始まる、文化祭と探し者
いよいよ文化祭が始まった。
カフェにお化け屋敷、それに劇やらバンドやら。日曜、月曜の2日間開催される秋の風物詩に、イベント好きなザラメがはっちゃけるのも無理はない。
この学校——佐藤塚高校の文化祭は外部にもかなり開かれている。俺たちのカフェが出店できたのも、そういう事情があってこそだ。
開会から30分。
移動版“喫茶こやけ”にもぞろぞろと客が訪れていた。
「ザラっち、こんぺいとうマシュマロパフェ1つくださいな!」
「同上、私にも1つ」
と、常連をはじめとしてそれなりの賑わいを見せていた。
「畏まりました!」
当カフェの新作メニュー“こんぺいとうマシュマロパフェ”が、サクサク売れていっているようだ。1人1個限定という縛りがあるのに、他のメニューよりも減りが早い。
「デウスさん、こんぺいとうマシュマロパフェ2つですっ」
「任せたまえ!」
作っているのは、ついさっき文化祭委員から釈放されたデウスだ。
流石は神と言うべきか。コーンフレークの上に、バニラアイス、マシュマロにこんぺいとうを手際良く乗せている。
カラフルなこんぺいとうは星のようにまぶされていて、俺よりセンスが良い。
そういう訳だから。ザラメは嫌がるだろうが、是非ともカフェの後継ぎになってもらいたいものだ。
俺は遊び放題できるし、デウスはザラメと一緒にいられるし、一石二鳥だと思う。
「こんぺいとうマシュマロパフェ、美味しい……」
コスズも看板を手に持ち、健気に呼び込みをしていた。
で。俺はというと、カフェを後にして1人文化祭巡りだ。
ちなみにニケルも午前は非番で、向かいの店でヨーヨー釣りに挑戦している。
俺も肩慣らしに何かやってみるかと、周りを見渡していると、
「11時には戻ってきてくださいよ! シフトの交代があるので」
ザラメに釘を刺された。
「へいへい」
「返事は“はい”ですよっ」
口を尖らせるエプロン姿のザラメに見送られ、新校舎の入り口にある受付で校内の地図と催し物のパンフレットを受け取った。
さぁて、大体2時間。
ザラメにも邪魔されない、平穏な文化祭の幕開けだ!
……と、意気込んでいた俺だが、早速足を止めちまった。
視界の端に、ぴょこぴょこと跳ねる2本の何かが映ったから。そのアホ毛の動きは、どんどん激しさを増して……。
「文化祭はトキメキフルスロットルだヨぉおおおおお!!」
茂みの中には、声量こそ抑えつつも興奮を抑えきれていない声の主が。
そいつこそ、学校のポルターガイスト兼文化祭委員のミドウだ。
メモにペンを走らせ、パッションをハッスルさせている。
どうやら、体育館裏にいる男2人の軽食タイムを観察しているっぽい。現在進行系で片方の男が、もう片方の口元に付いたパンの欠片を取っている。
……茂みから、「ぶしゃぁっ!」な声と鼻血が噴き上がっているんだが。誰だよミドウをこんなことで興奮させるようにしたの。
それから何度も昂揚の音をあげるミドウだったが、2人が移動したことでようやく落ち着いた。
ミドウはメモを閉じ、今度はアホ毛をゆっくりと揺らしていた。まるで、余韻に浸るみたいに。
「はわぁ……とっても良かったヨ……密着しつつも余白を思わせる距離感、匠の業だヨ……!」
鼻血を垂れっぱなしにして、天にも昇る心地だ。
いやこいつ、心だけじゃなく身体も天に向かって浮き上がってやがる……?!
「我が生涯に一片の悔いなし」って菩薩みたいな清々しい顔しているし、バックから女性のコーラスみたいな音もする。身体も透けてね? こいつ、消えるのか……?
「……見なかったことにしよう」
そそくさと立ち去ろうとした俺だったが、
「ほヨ? 郡さんだヨ」
「げっ」
バレちまった。コーラスが一瞬で止まり、ミドウが夢心地から一気に引き戻された感覚だ。
思わず目を逸らす俺に、ミドウは目を爛々と輝かせていた。なおも声を潜めつつ、俺の腕を包帯でホールドして。
「ねぇねぇっ、アナタもそう思うでしょ?!」
「知るかよんなもん! は・な・せ!!」
俺の平穏な文化祭は、思わぬヤツに邪魔されちまった。
————
文化祭で浮かれるのは、人もツカイマも変わらない。
「やっぱり文化祭は、恋とトキメキがいっぱいだヨ……!!」
段ボールや木の板でできた手作りの看板が立ち並ぶ新校舎の廊下。
折り紙の輪っかの連なった飾りは、如何にも文化祭らしいと思える。お化けやらメイド姿やらピエロやら着ぐるみやらを纏う生徒たちの姿は、まさに百鬼夜行だ。
ちらっと教室を覗けば、輪投げやスーパーボールすくい会場が広がっている。
今日だけの非日常ってヤツだ。
勧誘を躱しつつ校舎を練り歩く俺の横には、うっとりと頬に袖を置くミドウがいる。
包帯に巻かれた脚をふわふわと浮かせて、まさに浮足立っている。
そんな上機嫌のミドウへと、単刀直入に聞いてみた。
「で、“お願い”ってなんだよ」
ミドウは、くるっとこっちを向いて答えた。
首元から伸びる包帯が、羽衣みたいに宙を舞う。
「せんせーを探すの、手伝ってほしいんだヨ」
こいつが言うには、佐藤が見当たらないのだとか。
「それで探してたら、トキメキの気配をビビッと感じちゃって」
喋りながら、器用にアホ毛をピンと張るミドウ。
なんつー衝動。文化祭委員が、ハメを外しすぎじゃなかろうか。
「せんせーの幼馴染ってことは、せんせーが行きそうなところ分かっちゃうんでしょ?!」
「知らね。出店ぐらいしか思い当たるところねーぞ」
「そこはアタシも回ったヨ」
「うちのカフェは」
「もちろん行ったヨ。せんせーがこっちのに向かったっていうのは聞いたけど」
ミドウが生徒や教員に聞いて回るも、有力な情報は無い。見つからぬまま、新校舎を回り終えちまう。
「つーか、佐藤を探してどうするんだ?」
俺が聞くと、ミドウは窓の柵に袖を滑られながら言う。
外に広がる祭りの賑わいを、慈愛に満ちた顔で見下ろしていた。
「“おまじない”、かけてもらうの」
包帯は、朝見た時よりも緩んでいて。
綻ぶ頬は、ラムネ瓶みたくうっすら透けていている。その淡く無機質な感じが、さっき消えかけたのとは違うんだと告げていた。




