衝撃、ザラメとデート?!
最初にそれを知ったのは、文化祭の3日前。
カフェのカウンター席で、佐藤に問いかけられたのがきっかけだった。
「文化祭の小話?」
聞き返すと、佐藤は生徒にするだろう余裕ある笑みを向けた。
「そ。我が佐藤塚高校に伝わる、昔話」
いつの時代か。旧校舎の西側……ザラメを掘り起こした場所の近くに大きなカエデの樹があったと。
「誰かを大事に想う気持ちに、カエデが応えてくれるんだとか。捧げた祈りを対価に背中を押してくれる、そんな不思議な言い伝え……それが文化祭のルーツさ」
足を組んで肘をつき、流れるように続ける。
「転じて、文化祭をペアで巡るとお互い幸せになるんだってね。カエデの加護ってところかな」
アイスティーに追加のシロップを注ぎながら、母校の都市伝説をつらつら語る佐藤に、俺は淡々と相槌を打っていた。
「ふぅん」
「要は、カプ厨のカエデってこと」
「ひっでぇ言い方」
神秘的な伝承が、一気に世俗的になっちまった。
「という訳だから、うちの文化祭はちょっと特殊でさ。ペアで巡ると結構旨味があるんだよねぇ」
「そうかよ」
「そーなのだよ郡クン」
在庫を調べるザラメとニケル、閉店前の拭き掃除に勤しむコスズを脇目に、俺も水道周りを布巾で拭く。
俺には関係無い話だ。
一緒に回る相手もいないし、回るつもりもない。
祭りの盛り上がりに浸って終わりになるだろうと、そう見込んでいたのに。
――ザラメとデート、しませんか?
アイツのたった一言のせいで、“関係ある話”になっちまったんだ。
――――
文化祭の1日目が幕を下ろし、太陽がゆっくりと舞台から捌けてゆく夕暮れ時。
ザラメの口から出てきたのは、信じがたいほどに甘美な誘い文句だった。
「は、はぁ……?!」
西日が、ザラメの頬を優しく染め上げ。
瞳は宝石のように煌めいて。
首を僅かに傾げ、ザラメは口を萎めた。
「明日、郡さんと一緒に文化祭を回りたいんです。……イヤ、ですか?」
男の庇護欲に訴えかけてくる上目遣い。
甘く、いつもよりもワントーン高い声音。
夕焼けも相まって、まぁまぁロマンチックなシチュエーション。
「…………ああ、ザラメ」
俺は唾液を飲み下し、口を開く。
ザラメの誘い、答えは1つだ。
「イヤ・拒否・却下!」
「まさかの3段構え?!」
愕然と、顎が外れんばかりに口を開くザラメ。
さっきまでのムードが一瞬で台無しになるんだから、流石ザラメだ。
「デートですよザラメと! 雰囲気も出そうと魅惑的なお誘いまでしたのにぃ」
「デートも雰囲気もいらんわ! そもそも何でデートなんだよ、それも俺と」
俺の心からの疑問に、ザラメは2枚のチケットを片手に答える。
「それがですね、今日お客さんからこれをいただきまして……」
言って、チケットの片割れを俺に見せてくる。
「…………デート券?」
「はいっ。これをペアで持って回ると、あらゆるお店がタダになるんです!」
何そのデタラメなチケット。
「恋人じゃなくても、日頃よく一緒にいる人とか、兄弟姉妹とかでも大丈夫みたいですっ」
守備範囲が広いなおい。
「だったら、他のヤツで良いだろ」
条件的には、デウスもコスズもニケルも使える。
「デウスさんは明日仕事なんです。コスズちゃんとニケル君も、明日はゲームの生配信を観たいって言っていました」
それで俺にお鉢が回ってきた、と。
「ザラメ、明日の文化祭は色んなところに行きたいんです。だからお願いします、郡さん!」
言いながら、片方のチケットを前に突き出す。
断りてぇ。
ザラメに付きっきりで1日過ごすって、どんな罰ゲームだ。
喉まで迫り上がる断り文句。
だったが、すんでのところで一次停止しちまった。
「あの子、喫茶こやけの」
「これ最高のムードじゃね?」
「次の会報のネタは決まったわね」
「相手の男が羨ましいっ……!」
「これで突っぱねるとか無いよな」
いつの間にか生徒の群れで賑わう、俺とザラメの半径5メートル。
あとついでに、後ろでデウスが塵になっていた。
「ザラ……デー…………ぁ……」
「諸行無常……」
灰燼の前で屈み、合掌をするコスズは平常運転だ。
「お断りだ。俺は明日、忙しいの」
「ギャンブルと埋蔵金探し意外やること無いでしょ」
「ギャンブルと埋蔵金探しがやることなんだよ」
言うや否や、批判と悲嘆の嵐が凄まじい。
「そこをなんとかぁ」
「断る」
ここまで来るといつものザラメだ。
夕闇の中で、両手を合わせて頼み込んでいる。
そして俺は、NOを何度も繰り返す。
「……だったらしょうがないです」
ようやく諦めたのか。
両手を下ろして目を伏せたザラメは、しかし決意を込めたような力強い眼差しで言い放った。
「ご飯からお風呂にお休みまで、何度でもお願いしちゃいますっ」
「鬱陶しい!」
「郡さんの枕元で、夜通し囁いちゃいますよっ。“明日の文化祭にザラメと行きたくなーる”」
「睡眠妨害じゃねーか!! つーか、どうせお前朝までぐっすりだろーが!!」
「はぁ〜?! ちゃんと起きられますぅ! だったら今晩、ホントのホントにやってやりますよ!!」
「やれるもんならやってみやがれ!!」
ただの口論。毎日恒例、お馴染みの流れ。
だと言うのに、野次馬は歓喜しやがる。そんな浮足立った空気感に、一石を投じるものがいた。
「だったらどうだい? 対決してみるのは」
「は」
佐藤がガヤの間から顔を覗かせ、続けてミドウもアホ毛をぴょこぴょこ跳ねさせた。
「旧校舎の保健室なら空いているんだよなぁ」
「実況ちゅーけーだヨ!」
と、2人が余計なことを口走り。
「俺たちも観戦するぞぉ!」
「ザラっちの見守り隊ってことね!」
「我ら。推しに命を懸ける者」
野次馬が湧き上がり。
「じゃ、じゃあオレも観戦するぞ」
ニケルが同調圧力に屈し。
「ワタシも……」
「良いですね、コスズちゃんも一緒に寝ましょう!」
コスズとザラメが女子会気分で盛り上がる。
混沌を固めたような光景だ。
煽っただけなのに、ここまで厄介なことになるとは思わなかった。
……え、これマジでやるつもりなのか?
冗談じゃねぇ、今日は動き回って疲れてんだよ。
寝かせろ切実に。
「郡さん、今夜は寝かせませんよ♪」
「ザラメちゃんファイトおおおお!!」
「うおおおいおおおお!!」
「あーもう!! 分かった、付き合うから!! だからお前らとっとと散れぇ!!!!」
闇に沈む佐藤塚高校に、俺の心からの叫びが響き渡るのだった。




