逼迫、ニケル最大の危機?!
しばらくしていると、喋れるようになった。だけど声は鳥のままだから人間の姿だった時よりも甲高いけれど。
カルシウムたっぷりの煮干しを食べて安静にしていたから、体力が回復したみたいだ。
このままいけば、人間態にもすぐ戻れるはず。
デウス様が飛んでいき、郡が窓を閉めてからしばらくして。ザラメが目を輝かせ、手を叩くのだった。
「ニケルさん、お風呂に入りましょう!!」
――――
ここに来て、オレ史上最大のピンチだ。
「来るな! あっち行け!!」
「駄目ですよぉ〜、汚れてるんですからしっかり流さないとです!」
「お風呂怖いぞぉおおおお!」
「怖くなんかないですよ〜」
というかお風呂なんて入ったこと無いし!
でもあれだろ?! 水が熱いんだろ?!
焼き鳥になったらどーしてくれるんだよぉ!!
オレは喚き散らしながら、右へ左へ滑空。
ザラメはオレめがけ、飛んでは跳ねてを繰り返す。
慌てて躱しながら、できるだけ高くに避難だ。
真下に、羽根が儚く落ちていく。
「えいっ」
パンッ、パチンッ!
手を勢いよく合わせる音が、部屋に響いて緊張を誘う。
時々手が掠るたび、心臓が跳ねた。
この部屋は高所に足をつける場所がないから、気が休まらない。
羽を動かし、できるだけ高く飛んでいたが、長くは保たない。高度が落ちていき、ザラメたちが近くなっていく。
その度に強く羽ばたき、ザラメから逃げるのだ。
「えいっ、とうっ!」
パチンッ! パチンッ!
というか、ザラメって実は運動音痴だったり?
さっきから何度も掠りこそするけど、確保には至っていない。
パンッ! パンッ!
というか捕まえ方が虫を殺す時のヤツなんだよ!
思いっきり手ぇ叩いてるもん!
怖いよ! 風呂とか以前に捕まりたくないぞ!!
だがこの現状から考えるに、ザラメはオレを捕らえられない。
だったらこのまま、ザラメが諦めるまで持ちこたえて……
ヒュンッ――!
「え?」
空気を切る鋭い音が羽毛を震わせ。
気づいた時には、ゲームセット。
「なっ……!」
オレは白い網に取り込まれていた。藻掻いても、網の口をしっかり掴まれているから逃げられない。
緑色の柄の先には郡の姿。
「ったく、こんぐらいすぐ捕まえられるだろ」
オレを捕まえた男は、呆れ混じりの表情を浮かべている。
というか“こんぐらい”ってなんだよ?!
「うー、だってニケルさんってばすばしっこいんですもん」
ザラメは不貞腐れつつ、緩めた網の口の隙間からオレを取り出す。そして両方に手のひらで、オレを包み込んこんでしまった。これじゃあ飛べないし、羽だって動かせない。
「やだよぉ、お風呂なんて絶対入るもんかぁ!」
隙間からクチバシを出して抗議するけど、聞く耳1つ持ってくれない。
「うるせっ」
「んっ?!」
それどころかクチバシ摘んできたぞこの男!?
「んー! んっ!!」
振りほどこうと左右に首を振っても、ただの小鳥が人間に敵うはずもなく。
……力さえ戻れば、お前らなんかすぐ追い払えるんだぞ!
「ん゙ー!!」
「朝っぱらからキーキー鳴くなっての。耳が痛ぇ」
「ちょっと郡さん! ニケルさんを虐めないでください!!」
「んぷはっ!」
ザラメが手を高く挙げ、俺を郡から離してくれた。
「大丈夫ですか?」
言って、オレの頭を指の腹で撫でてくれるザラメ。
キョンシー特有の力か。滑らかな指の感触が、俺の心を惑わせてくる。つい、身を委ねてしまう。
気づけば足から尻まで、ザラメの手の上で溶けるように座っていた。
完全に脱力した俺のそばで、ザラメが顔を顰めていた。
「郡さんってば、動物虐待ですっ」
「ツカイマだろ」
「すぐ屁理屈を捏ねるぅ」
郡を睨めつけるザラメ。怒っているみたいだけど、正直怖くない。むしろ……可愛いぐらいだ。
「野蛮ですっ。ねー、ニケルさん」
柔らかい声で、オレに同意を求めてきた。
うん、郡は野蛮だ。野蛮人間だ。
「そうだな」
「ザラメの方が優しいです」
「そうだな」
「では、優しいザラメとお風呂に行きましょー!」
「そうだな……あ」
しまった! つい乗せられて……
「い……嫌だああああああああ!!!!」
こうしてオレは、廊下をスキップするザラメによって、お風呂場へと連行されていくのだった――。




