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ぐっど喪ぉにんぐ!! 〜土葬少女のセカンドライフ〜  作者: わた氏
9章 復讐? 強がりパンデミック!
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幕引き、怨毒異変

 足が地面から離され、身体が宙を舞う。

 いや、舞うだなんて軽やかなもんじゃねぇ。

 ニケルに蹴られた俺は猛スピードで飛ばされ、そのままの勢いでフェンスに激突した。

 俺がぶつかったのに呼応し、緑のフェンスが激しく揺さぶられた。


「郡さん!!」

「っつぅ……」


 尻餅を付いた俺に、ニケルがじりじりと距離を詰める。

 マズい。早く起き上がらないといけなねぇのに、身体が痺れて動かねぇ。

 脚で踏ん張れないし、腹筋や床に付く手に力が入らない。

 目が眩み、眼球の裏で火花が弾けるような錯覚。

 ……これも、ニケルの力か。


「まずはお前から」


 謎の声のせいだろう。ニケルの様子が明らかにオカシイ。さっきまでのガキっぽさが消え失せ、ただただ殺意を滲ませていた。

 あの声はあれきり聞こえないが、ニケルへの影響は今も続いている。


「こうも変わるものなのかい、ツカイマって。ゲホッゲホ」


 口と鼻を白衣の袖で覆いながら、佐藤はニケルを見定めていた。

 こいつも毒に侵されている分苦しそうだ。


「飢えさせられてる……」

「手遅れな予感だヨ」


 コスズとミドウの目の色も変わる。ツカイマのことは詳しくないが、それでも仲間としての温情を放り投げたんだってのは分かる。


 深く息を吸いたいのに、呼吸が浅くなる。

 それでも、寄ってくるツカイマの気迫に圧され、息を吸っては吐いての周期が速まっていく。

 過呼吸で息が苦しい。おまけに、漂う毒素のせいで脳に酸素が行き渡らず、頭も回らない。


 紫紺の瞳が、禍々しく灯る。


「バカな人間には、相応の報いを」

「させません!!」


 俺の鼓膜を震わせたのは、ザラメの声だった。

 そして次の瞬間、温かな緑の炎が俺とニケルの前に立ち塞がった。


「もうやめてください! 郡さんは、貴方に恨まれるようなことしてないでしょう?!」

「してないなんて、あり得ない!」


 一層、ニケルの叫びが強くなる。


「この世界にいるだけで悪いんだ!!」


 竜巻が、俺とザラメを巻き込んで大きくなっていく。

 フェンスに手をかけて、風に身体を持っていかれないようにする。

 細めないと、目が痛くてたまらない。

 空気は毒素まみれ。強い臭いが肺を刺して呼吸ができない。見えている景色が、朧げになっていく。


()の祈りを踏みにじった人間も! その恩恵を受けるこの世界の人間も!!」


 ……茜って、誰のことだよ。


 思えど、じっくり考える暇なんて無い。風速は苛烈に、風圧は獰猛に、俺たちの肌を切っていく。

 ニケルの気持ちが昂るほどに、竜巻は勢力を増していって。ニケルの語気も、強くなって。

 憎悪に歪んだ顔は、しかし別の意味でも歪んでいた。


「泣いてるんですか……?」


 ニケルの目から零れた大粒の涙が、風に紛れて消えていく。


「人間なんてキライだ……全部全部……いなくなっちま――」






 ――ツカイマの叫びは、そこで途切れた。


 今の今まで猛威を振るっていた竜巻が、一瞬で霧散した。あんなに強烈だった臭いも、あっという間に薄まっていく。

 そうして開けた景色――その空は、昼の青ではなかった。

 言うなれば、スクリーンに映した夜のよう。星の瞬く、瑠璃の色をしている。


「なっ……?!」


 ニケルの胴体には、大きな針が刺さっていた。

 金色と銀色……この“空”にまぶされた星と同じ色をした時計の針だ。


「オイタが過ぎるぞ、ニケル」


 冷たく重々しい声が、屋上に鎮座する。首を絞められているわけじゃないのに、息が詰まるような圧迫感がある。

 唖然とするニケルを挟んだ向こう側からは、声の主が歩いてきた。

 そいつは、俺がよく知ってるヤツで。

 曖昧な意識のまま、そいつの名前を呟いた。


「デウ……ス」


 だが、いつものデウスと雰囲気が違った。

 竜巻の残滓に靡く金髪は、普段と異なり解かれていた。

 黒を基調とした衣装は、舞台の幕を思わせる。襟には銀の、長めの裾には金の装飾がついていた。

 おまけに頭には、歯車を半分に切ったようなものが浮いている。


 今のデウスに、爽やかな笑みは無い。

 ニケルを射抜く宝石の瞳は、輝いているのに無機質だ。

 人も人外も等しく……万物を否応なく静止させる様は、神そのもの。

 ぼやける視界に捉えたデウスは、いつもと別人に見えた。


「時は満ちた」


 カツカツと靴を鳴らす淡白な音。

 仰々しい普段とは違う。抑揚のない規則的な音色は、時計の針が動く音に似ていて……。


 やばい……もう駄目だ。


「ニケルの“再起“を開始する」


 デウスの宣告を最後に、俺は意識を手放した。






 ――――


 次に目を開けたのは、家の寝室だった。

 薄暗い部屋の、白い天井が見える。


「ってぇ……」


 上体を起こすも、背中に痛みが走って思わず体を丸める。

 フェンスに叩きつけられた時のだろうか。あの蹴り、強烈だったもんなぁ。


 記憶を巡らせつつ背中をさすっていると、徐ろに扉が開いた。


「あっ、郡さんおはようございます〜」


 扉を開けて入ってきたのはザラメだ。

 ツカイマと戦っていたとは思えない、いつも通りの調子に、心がほぐれていく心地を覚えた。


「お身体は大丈夫ですか? 痛むところはありますか?」

「背中がまだ痛いが、それ以外は別に」

「なら、後で湿布を貼ってあげます。それよりも、郡さんに大事なお話があります!」


 そう言って、俺の腕をぐいっと引っ張るザラメ。


「ちょっ、おま……!」

「見てほしいものがあるんですよ!!」


 勢いよく引っ張んな、背中痛ぇよ!!

 子どもみてぇな無我夢中の顔をして、駆け足で廊下を進むザラメ。

 その先にあるリビングに居たのは――煮干しを砕いては頬張るそいつは、手のひらサイズの水色の鳥だった。


「この子、ニケルさんなんです!」

「はぁ?!」


 このちっこい鳥が?!


「信じられねぇ……これ夢? あいつの毒にまだやられてんのかな、俺」

「夢でも毒でもないですよぉ」


 信じられなくて、餌をつつく鳥に目を凝らす。言われてみれば、体毛の水色がマントの色と一緒のような気もするが……ここまで劇的に変わるものなのか?


「じゃあなんでこんな姿になってんだよ」

「デウスさんが“再起”をしたら、この姿になりまして。デウスさんが言うには、暴走した力を回収した影響みたいです。可愛いですねっ」


 抗議せんと、ニケルがピィピィ鳴いている。


「鳴き声も可愛いですっ」

「ピィイイイイイ!」


 “可愛い”と言われるのが嫌っぽいな。


 ともあれ、俺が気絶している間に事が進んでいたらしい。他のメンバーは皆無事で、あの後解散したようだ。

 で、ニケルはザラメが連れ帰ってきた、と。


「つーか、大丈夫なのかよ。また毒を出すとか」

「この姿だと、毒を操れないそうです。それに体力を消耗しているので、しばらくは人間の姿にも戻れないって、デウスさんが言ってました」


 まぁ、あいつが言うなら本当だろうな。


「そういうわけなので……」


 なんか嫌な予感がする。

 小鳥版ニケルを掬うザラメに、胸騒ぎを覚えた。


 餌を食っていたのに邪魔されて、ニケルは不服そうにしている。なんならクチバシでザラメの手を突っついていた。

 俺も次の台詞を察して、顔が引き攣る。

 そんな俺とニケルを気にもせず、ザラメは言いやがった。

 死体なのに活きの良い、100点満点の笑みで。


「ニケルさんのお世話をしようと思います!」

「なんでそうなるんだよお前はぁああああ!!」

「ピィイイイイイイ?!」


 ツカイマ絡みの波乱は、まだまだ続くっぽい。

 ……満場一致、ザラメのせいで。

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― 新着の感想 ―
水色の鳥のニケルの世話をすることになったザラメたちの運命や如何にじゃな!それよりも郡は大丈夫かのう?思いっきり暴走したツカイマのニケルに蹴り飛ばされたのじゃ。頑丈なのは分かっているのじゃが、無理しない…
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