出迎え、防衛モードの旧校舎!
佐藤探しの舞台は旧校舎へと移った。
コンクリートで舗装された広い通路を抜け、旧校舎の入り口へと向かう。
目的地が近づくにつれて、屋台の数が減っていく。非日常から日常へ、戻って来るような感覚になる。
人の声も閑散としていく一本道。その真ん中を歩きながら、俺はミドウに問いかけた。
「おまじないなら、佐藤じゃなくても良いだろ」
おまじないっつーと、アレだろ?
“痛いの痛いの飛んでけ”みたいな、気休めの言葉遊び。
だけどミドウが口にした“おまじない”の5文字は、俺のイメージと違う気がするのだ。
「アタシは、ツカイマとしては不完全なの」
ミドウが語ったのは、自身の異質さと佐藤との出会いの思い出だった。
「アタシは人間の心の一部からできたツカイマ。欠けてるから――実体が曖昧なの」
日の光に、ミドウは眩しそうに目を細くした。
「元の“アタシ”を探してたんけど、見つからなくて。このままじゃ消えちゃうところだったの」
包帯の解けかかった脚から覗くつま先は透けて見えない。ただコンクリートの鈍い色が、視界に入るだけだった。
「そんなアタシに、せんせーが“おまじない”をかけてくれたんだヨ」
頬に袖を当てるミドウの表情は、今にも蕩けそうだった。
「大事な、夏の思い出だヨぉ……!」
「……あの佐藤がなぁ」
心底嬉しそうなミドウに対し。俺の頭に過ったのは、朧気な感慨だった。
高校時代以降のあいつは、どこか人と距離を置いていた。まして誰かに肩入れするなんて、想像もつかなかった。
俺も俺で、あの時期は余裕がなかったから……思い違いかもしれないが。
隣で、ミドウが両腕を上下にぶんぶん振りながら続けた。
「せんせーの“おまじない”は特別なんだヨ!」
「ふぅん」
「『トキメキを探してみたら?』って教えてくれたのもせんせーなの! 元の“アタシ”に近づくヒントになるかもって」
「へぇ」
それが、この間のポルターガイスト異変の発端ってことか。色々あったっぽいな、佐藤とミドウ。
「お前は、元の自分になりたいのかよ」
「もっちろんだヨ! …………でもね」
「でも?」
話しているうちに、旧校舎の入り口に辿り着く。
何か言い淀んでいたミドウだったが、ハッと思い出したように話を切り替えた。
「そうそう! 今旧校舎は、防犯強化中なの!」
「あっそ」
ミドウの言葉を軽く流し、扉の取っ手を引く。
――ヒュンっ。
そうして玄関に踏み込んだ足元に、1本の矢が掠めた。
「……ふぁ?」
息が止まる。
固まった足先。強張る下半身。
眼下のそれに、俺は身体を震え上がらせていた。
タイル貼りの床に、赤い羽根の矢が突き刺さっている。
陽光に、矢の針の部分が鋭く煌めいている。
「だから至る所に、罠が仕掛けてあるヨ!」
「お前そういうことは早く言えよ!!」
罠とか聞いてねぇよ!
こんなところにいられるか!
佐藤なんざ知らねぇ、俺は帰る!!
ドアの取っ手に掌を掛けて思いっきり押す、が。
「なんだこれ、開かねぇっ……!?」
入る時はなんてこと無かったのに、今は扉が施錠されている。
扉を前後する度ロック用の金具が音を響かせるだけで、俺たちを外へと出してくれない。
最悪な予感に、全身から熱が抜けていく。
瞬きさえ忘れる俺に、騒霊は追撃の如く告げた。首から伸びる包帯で、ピースサインを作った上で。
「侵入者がいると防衛モードになるから、1回入ったら出られないヨ☆」
「後で覚えとけよマジで!!」
「ちなみに、アタシも出られないヨ」
「詰んでんじゃねぇか!!」
文化祭で閉じ込められるとか聞いてねぇよ!
怒号にも似た叫びは、虚しく密室を反響するだけで。
玄関の先……渡り廊下の向こうで、防衛モードなる何かが物音立てて出迎えている。
俺の横では、同じく閉じ込められたミドウが何故かほくほく顔をしていやがって。
「アタシとせんせーで造った自慢のトラップ……アナタは越えられるのか!?」
「言うとる場合かぁ!!」
トラブルメーカーなザラメもいねぇし? 平和に出店を回れると思ったらこの有様なんだが。
佐藤探しどころではない状況に、頭が痛くなってくる。
そんでもって、一周回ってこう思うのだった。
文化祭って、何だっけ。




