開場、お待ちかねの文化祭です!
そろそろ上着が欲しくなる時期だと、捲っていたシャツの袖を下ろしながら思う。
鰯雲が朝焼けに淡く彩られる空の下。ひんやりとした秋の風が、肌に染み込んできた。
暑さに寒さ。季節の移り変わりってのは、どうにも気になっちまうものだ。
まぁここに、上着が恋しくない――年中ラフな格好で彷徨くキョンシー女がいるわけだが。
そんなザラメも季節の行事には鋭くアンテナを張っており、今回だって例外じゃない。
「文化祭ですね、郡さん!」
そう。ニケルが毒を撒いたことによる2週間の延期を挟み……満を持して、今日が文化祭当日だ。
旧校舎と新校舎を繋ぐ大きな一本道。
生徒が移動教室で往来する校舎の要だが、今は出店が並ぶストリートに様変わり。
その通路に、俺たちの小さなテントが建っていた。鉄パイプの柱が伸びる先にがオレンジ色の布が張られている。そして生地には、白く丸っこいフォントで“カフェこやけ”、傍には吹き出しつきで“出張販売です♪”と書かれていた。
テントを見上げる俺とコスズの隣で、ザラメがこんなことを言ってきた。
「流石ザラメですっ。設営もバッチリですね!」
「やったの俺とデウスだけどな!?」
「ワタシも……手伝った」
当日の早朝ザラメに叩き起こされ、料理の下ごしらえやらテントの設営やらをさせられる俺。ニケルに買い出しさせる物も全部俺が調べたし。おかげで始まる前からクタクタなんだが。
「指示を出したのはザラメですよ。ザラメの敏腕指揮の賜物ですっ」
「二転三転しまくってたじゃねぇか! 何が敏腕だよ!!」
設営だけで一苦労。動きまくってかいた汗が冷えて寒いんだが?!
反発する俺の言葉を、ザラメは綺麗にスルー。
「それよりも郡さん、見てくださいよ!」
子どもみたく無邪気に笑ったザラメは、身体の全体――長袖のシャツの上に纏ったエプロンが見えるよう、数歩分俺から離れた。
テントの色と同じ橙のエプロンには、デカい胸に引っ張られた“カフェ こやけ”の文字がある。言わば店員スタイルだ。
おまけに胸元には、“外部出店”と記された札を留めていた。
いつも以上に張り切っているのか、くるりと一回転。
「ワタシも〜……」
コスズもザラメのマネをして、お揃いのシャツとエプロンを見せつける。
仕上げに2人で両腕を広げると、ザラメが声を弾ませて聞いてきた。
「ふふ♪ どうです? 似合ってます?」
「似合ってるも何も、いつもとさして変わんねぇだろ」
「うー、見る目がありませんね。郡さんは」
「節穴……」
「そうだぞ青年、こ〜んなにも愛らしいのに」
横から聞こえる声の正体は、そういや神だったデウスだ。
今日は手伝いってことで、こいつもシャツにエプロンを身に着けている。
「デウス様……エプロン、見て見て……」
両腕をぱたぱたと振るコスズ。
「似合っているぞ〜、コスズ。流石私のツカイマだ。店も繁盛間違い無しだな」
デウスが腰を屈めて笑いかけると、コスズもご満悦のようだ。頭の上にほわほわと花が舞っていた。
「そしてザラメも素晴らしい……!」
一瞬にして鼻を伸ばすデウス。
コスズに対する大人モードはどこ行ったよ。
「具体的にはそうだな、柔らかくもあたたかな笑み、小川のように心を洗ってくれる清らかさ、そして優しく包み込んでくれる包容力……」
聞いてもねぇのに、自分の身体を抱いて語りだす。
「コイツ出禁にならねぇのかよ」
俺と同じように準備に駆り出されてたってのに、よくまぁ舌が回るもんだ。
一周回って感心しちまう。ああはなりたくないが。
ザラメも呆れているし。
「やはり君こそ、私の花嫁に相応しい……!」
「断固として却下です」
「照れなくても良いのだぞ♪ だから今日もこうして、私とのデートを計画してくれたのだろう?」
「ただの文化祭の手伝いだろーが」
「違うな……これはザラメとの共同作業! ザラメが私を選んでくれたも同義!!」
ぜってぇ違うだろ。
同じく準備している人らが、2度見してくる。怪訝な目線で。
「お揃いの衣装であるだけでも興奮冷めやらぬと言うのに、同じ屋根の下だなんて……これは実質、新婚生活ではなかろうか!!」
通路の中心に躍り出て、高らかに叫ぶ神が1人。
歌うように語り、舞うようにステップを踏む様は、まるで舞台俳優によるミュージカルだ。
スポットライトも当たっていないのに、目を奪われそうになる。なんつーデタラメな求心力だ。
デウスは止まらない。留まる気配もない。
ザラメがいる方向へ、腕を伸ばす。……その先に、青いバラを掲げて。
「ふははは、夢のようだ!! そう! 今こそ、ザラメと私が1つにな」
ピピー!!
デウスの熱い演説は、突如鳴り響いたホイッスルによって遮られた。
笛の音の方向には、“文化祭委員”の腕章を付けたミドウの姿が。
「デウス様、御用だヨ!」
「続きは生徒会室で聞きますからねぇ」
ミドウの後ろから、ひょっこりと佐藤が顔を出す。朝っぱらからチュッパチャプスを咥えて。
鍵束を纏めた輪っかを指先で回しながら、佐藤は不敵に笑った。
「うちの生徒たちに、プラトニックなものは見せられないんで。んじゃミドウちゃん、後は頼むよ」
「任せて!」
「ちょっわ?!」
デウスの胴体に包帯を巻き付け、宙に浮かせるミドウ。
「ミドウ、主に何をするのかね?!」
「生徒会室に連行だヨ」
「まっ、待ちたまえ! 私にはまだ、ザラメとのランデブーがぁ〜……」
そのまま高度を上げ、デウスは旧校舎へと連れて行かれたのだった。
零れ落ちる涙が、朝日に煌めいて。
嘆きの声がフェードアウトアウトしていく。
……ザラメの何がアイツを夢中にさせるんだか。
「行っちゃいましたね」
ミドウの飛んでいった方角を眺めるザラメに佐藤や、ハンカチをひらひらと振るコスズの傍ら。地面に落ちた青いバラを拾い上げ、俺は溜息を漏らす。
「この文化祭も、タダじゃ終わりそうにねぇな」




