなたのように私をティーパーティーへと誘ったとしましょうか。どういう事になると思いますか?」

「あ、あぁ……」


 この国では招待状はもちろん、手紙を送る事さえも先に前触れと許可が必要となります。

 だから注意したというのに、あの時の説明では理解出来ていなかったのですね……


「ユリア! 話が違うじゃないか。君が散々シャーロットに虐められていたというから私は……」

「そのような事実はありません!」

「いえっ! ありますっ! これは証拠もなく、信じていただけるかは分からない事なのですが、シャーロット様は、私を殺そうとしたのですっ!」


 ついにそんなでまかせまで言うとは……


「ユリアーナ嬢、ここをどこだと思っているのですか。発言に気をつけて下さい。ここはそんな偽証の許される場所では……」

「偽証じゃありません! シャーロット様は私の家に、魔物を放って来たのです!」

「魔物を? シュタール子爵令嬢。どういう事か、詳しく説明しなさい」

「はい! 1週間前の夜、我が家に魔物の襲撃がありました。門兵が追い払った事で、幸い誰にも怪我はありませんでしたが、逃げられてしまったので証拠はなくて……」

「それが事実だとして、何故私が魔物を送った事になるのですか!」

「私を殺そうなんて人、他にいないじゃないですか! ウィリアム様を私に取られたからと、私を恨んで……」

「姫様っ! 私はそのような事をしておりません!」

「まぁ! こちらに証拠がないのを良いことに!」

「落ち着きなさい」

「は、失礼致しました……」


 私はそんな事をしておりません!

 何よりウィリアム様を取られたと、ユリアーナ嬢を恨んだ事もないのですから!

 あら? 思い返してみると、本当にただの一度も妬んだ事がありませんね?


「シュタール子爵令嬢? 本当に魔物が現れたのですね?」

「はい! 我が家の門兵に聞いていただければ、確実です!」

「……この国において、魔物の出現は全て我々王族が管理しています」

「は、はい。それはもちろん存じておりますが……」

「私はそのような魔物の発生報告を受けておりませんが?」

「えっ、どうして……?」


 ユリアーナ嬢も本当に分かっていないみたいですね。

 つまり魔物が現れたというのはでまかせではなく、事実なのでしょう。

 となれば、かなりの大問題ですね……


「で、でも姫様! 本当に魔物が夜空から襲って来たんです! 野生の魔物ではなく、飼い慣らされた魔物が! 私は怖くて、怖くて……」


 野生の魔物が市街地、しかも貴族街に発生するという事はあり得ません。

 ですからユリアーナ嬢が襲われたというのなら、それは誰かが使役していた魔物という事になります。


「魔物だって……」

「嘘だろ……」

「私も怖いわ……」


 会場中がざわざわと騒ぎ始めてしまいました。

 この国のためにも早急に魔物の問題を解決しなければなりませんが、私は身の潔白も証明しなければいけないだなんて……と、私の内心は慌てていたのですが、


「皆様、落ち着いて下さい」


という、姫様の凛としたお声で冷静さを取り戻す事が出来ました。

 しかも姫様は皆を安心させるようにと、優しく微笑んで下さっています。

 これはやはり、姫様がとてもお強い方だからでしょうか。

 仮に今魔物が襲ってきたとしても、絶対に大丈夫だと思えてしまうほどの安心感を感じますね。


「シュタール子爵令嬢、魔物の種類は分かりますか?」

「夜で暗かったので、はっきりと見た訳ではありませんが、空を飛んでいた事と大きさから考えて、ハイバアドだと思います」


 ハイバアド……

 大きな翼と鋭い嘴を持つ、とても恐ろしい魔物です。

 とはいえ飛行用の乗り物としても利用されているので、魔物使いの資格を持っている人であれば使役しているのも珍しくはありません。

 誰がシュタール子爵邸を狙ったのか、早急に調査をしなければいけない大事件だというのに、何故1週間もこの事が放置されていたのでしょうか?


 姫様が右手を上げられて、後ろに控えていた侍女を呼ばれると、その侍女は≪テレポート≫で消えていきました。


「今、シュタール子爵邸へと向かわせました。門兵から話を聞かねばなりませんから」

「姫様、私の為にありがとうございます!」


 姫様がシュタール子爵邸へと侍女を向かわせたのは、ユリアーナ嬢の為ではありません。

 魔物襲撃の報告義務を怠った門兵が問題だからです。

 これがどれだけ重大な事なのか、ユリアーナ嬢にはまだ分からないみたいですね……


「あ、あのー?」

「ん?」

「すみません、発言してもよろしいでしょうか?」


 ミララさん?


「えぇ、何か意見があるのなら話しなさい」

「あの……大変申し上げにくいのですが、そのユリアーナ様の家に現れた魔物というのを送ったのは、おそらく私です」

「えっ?」

「「「「「えーっ!」」」」」


 会場中からの驚きの声……


「な、なんでミララちゃんが私を殺そうと……」

「それは誤解です」

「は?」

「ミララ。どういう事か説明しなさい」

「はい。実は今日のこのパーティー用にと、ユリアーナ様がドレスを送って下さったのです」

「確かに送った……けど、あれが気に入らなかったからって!」

「そうではなくて……私には、今日着ているこの姫様が下さったドレスがありましたので、ユリアーナ様からのドレスを着用する事は出来ませんでした。そういった失礼があった場合、口頭だけではなく、書面にして謝罪をするべきだというのがこの国の規則だと学びましたので、ユリアーナ様にお手紙を書かせていただいたのです」

「あ、あの手紙の事? でもそれと魔物に何の関係が……」

「お手紙を書いたものの、どう出せばいいのかが分からなくて……それで仕方なく、自分でユリアーナ様のお屋敷までお届けに行こうとしたのですが、何分夜遅くでしたので、()()()()()()()()が代わりに行ってくれる事になったんです」


 ミララさんの知り合いの天喰種……


 天喰種というのは、翼があり、空を自由に飛び回る事が出来る種族です。

 情報が天喰種だというだけでしたら、他の天喰種の可能性もありました。

 けれど、姫様の友人であるミララさんの知り合いで、この国を自由に飛び回る事が許されている天喰種となれば、それはお1人しか心当たりがありません……


「ですから、ユリアーナ様が魔物だと思われたのは、多分私の知り合いの天喰種だと思いますよ?」

「な、な、な……」


 これは、とんでもない事になってしまいましたね……

 ユリアーナ嬢も、開いた口が塞がらないといった様子です。


「なぁ、その天喰種って……」

「だよなぁ?」

「え、まさかの魔物呼ばわり?」

「嘘……」


 会場中、誰もが息を呑んでしまっています。

 それもそのはず……

 今ユリアーナ嬢が魔物だと称してしまったのは、姫様の婚約者として先日発表された、天喰種のカイ様という事になるのですから。


 大切な婚約者様を魔物呼ばわりされたとなっては、流石の姫様も許して下さらないのではないでしょうか?

 姫様が今どんなお顔をされているのかと思うと、正直私も怖くて顔が上げられません……


 というかミララさん!

 なんという方を配送人として使っているんですか!

 ミララさんからしたら、そういう雑務を頼める間柄なのでしょうけれど!


「失礼いたします。姫様、門兵を連れて参りました」

「ありがとう。さて、あなたの話を聞かせてくれる?」

「は、はいっ! あの日の事でよろしいのですよね?」

「私に話した内容を、姫様に。嘘偽りのないように」

「はいっ!」


 会場が騒然としている中、先程≪テレポート≫で消えた侍女が、シュタール家の門兵を連れて戻って来ました。

 いきなり姫様と話す事になるとは思っていなかったようで、門兵はかなり動揺しています。


「あ、あの日、空から天喰種の男性が来られたんです。お嬢様への手紙を持って。我々はすぐにあのお方がカイ様だと分かりました。とてもお優しそうな方でしたので……」

「そうでしょうね。ふふっ」

「あ、はい! 失礼致しました!」


 姫様は門兵の話に笑われています。

 門兵がカイ様の事を優しそうだと褒めた事を喜ばれたようですが、これはそこまで怒っておられないと考えてもいいのでしょうか?


「その……ほ、本来であれば、そのような怪しい手紙を受けとる事は出来ませんが、何分カイ様でしたので、我々は手紙を受け取ってしまいました。そしてお嬢様にお渡しした次第です!」

「ちょっと待ちなさい! 私は聞いていないわ! そんな、カイ様が来られていたのなら、どうして私に報告をしなかったの!」

「えっ、我々が手紙と共に報告に行った時、お嬢様は"状況は全て分かっているから大丈夫"と仰られたではありませんか! ですから我々は、お嬢様のご友人から先にカイ様が届けにみえることを聞いていたのだとばかり……」


 そういう事でしたか……

 魔物が来たと思い込んだユリアーナ嬢は、私が犯人だと決めつけていたからこそ、門兵の報告をまともに聞かなかったのですね。

 本当に愚か……


「そんな、そんな……」

「シュタール子爵令嬢、まだ何か話したい事はありますか?」

「……」

「もうないようですね」


 ユリアーナ嬢は崩れるように座り込み、呆然としてしまっています。

 姫様からの問いかけを無視するだなんて、無礼にも程があるというのに……


「グリーフィン公爵令息?」

「は、はい!」

「あなたは何かありますか?」

「いえ、姫様。此度の件、私の勘違いだったようです……この祝いの場を混乱させ、姫様の貴重なお時間を頂戴してしまい、誠に申し訳ございませんでした」


 ウィリアム様の深々とした謝罪。

 今日のこの問題を言い出してしまったのは彼とはいえ、彼も自分の正義感から実行していた事に変わりはありません。

 ただユリアーナ嬢の話を信じて、私を悪女だと思い込んでいただけで……


「フローレス侯爵令嬢。あなたにも大変な失礼を……誠に申し訳ないっ!」

「いえ、誤解が解けてなによりです」

「……ありがとう」


 私にも謝罪ですか……それも正しい呼び方をされています。

 勘違いであったとはいえ、私との婚約破棄は既に姫様に認められていますからね。

 ウィリアム様はご自身の立場をよく分かっておられるのでしょう。


「さて、ではここで私の側近の発表を致しましょうか」

「え……」


 それはこのパーティーの最後に行う予定だったはずだけれど……?


 再度右手を上げられた姫様の元に、侍女が封書を持って来ました。

 そしてその封書を、姫様は皆に見せるように封を切られ、


「シャーロット・フローレス侯爵令嬢。あなたを私の補佐官として任命します」


と、仰られました。


「これは事前に発表してあった通り、既に決定していた事柄です。今ここで起きた事は、この取り決めに何の影響も及ぼしてはおりません。どういう事か、分かりますね?」


 私が、私が姫様の補佐官に任命……

 それも、事前に決まっていた事で……

 姫様は私の事を、ずっと前から評価して下さっていたのですね!


「はい! 謹んでお受けします。私の持ち得る力を全て活かし、姫様のお役に立てるよう、誠心誠意努力致します!」

「えぇ、期待していますよ」


パチパチパチパチ!


「おめでとうございます、シャーロット様」

「ありがとう、ミララさん」

「「「おめでとうございます!」」」

「皆さん、ありがとう」

「おめでとう、フローレス侯爵令嬢。ずっと君を誤解していた私が言うのもなんだが、誤解していたからこそ分かる。君なら確実に姫様のお力になれるだろう」

「ありがとうございます、グリーフィン公爵令息」

「では、私はこれで失礼致します」


 ウィリアム様は姫様と私に一例すると、ユリアーナ嬢を連れて会場から出ていかれました。

 この祝いの場の空気をこれ以上荒立てないようと気遣いながら……

 追っての処分を待つおつもりなのでしょう。


「皆様、楽しい時間をお過ごし下さいね」


 姫様のそのお声を合図に、またパーティーは始まりました。

 それからの私はたくさんの人からの祝辞を頂き、ダンスにもティータイムにも誘われ……本当に、帰りたいと思っていた事が嘘のようなとても楽しい時間を過ごす事が出来ました。


 そしてパーティーが終わり、家へと帰ってくると、


「シャーロット! お前、姫様の側近として選ばれたそうだな!」

「シャーロットの努力を姫様は見て下さっていたのね。私もとても誇らしいわ」


と、お父様とお母様が笑顔で迎えてくれました。


「ありがとう、お父様、お母様」

「あぁ。その……それでだな、実は今グリーフィン公爵令息がいらしているんだ」

「ウィリアム様が……」

「お前も疲れているだろうし、お帰りいただく事も考えたのだが……」

「いえ、私は大丈夫です。ウィリアム様と話してきます」

「シャーロット? 本当に大丈夫なの?」

「はい」


 心配して下さるお父様とお母様を安心させるように笑い、サロンへと向かいます。

 ウィリアム様……いくら彼の家の方が位が上だとはいえ、こんな前触れもなしの夜間での訪問は、流石に非常識です。

 それを承知で来られたのでしょうし、どうしても今日のうちに解決しておきたい事があったのでしょう。


「お待たせ致しました」

「シャーロット、こんな突然の訪問をした私が悪いのだ。そう身構えないでくれ……」

「はい、ありがとうございます」


 ウィリアム様はとても丁寧な挨拶をして下さいました。

 ですが、何故私をシャーロットと呼ぶのでしょうか?


「改めて謝りたかったんだ。本当にすまなかった……私はユリアーナ嬢の発言を全て鵜呑みにして、シャーロットの事を疑ってしまった……」

「それは、私にも至らぬ点がございましたから……それに、先程も謝罪は頂きましたし、もう十分です」

「では、本当に許してくれるというのか?」

「もちろんでございます」


 誤解が解ける事なく、私に何か処罰が下されたのだとしたら、私はウィリアム様を恨んでいたかもしれません。

 ですがこうして誤解は無事に解け、ウィリアム様は謝罪もして下さったのです。

 それでもう十分だと思います。


「ありがとう、シャーロット」

「はい。どうぞユリアーナ嬢とお幸せになって下さいませ」

「あ、いや、待ってくれ。その事なんだが……」

「今回、ウィリアム様が私を信用出来なかった事に関しましては、私の日頃の行いによるものだと思っております」

「何を言って……」

「ユリアーナ嬢にウィリアム様に取られた事を恨んでいると言われた時、思ったのです。私はユリアーナ嬢を恨んだ事も妬んだ事もないと」

「そ、それは……シャーロット、君が素晴らしい人格者だからではないか」

「いえ、私はそんな出来た人間ではありません。それなのに私が抱いていた感情は、ユリアーナ嬢の非常識さに何故ウィリアム様は気付かないのかという疑問ばかりでした。ですが私からウィリアム様に意見をするというのは失礼だと考えて、指摘する事もせず……」


 私がもっと前にウィリアム様とちゃんと話し合ってさえいれば、こんな事にはならなかったのかもしれません。

 ユリアーナ嬢は、ウィリアム様の話ならば聞いていたのですから。


「そんな私だったからこそ、ウィリアム様も私を冷淡に思われたのでしょう」

「シャーロット……違うのだ、私が君に向き合わなかった事が問題なのであって、君は何も……」

「私もウィリアム様と向き合おうとしてはおりませんでしたし、問題であったのはお互い様です。ですが、ウィリアム様とユリアーナ嬢は違いますよね?」

「……」

「私はユリアーナ嬢に笑いかけておられるウィリアム様を何度も見てまいりました。そのどれもが、私には向けられたことのない、優しい笑顔ばかり……そしてユリアーナ嬢も、ウィリアム様とおられる時はとても楽しそうで……本当にお似合いでしたよ」


 これは嫌味でもなんでもない、私の本心です。

 ウィリアム様とユリアーナ嬢は、私という邪魔者さえいなければ、とっくに結ばれていたはずなのですから。


「これからは愛おしいと愛でるだけでなく、間違いがないかを互いに確認し合いながら、ユリアーナ嬢を見守ってあげて下さいね。()()()()()()()()()()

「……あぁ。その心遣いに感謝する、()()()()()()()()()


 グリーフィン公爵令息は、私に深々と頭を下げると、そのまま出ていかれました。

 私からのお見送りはしない方がいいでしょうし、私はもう少しサロンに留まっておこうと思います。


 彼がこんな夜間に訪問してきた理由は、本当に改めての謝罪の為だけだったのでしょうか……?

 もう婚約者ではなくなった私を名前で呼んだのは、私との関係をやり直そうとしておられたからなのでは……?

 ですが私は、この選択を間違えたとは思いません。


 ユリアーナ嬢を妬んだ事がないとはいえ、彼とは幼少の頃より共に過ごしてきました。

 共に学び、共に遊び、共にこの国の将来の為にと努力してきたのです。

 ですがもう、あの頃に戻れる訳でもありません。

 あの日々は友人と過ごした楽しい時間として、心の隅にしまっておくとしましょう。


―――――――――――――――――――――――


 パーティーから数日が経ち、今日は私が登城させていただく日となりました。

 姫様ご本人から直々に、王城でのティーパーティーに招待されたのです。

 本当に光景ですが、とても緊張します……


 城に到着するとすぐに侍女が来てくれて、中庭へと案内されました。

 色とりどりの花々が咲き誇る美しい空間……

 その奥のガゼボでは、可愛らしい軽食やお菓子が並んでいます。

 ですが、量があまり多くはありませんね?

 今日は少人数のティーパーティーなのでしょうか?


「あらシャロ、早かったのね」


 急に聞こえてきた声に振り返ると、とても楽しそうに笑われている姫様が……


「ひ、姫様! 本日はお招き頂き、誠に光栄至極でございま……」

「あぁ、そういうのはいいわ。今日は私達だけだから、気軽にいきましょうね」

「そんなお気楽でいられるのは、アキナ様位なもんですよ。シャーロット様、お久しぶりです」

「ミ、ミララさん……」


 挨拶の途中でしたが、姫様に切られてしまいました。

 そして姫様と一緒に中庭に入ってきたミララさんが、呆れたように姫様に話したかと思うと、私に挨拶をしてくれて……


「今日はシャロと仲良くなれたらいいなって思って呼んだだけだから、そう固くならないで」

「は、はい!」

「だから、アキナ様がそれ言っても、逆効果なんですって」

「えー」

「普段からあれだけ威厳を振り撒いておいて、なんで気軽に話してもらえると思ってるんですか」

「今は振り撒いてないわー」

「はいはい」


 姫様はよく城下の視察もされておられます。

 庶民達とも楽しく話される方だというのは知っているので、こういう可愛らしい姫様の一面にはさほど驚きはしませんが、ミララさんのこの態度には驚きです。

 友人だとは分かっていましたが、学園ではこんな風に姫様と話したりはされておられませんでしたから……


「だいたい、勝手に略称で呼んだらダメじゃないですか。ちゃんとシャーロット様からの許可をもらわないと」

「もー、ねぇシャロ? シャロでいいわよね?」

「もちろんでございます!」

「ふふっ、ありがとう。私の事もアキナでいいから」

「そんなっ! 姫様を略称でお呼びするなど……」

「嫌? 私、結構この呼ばれ方、気に入ってるんだけど?」

「……で、では、アキナ様と……」

「えぇ! ふふふっ」


 アキナ様は本当に嬉しそうです。

 ミララさんも呼んでいますし、この呼び方を許していただけた事を光栄に思います。


「さて、楽しいティーパーティーの前に、1つシャロに確認しておきたい事があるのだけれど」

「はい、なんでしょうか?」

「グリーフィン公爵令息とシュタール子爵令嬢の処分はどうしたい?」

「ど、どうとは……」

「この件に関しては、シャロに任せるわ。シャロのしたいように処分を下しましょう」


 アキナ様は私にあの2人の処分を任せると仰られました。

 これはおそらく、私を試しておられるのでしょう。

 彼等に相応しい処分が何か、私が判断出来るのかを。


 とても難しい問題です。

 あの時王族であられるアキナ様の時間をあれだけ使ってしまった事、その婚約者のカイ様を侮辱してしまった事、そして私への非礼の数々……

 ですが私にも全くの責任がないのかといえば、そうではありませんからね。

 未然に防ぐ事も出来たかもしれないのです。


「アキナ様、私は彼等に罪を問う事は出来ません。謝罪のみで十分だと考えております」

「謝罪ねぇ……」

「アキナ様にあれだけのご迷惑をおかけし、カイ様を侮辱した事に関しましては、私にも責任がございます。彼等に謝罪以上の罪を問われるのであれば、私にも……」

「ふふっ、シャロは甘いのねー、このケーキみたいだわ」

「そっちよりこっちのタルトの方が甘いですよ」

「どれどれー?」

「シャーロット様もどうぞ」

「あ、ありがとう、ミララさん」


 楽しいティーパーティーの前にと仰られておりましたが、既にティーパーティーは始まっていたみたいです。

 それに、私の判断を怒っておられる訳でもないようで……


「シャーロット様が謝罪だけでいいとお考えなのであれば、それでいいんじゃないですか。このユリアーナ様の問題は、相手が貴族や王族だから重大になってしまってますけど、正直ただの勘違いですからね」

「勘違いって恐ろしいものねー」

「アキナ様が言うと、説得力が桁違いですね」

「ミララはすぐにそういう事を言うんだからー」


 アキナ様とミララさんは、本当に仲がよろしいのですね。

 ミララさんにからかわれるアキナ様は、見ていてとても微笑ましい光景です。


「そもそも、ミララがカイに雑務を押し付けたりしたから、話がややこしくなったんだからね?」

「あれはカイの方から届けるって言ってきたんですよ」

「そうだとしても、他の人に行かせるって言って断るくらいは出来たでしょ?」

「私はちゃんと断りましたよ。でもカイが、()()()()()()()から、お詫びとしても自分が訳に立ちたいって言って聞かなくて……」

「迷惑?」

「あ……」


 何でしょうか?

 ミララさんのこの、言うつもりのなかった事まで言ってしまったような様子は……?


「ミララ? カイから何か迷惑をかけられているの?」

「そういうのじゃないです」

「カイが何か困ってるとかなの?」

「そういうのでもないです」

「じゃあ何なの?」

「……はぁ」


 アキナ様のミララさんに迫る問いかけに、隠すことを諦めたように……というよりは、呆れたようなため息をついたミララさんは、


「まぁ、もうこの際なんで話しますけど、アキナ様は私がどうしてあの学園に通いたいとお願いしたと思いますか?」


と、質問を返しました。


「え? 興味があったからなんじゃないの?」

「確かに興味はありましたが、アキナ様の権力を利用してまで通わせていただこうとは思いません」

「そうよね? 珍しい事を言うなぁ~って、思ったもの」


 それは私も不思議に思っていました。

 無理を言ってまであの学園に通いたいと言うような、我が儘な庶民の方かと思っていたのに、ミララさんはとても大人しい方でしたから。


「私にあの学園へと通うように頼んできたのはカイです」

「カイが?」

「学園でのアキナ様の様子を見たかったそうで……」

「も、もしかして……ミララがいつも"レコーダー"を持ち歩いてたのって……」

「はい、カイの為ですね」

「なによそれ!」

「文句はカイに言って下さいよ」


 レコーダーは映像を記録出来る魔道具です。

 ミララさんがいつも持ち歩いているのは知っていましたが、とても勉強熱心なのだと思っておりました。

 それがまさか、アキナ様を盗撮するためだったとは……

 これは確かに、ミララさんに迷惑をかけているからと、カイ様がミララさんの役に立とうとされるお気持ちも、分からなくはありませんね……


「全く、何やってるのよ……」

「バカ同士でお似合いですよ」

「失礼ね! 誰がバカよ! シャロからも何か言ってやって」

「え、えっと……愛されておられるのですね、アキナ様」

「……もうっ!」


 アキナ様は顔を真っ赤にされて、剥れてしまわれました。

 本当に何と可愛らしい方なのでしょうか。

 私はこれから、この方の側近として仕えていくのですね!


 まだまだ不安な事も多いのですが、これからもこの国の為、アキナ様の為にと、努力していく所存です!


fin

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


本作は『奴隷の国』のスピンオフ作品です。

姫様の友人や婚約者が、何故妖精種や天喰種といった他種族なのかという事を気にしていただけた方は、是非奴隷の国もお読み下さい!


https://ncode.syosetu.com/n1234gm/


長篇ですので読むのも大変だとは思いますが、お楽しみいただけますと幸いです(*^^*)


※奴隷の国はR15作品です。

※奴隷の国には、シャーロット、ウィリアム、ユリアーナは登場しません。

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