煌めく、大切な思い出
「ったく、酷い目に遭った……」
旧校舎を後にして。
近頃新しく設置されたらしいベンチに、俺はだらしなく腰掛けていた。
木々が枝葉を揺らすこの場所は、ザラメを掘り出した場所のすぐ近くだ。
滅茶苦茶に擽られた後、生まれたての子鹿よろしく足をガクブルさせる俺。
見かねたザラメにおぶられ、今に至るというわけだ。
「やってらんねぇ〜……」
背もたれに身体を委ね、両腕をかけて息を吐く。
「もう一回やりたいです!」なんて誰かさんがが余計なことを言ったせいでお菓子は没収になるし。
「ザラメもやって良いですか?!」なんて誰かさんが余計なことを言ったせいで俺は散々弄ばれた。
靴を、地面に擦る。
コンクリートの路から外れたこの場所では、踏みしめる度土と木の葉の感触が伝わってきた。
柔らかな自然の質感が、擽り地獄から開放されたのだと教えてくれた。
土の匂いは、ザラメを掘り起こした時と同じだ。
「そうか、もう随分経ったんだな」
――あの日。
俺がザラメを掘り起こしたあの瞬間から、俺の“日常”は激変した。崩れ去ったと言っても良い。
財布を奪われ、毎日のようにこんがり燃やされるのは最早序の口。
寒空の中でキャンプしたり、カフェの営業に苦心したり、深夜に学校を巡ったり……海にも行ったし、ザラメを調べ尽くそうとしたりもしたな。
そして今、ザラメとの文化祭兼“デート”でクタクタになっている。
金を溶かすだけの日々には、戻れそうにねぇや。
冷たい風に揺られ、黄色や朱色に染まった葉がカサカサと心地よい音を立てる。
目を閉じると、祭りの喧騒が遠ざかっていくようで……
「お待たせしました、郡さん!!」
……喧騒、急接近してきたんだが。
「郡さぁん、ザラメが来ましたよ!!」
身体を揺する騒音の擬人化。
「やめんか、酔うだろーが」
「えへへ〜」
俺の苦言を聞き流し、ザラメは俺も隣に座った。
「郡さんのために、ジュース買ってきました! どーぞ!!」
手渡したのは、ぶどうジュースのペットボトル。
走ってきたせいか、水面が白く泡立っている。
「お前にしては、悪くないセンスだな」
「むぅ、もっと素直に褒めてくれても良いんですよ?」
頬を膨らませるザラメから、ボトルを受け取る。
ジュースの甘みと僅かな酸味を堪能しつつ、喉を潤す俺に、ザラメはニコニコと笑いかけていた。
「んだよ」
「ふふ、気に入ってもらえて嬉しいなぁと思いまして」
「そうかよ」
半分ほど飲んだところで、蓋を閉めると。
ザラメが俺の顔を覗き込んできた。
「郡さん、さっきまでぐったりしていましたけど……疲れたんですか?」
「お前のせいでな」
「ザラメのせいですか?!」
「ああ。お前のせいでな」
「2回も言いましたね?! うう、ではこうです!」
「ちょっ?!」
言うや否や、俺の頭に手を回したザラメ。
動揺する間もなく、俺の頭はザラメの膝にダイブしたのだった。
頬に触れるのは、柔らかくて……冷たい皮膚の感触。
もうすっかり馴染んじまった、死体の――ザラメの温度だ。
「疲れたのなら、ザラメが癒やしてあげます!」
「いらん」
「大丈夫です郡さんっ。誰も見ていないので、恥ずかしく無いですよ」
「そういう問題じゃねぇんだが」
とは言えされるがままなのは、疲れ切っていたからに他ならない。
ザラメの肌の冷たさが、次第に俺の体温で上書きされていく。なんつーか名残惜しくて、それとなく頭の位置をズラしてみせた。
「ふふっ、よしよし」
俺の意図を知ってか。
あるいは、寝付きの悪さを微笑ましく思ったか。
ザラメが俺の頭を優しく撫でた。
控えめに微笑む表情は、いつもより大人っぽい。
外見相応なのにも関わらず不相応な姿に、ほんの一瞬呑まれそうになる。
だから俺は、ザラメから目を逸らして。
普段からこんなだったら、文句無しの大和撫子なんだがなぁと、心の中で呟いた。
身体の力が解れていく。ハラリと葉が落ちていくのを、意味もなく眺めていると――。
不意に、ザラメの歌が聞こえた。
枝葉の擦れる音色に重ねて、メロディを奏でる。
その姿が、ザラメが木々に語りかけているようにも見えた。
艷やかな唇の隙から流れる音には、歌詞がない。
それでも耳に残る、不思議な旋律だ。
裏声だからだろうか。いつものザラメとは雰囲気が違っていて。
いつの間にか聞き入っていたのは……うつらうつらしていたのは、ただ疲れていたからだけじゃないだろうな。
だけど物足りなくて、俺は口を開く。
「ザラメ」
「どうしました?」
「文化祭、楽しかったか」
おずおずと、俺は切り出していた。
「はいっ! すごく楽しかったです!! 付き合ってくれてありがとうございます、郡さん!!」
ザラメの煌めく瞳に、心の底から満足げな回答に、ほぅと息をつく。
「なら、良かったんじゃねぇの」
「郡さんはどうでした? ザラメとのデート!」
あまりにも無垢な調子で返されるものだから、苦言や不満が引っ込んじまった。
「……まぁ。1回ぐらいなら、悪くねーな」
秋風に舞う葉が、ほんの一瞬――ここには無いはずの葉の形をしていた気がして。
目ざといカプ厨め。
俺とザラメを見守るカエデに、ひっそりと小言を零すのだった。




