喪失、生まれ変わった小鳥の記憶
造り物の夜みたいな、瑠璃のセカイで夢を見る。
……オレの復讐は果たせなかった。
茜に報いたかったのに。
胎児のように、星空の中でオレは蹲っていた。
神様に選ばれる前の記憶は、もはや曖昧だ。
思い出せるのは、オレが小鳥だったってことと、片翼を怪我したオレの手当てをしてくれた“茜”っていう女の子のこと、それから……オレは茜の“呪い”で死んだこと。
……あとはそうだ。
茜がもう1つの名前を嫌っていたこと。
優しい声が駆ける。
柔らかな言葉に脈打つ。
茜の、夕焼けみたいな音色が心地よくて。
だけど甘い思い出は、輪郭を失っていって。
手を伸ばしても、掴めない。
神様が、オレを“再起”したから。
それはニケルそのものの輪廻だ。神に“再起”されたって事実こそ残るけど――オレの身体も記憶も、リセットされるんだ。
仕方のないことだって、割り切っている。
オレの暴走は本来の筋書きにはないことで、放っておけば、災厄にもなりかねない。
だからあの時、デウス様がオレを止めたことを恨む気はない。
だけど小鳥だったオレは、言えないまま消えた。
たった1つの、茜への恨み言を。
どうしようもないオレのわがままが、不意に溢れ出した。
――名前ぐらい、付けてほしかったよ。
救いを求める人間の、耳障りな喧騒も。
茜を苦しめた毒も。
オレを殺した炎の温度も。
茜の痛々しい笑顔と……生きているのに、死んだような目も。
思い出せなくなっていく。
報いたいって願いも、泡みたいに溶けていく。
あの子の顔の輪郭も、オレを包んだあったかい感触も、薄れては消えていって。
――ニケルは、再び目を覚ます。
――――
「ニケルさんのお世話をしようと思います!」
「なんでそうなるんだよお前はぁああああ!!」
「ピィイイイイイイ?!」
朝日が差し、開いた窓から風にカーテンがそよぐ部屋の中。
郡って名前の男の住処で、オレは匿われることになったわけだけど……。
このザラメって女の子、能天気も良いところだ。
ザラメの掌の上で、目が点になってしまう。
オレはさっきまで、お前らと戦っていたんだぞ?
お前の仲間を毒で侵して、お前だって傷ついたじゃないか!?
「なんでツカイマを養うって発想になるんだお前は! そもそも、このアパートって動物買って良かったか?!」
「はい! 大家さんに確認したところ、このぐらいの小さな動物なら大丈夫だそうです!」
するとザラメは、オレを顔の前に持っていって頬ずりを始めた。
「それにぃ、ニケルさんってばすっごく可愛いんですぅ♪」
冷たい肌の感触が伝わって気持ちが良い。
擽ったくて、じれったい感覚が癖になる。
女の子にここまで接近されるなんて初めてだし、胸の谷間も見えるし、なんかドキドキする……
……じゃなかった!
「ピィッ、ピイイイイ!!」
(はっ、離れろよおおおお!!)
両方の羽を使って、ザラメの顔面を押し戻す。
「意地っ張り屋さんなの、すっごく可愛いですぅ……!」
「ニケルを可愛がるザラメも可愛いなぁ♡」
声のする方向を振り返ると、そこにはビデオカメラを持ったウキウキのデウス様がいた。
鼻血を床に垂らし、「ムフフ〜♡」と頬を緩めていて……オレを“再起”したの、本当にこの神様? 顔つきが全然違うんだけど。
「げっ、デウスさん」
「そこまで嫌がる?! だが嫌悪感剥き出しのザラメも至高!!」
「うわ、出た」
「そんな神を化け物みたいに……」
「ピピィ……」
(不審者……)
「ここに私の味方はいないのか」
悲しそうに呟くデウス様に、郡が尋ねた。
「で、何しに来たんだお前は。つかいつから居たんだよ」
「来たのはつい先ほどだ。というより、何度か様子を見に来ていた」
「デウスさん、ニケルさんと郡さんの様態が悪化していないか確認してくれているんです」
「そうとも。青年、具合はどうかね」
問われた郡は淡々と答える。
オレを親指で差して。
「おかげさまで、こいつにやられた背中以外は異常無しだ。他のヤツらは無事か?」
「ああ」
短く答えて首肯するデウス様。
「ニケルもすっかり回復したようだな」
そう言って、微笑むデウス様。
目尻の下がった顔は優しく、オレを刺したのと同じ神様とは思えないほどだ。
「さて、用事も済んだ」
「もう戻るんですか?」
「いや、まだ戻らん」
全員が怪訝な顔を向けたところで、デウス様はビデオカメラをザラメに向けた。
「このビデオのデータいっぱいに、花嫁の一挙手一投足を余すことなく残すのだ……♪ ザラメ〜、こっち向いて〜♡」
「ファイア・改!!!!」
「ヒギャアアアアア!?!?」
「ピィッ?!」
熱を感じ、思わずザラメの手から飛び退く。
ザラメの詠唱とともに、デウス様の尻に緑の炎が着火。ジェット機みたく窓から外へ打ち上げられ、
「キラーンッ……」
朝の一等星になってしまった。
デウス様の発射に巻き込まれたカーテンが、余風で揺れている。
「派手に飛んだなぁ」
「最高記録ですねぇ。ザラメの才能が怖いです」
呑気か?
ザラメと郡が、デウス様の飛んでいった方向をしみじみと望んでいる最中……一方でオレは、胸の奥で引っかかるものがあった。
……さっきの炎、どこかで知っているような?
頭を捻り、記憶を探ってしてみたけれど、結局思い出せなかった。




