乱入、第3のツカイマ!
窓から身を乗り出して、少年は顔を真っ赤にしていた。
この流れで現れたとなると、どう考えてもツカイマだ。
外見的には、中学生ぐらいか。
黄土色の髪は外向きに跳ねて、アクセントに左横の髪が紫色に染まっている。後ろで束ねた3つ編みは風に揺れる。
服はカンフーでよく着用されている武術服。3つ編みの1つ結びと言い、うちのキョンシーと気が合いそうな格好をしている。
特に目を惹くのは、翼を模したマントだった。水色を基調とし、眺めているだけでも羽毛の質感が分かる。左側に靡くそれが、片翼の怪鳥を思わせた。
ツカイマは滝汗を流し、歯をぎりぎりと鳴らしていた。
「よよ、よ、余計なこと言うなよな!」
声変わりのしていない、興奮したガキの声が教室に響く。
「……佐藤、他になんて……?」
「確か、『あとはこう、マントをバサァっとした方が良いな!』って」
「おお~……」
「うわああああああああ!!」
容赦ねぇなお前ら。
ツカイマはマントを口元まで押し上げ、耳まで赤くして悶えている。
茶番を繰り広げているところ悪いが、話を進めるぞ。
「お前がニケルか?」
「おっ、やっと聞いてくれたな。ふっふっふ……我こそ、泣く子も黙る毒の使い手! その名は……」
「見て郡、身体が元に戻ってきた!」
「マジか!?」
「え、ちょ。オレの名乗りを……」
振り返ると、溶けていた佐藤の身体が元通り。
手を触ってみても、スライムになったり崩れたりすることは無い。
頭のてっぺんから爪先まで再確認するが、異常は見当たらなかった。
何故急に治ったのかは分からないが、一安心だ。
「せんせー、良かったヨぉ……!」
「一件落着ですね!」
「ハッピーエンド……」
「終わってないから! まだ外は大惨事だから!!」
痺れを切らして、教室に侵入してきた。
「全く……この時代の人間は、危機感や恐怖心を置いてきたのか? オレがいた頃と違いすぎるだろ」
カッコつけられず、不満が溜まっているっぽい。
さすがに申し訳なく思ったのか、ザラメが会話を繋ぐのだった。
「すみませんニケルさん。続きをどうぞ」
「次こそは遮んなよな」
ニケルはわざとらしく咳ばらいをして、大仰にマントを広げて語った。
揺らしたマントの先から、飛沫が跳ねるのも気にかけず。
「我が名はニケル! 偉大なるリィンシー様にお仕えする、忠実で強大なツカイマだ!!」
やっと言いきれて満足なのか、ドヤ顔のニケル。
……いや待て。聞き捨てならない単語が聞こえたんだが。
「——“リィンシー”とは、誰かね」
俺が聞くより先に切り出したのは、デウスだった。
だが、いつものような余裕はない。爽やかさは鳴りを潜め、淡々と詰問する。
「さぁな、分かんない。直接会ったことも無いし」
「だが、君の力は……その“リィンシー”に依るものだろう?」
「もちろん! だけど、おかしな方だったぞ」
両手をそれぞれ反対側の袖に仕舞い、ニケルは続けた。
曰く、ノイズが掛かったような声と姿をしていて、特徴すらも捉えられなかったらしい。
「それから、おっかなかった。この世界を壊そうとしててさ。オレには……関係ないことだけど」
寂しげにマントの毛を撫ぜるニケル。
——世界を壊す。
なんとも途方もなく、現実味の無いことを言う。キョンシーやら神様やらがいるヘンテコな世界だが、群を抜いてオカシな話だと思う。
それに、そのリィンシーってヤツ……世界を壊して、その後どうする気なんだ。
「でも、デウス様なら知ってるんじゃないのか?」
不意に、ニケルが問いかける。
特に含みも無く、さも当然のように。
——同じ神様なんだしさ。
その言葉に、デウスは目を大きく見開いていた。
「…………今、なんと……?」
壊れたビデオみたく、何度もうわ言が繰り返されていて。口を閉ざすのも忘れ、茫然とニケルのいる方向を眺めているだけだ。
あのデウスが、ここまで動揺するとは。
「ともかく! 異変を収めたいなら、我と戦って勝つことだ!!」
宣戦布告とともにマントから羽根を引きちぎり、生徒会室の床に投げつけた。
突き刺さった羽根の先からは膿のようなものが滲み、床に染みていく。
「ここはもうじき、我の毒に支配される。言っとくが、他の教室にはもう仕込んであるからな。逃げても無駄だぞ」
窓の柵に足を掛け、宣戦布告。
「決闘は屋上でだ!」
そう言い残し、枝から空へと飛び上がる。
「慌ただしいヤツだ……」
「絶対来るんだぞ!!」
いなくなったと思っていたニケルが、突然逆さまに顔を覗かせる。
念には念を。釘を刺し、今度こそ去っていった。
「何だったんだ……」
如何にも幼い勝負宣言。ただのガキならデタラメだと流せるが、相手はツカイマだ。
部屋を蝕む甘ったるい匂いが何よりの証拠。
吐き気を催す媚びた薫香に、鼻が曲がりそうだ。
「行きましょう、ニケルさんに会いに」
建物の中に残ったところで、身体が溶けるのを待つだけ。
だったら、真っ向から退治しに行くほかない。
足早に教室を抜け出す最中。
デウスが不意に、突き刺さった羽根に目を向けた。
溶け始めるそれを見下ろす瞳に、憐れみと苦渋を満たし。
そしてぽつりと零したのは、漠然とした……しかし確かな危惧だった。
「あんなにも強力な“奇跡”……もつのだろうか……」




