堪能、湯けむりのキョンシーと……
服を脱いだザラメが、お風呂場に乱入してきた!
2つ括りをおろした夕焼け色の髪が、華奢で陶器のように滑らかな肌が、ハリのある艷やかで豊満な胸が、タオルから垣間見える肉付きのある太ももまで!
その全てが刺激的すぎる!!
ザラメはオレの乱心に全く気づいていないっぽい。
ザラメって、恥ずかしがるとか無いのか? オレ男なんだけど。
まさか、オレが鳥だから羞恥心を感じないとか?
……それならちょっと、不本意だぞ。
「フンフンフーン♪」
ザアアアと水の降る音がする。
鼻歌を歌いながら、身体を洗い流すザラメ。
今はタオルを取っているから、振り返れば裸のザラメがいるわけで……。
オレは必死に目を背けつつ、なんとか平静を装っていた。
ずっと心臓がバクバクいってるぞ。
うう、顔の内側から熱い……。
目を背けるだけではダメな気がして、目を瞑った上で羽で覆う。
ワシャワシャ。
ザアアア。
ピチピチ。
横で聞こえる音から意味のある空想が膨らんで、その度に慌てて首を横に振った。
やがて音が止む。
だからうっかり目を開けて……オレは絶叫した。
「一緒に入りましょう!」
「ちょわっ、ピャァア?!」
オレの浸かっていた洗面器を持ち上げ、そのまま湯船に入ってしまったんだ。
ザラメのグランドキャニオンが、すぐそこに……。
ある意味1番の絶景だけど、オレの心臓が保たない。
オレはザラメに背を向けるようにして、座り直した。呼吸を必死に整えながら。
――――
「ニケルさん、聞いても良いですか?」
「何をだ?」
お風呂場で聞こえるのは、時折蛇口から雫の落ちる音と、動くたびにお湯が擦れる音だけ。
そんな時だった。ザラメが問いかけてきたのは。
「復讐をしようと思ったのは、茜さんのためなんですよね」
「……うん」
顔を伏せて答える。
「優しいです、ニケルさんは。それに強いです。周りに迷惑をかけるのは良くないですけどねっ」
――優しくなんかない、強くなんかない。
記憶は曖昧だけど、オレは負けたんだ。
力に呑まれ、激情に溺れた結果、オレは神の“再起”で全てを失った。
だったら……もしや今のオレは、もうツカイマですら無いんじゃないのか?
――本当に、何もできなかったんだな。
目線を落としていたオレに、ザラメが聞いてきた。
「茜さんって、どんな方だったんです?」
答えようとして詰まったのは、言葉にできなかったから。もう思い出のほとんどが、カタチを喪って取り戻すことができないから。
……奇跡でもない限り、無理なんだ。
……茜はこのまま、消えちゃうんだ。
「ニ、ニケルさんっ……?! 泣いて……」
優しくもない、強くもない。
その上、泣き虫だ。
雫が落ちて、水面に波紋が広がる。
頭の中が色んな絵の具でぐちゃぐちゃにされているような感覚で。
ザラメはずっとオレを撫でてくれたけど、嗚咽は止まらなくて。
お風呂を出た後のことは、よく覚えていない。
――――
温まった頭が夢を見せる。
今度は、この間よりもぼやけた夢。
だけど不思議だ。断片的じゃない、回想みたいな夢なんて……もう見られないと思っていたのに。
目の前にあるのが垣根だから、ここはお屋敷の縁側だ。大きなカエデの木が梢を揺らし、はらはらと葉っぱが落ちていく。
縁側に腰掛ける■の膝に、オレは乗っかっていた。
「また戻ってきたの?」
そう言って、■が指の腹でオレの頭を撫でた。
ピィとひと鳴きすると、困ったように笑う声がした。
顔にはもやがかかって、もう見えない。思い出すのも、遮られてしまうんだ。
真っ黒くてダボッとした服は、■に似合わない。
だけど、それ以外の服は知らない。
顔が紅く照らされていた。
見ると、空の向こうは真っ赤だ。まるで燃えているみたい。
夜と混ざって、少しだけ黒い色。
“茜色”って言うんだって。
「明日なんて、来なくて良いのに」
時々、夕焼けを見て■は言うんだ。
その時の顔は、悲しそうに歪んでいて……オレも悲しくなってくる。
もしも、■をイヤなものから守れたら……悲しまなくて済むのかな。
「見つけましたよ。またこんなところで油を売って」
女の人が、呆れて歩み寄ってくる。口ぶりからして、多分従者だ。顔は布で隠れていて、よく見えないけど。
「その青い鳥、以前手当てをした子ですよね」
「ええ」
「飼育係に預けたんじゃありませんでした?」
「勝手に抜け出しちゃうみたい。まだ上手く飛べないから、歩いて戻って来るの」
■の居るところなら、どこにだって帰ってくるからな!
今度はブラッシングしてくれた。
優しく撫でてくれるような感触に、身体を委ねてしまう。ちょっとだけ擽ったいけど。
「名前、つけないんです?」
その問いに……オレが知りたがっていたことに。
――■は静かに答えた。
「つけてしまったら、どこにも行けないじゃない」
――――
目覚めた小鳥は、ないていた。
「どこにも……行きたくなんて無かったよ」
さっき見た夢の中身も、あの子の名前も……オレにはもう思い出せない。




