描こう、愛のオムライス
指先についたケチャップにいつもよりも酸味と甘みを感じるのは、やりきったという達成感ゆえか。
絵は苦手だが、今日のは上手く描けた気がするぜ。
昂ぶる感情を鎮めるよう息を吐き、ボトルに栓をする。
気づけばテーブルの周りには、人だかりができていた。
「何だこれは……!」
オムライスとそこに描かれたものに、一同電撃が走る。
ザラメを見てみると、身体を戦慄かせて唇が細かく震えている。
「郡さん……これ……」
そうかそうか。
お前も俺の芸術センスに感動して……
「すごく怖いですぅ!!」
俺の傑作になんてことを言うんだ!
これでも、捻り出して描いたんだぜ?
多少不格好かもしれないが自信作。ちょっとは褒めても……。
「だってこれ、妖怪が人を攫っている絵にしか見えませんよ!!」
「失礼にもほどがある!」
「もうサスペンスホラーですって! デウスさんが無言でモザイクかけるレベルの!!」
「そこまで?!」
「身の毛もよだつ恐ろしさですぅ! 夢に出たら責任取ってくださいよ?!」
「知らんわ!!」
悲鳴交じりの糾弾が止まらねぇ。
デリカシーの欠片もねぇキョンシーだ。
流石の俺も、胸がチクリと痛むんだが。
「ちなみにお客さん、この絵のテーマは?」
羽仁がおずおずと聞いてくるので、
「一応、ザラメなんだが」
「……っ?!?!?!」
答えると教室に悲鳴が駆けた。
「どこが……?!」
「愛は愛でも狂愛か」
「ねぇ三木っち、これは不合格ってことね」
「待って羽仁っち。一周回って合格では」
クラスでは審議タイムに移っていた。
世紀末みたいな反応だったのに、悩むところなのか。
ザラメに至っては、侮蔑の視線を刺してきながら一歩後ずさっている。死んでいるから常時白い肌が、一層青ざめて見えた。
「……無理」
「だぁもう悪かったな下手で!! そういうお前はどうなんだよザラメ!」
自棄になりながら、ザラメが描いたオムライスの皿を強引に引っ張り上げる。
さぁて料理をすれば厨房が燃えるザラメだ。どんな芸術かしかと目に焼き付けて……
「何っ?!」
言葉を失い、目はケチャップの軌跡を追い。
俺は皿を持った姿勢で、一次停止のごとく硬直していた。
そこにあるのは、デフォルメされた俺の顔。
オムライスの上で、満面の笑みを俺に向けている。ケチャップが照明に煌めいて、つぶらな瞳が引き立っていた。
「こんなの有りかよぉ!」
俺とオムライスは一緒なのに、こっちのほうが断然食欲を唆る。
教室の客や店員は、ザラメのオムライスへと群がっていく。次々とあがる感嘆の声に、ザラメは顔を蕩けさせていやがる。
しかしすぐさま俺に向き直し、諭すように告げるのだ。
「ねぇ郡さん。跪くのが誰か、分かりましたね」
「くっ……」
テーブルの上で、拳に力が入る。
……あーもう、認めれば良いんだろ。
「勝手にしろ。煮るなり焼くなり好きにしやがれ」
ザラメは俺の返しに、待ってましたと言わんばかりに悪戯っぽく笑ってみせる。
そうしてカチャカチャとスプーンを動かし、自分のオムライスの端を一口分掬った。
持ち上げたスプーンが、掬い上げたオムライスがこっちを向く。
「ふふっ。ではこのオムライス、郡さんに食べてもらいましょう。デートと言えば“あーん”ですっ」
「は?」
話の流れに合ってねぇぞクソザラメ。
「何でお前のを俺むぐっ!?」
俺の言葉を遮るようにして、勢いよくスプーンの先を突っ込まれた。
顔を上げると、控えめに首を傾げるザラメの姿。上下に動いている顎や膨らんだ頬、ケチャップで朱に色づいた唇を楽しげに見つめて。
「ふふっ♪ どうです? ザラメのオムライス」
そんなことを聞いてくるザラメは、さぞ心を弾ませていることだろう。
だって見ろよ、にんまりと口の端を持ち上げて、俺の答えを今か今かと待っているのだから。
米粒と卵を呑み込んだ俺は、自然とオムライスに視線が向かっていた。
ケチャップで描かれた俺に――普段ああも笑わねぇんだから、観察力の欠片もねぇザラメにはほとほと呆れる。気づけば口元を手でかざしていたのは、そこが不意に綻んじまったから。
「郡さんの感想をどうぞ! 美味しいですか?」
答えは決まっている。
「当たり前だろ、店のオムライスだからな」
「何ですかそれぇ〜、ザラメだって頑張って描いたんですよぉ!」
口をへの字に曲げ、ムキになっているザラメはあまりにいつも通り。
デートのムードは、どこかへ飛んでいっちまったようだ。
「では羽仁っち。判定を」
「ズバリ、合格ってことね!」




