聴き取り、佐藤教諭は暴露する
「溶けてんな……」
「溶けてますね……」
旧校舎の生徒会室。
ミドウと佐藤の溜まり場になっているらしい教室で、俺とザラメは揃って息を呑んだ。
何故なら今の佐藤は、文字通り溶けているから。
四肢の先がドロドロに液状化し、顔からも溶けたモノが滴っている。一方、所々しなびて枯れているようにも見えた。なんとも不気味だ。
「いやぁ、油断したなぁ。ここまで強い毒とは」
「強いどころじゃねぇ!」
ソファに座る当事者は、あっけらかんと笑っている。いたって平常運転と知らしめてくるみたいで、調子が狂う。
ザラメが俺の袖を引っ張って、不安な顔で尋ねてきた。
「こんなことって、あり得るのでしょうか」
「あってたまるか」
どこの世界に、文字通り人間を溶かす物質があるんだよ。あったとしても、普通浴びたら死ぬはず。
その上、防護服もガスマスクも意味をなさなかったらしいから、なおさらあり得ない話だ。
だと言うのに、当の佐藤は生きている。なんならいつも通り喋ってるし。幸いには違いないが。
「どっか痛むところは」
「んー、少しヒリヒリするぐらい」
患部が痺れているようだ。
触って状況を確かめようとも思ったが、“毒”となるとマズいか。
「せんせー……消えちゃわない……?」
しゃがみ込むミドウの目には涙が溜まっている。
よほど不安なんだろう、無理もない。
「大丈夫。心配かけてごめんね」
慰める佐藤の声は、いつになく優しい。手が溶けているからか。ミドウに何度も触れようとして、しかし遠慮がちにそっと引っ込める。
「どう思う、デウス」
俺とザラメは振り返り、神に問う。
「ツカイマの仕業だ、間違いない」
デウスは、真剣な顔で窓際の壁に背をつける。
「ザラメから連絡が来たものだから、デートのお誘いかと思って張り切ったのに……」
神妙な表情のまま、溜息を漏らしている。
「グラウンドの木々も、同じように溶解している。生物全般に効く“劇物”なのだろう」
言って、くいっと顎をグラウンドに向けた。
見てみると、グラウンドの北側を中心に木々が液状化している。
一方で、建物やコンクリートには影響が出ていない。デウスが言ったように、このツカイマの力は対生物に特化しているのだろう。
生徒会室の傍に生えている大木はまだ影響を受けていないが、時間の問題だ。
「生徒や他の教師に被害者はいないが……人的被害が出ているのは事実。被害が増えようものなら、強硬手段も視野に入れんと」
眉間に皺を寄せ、囁くようにデウスは言う。
険しい声だが、怒りとは違う……裁定者たる神としての圧をひしひしと感じる。
「強硬……それって……」
ザラメがごくりと唾を飲む。
言葉は尻すぼみ。デウスの威圧に、こいつも慄いているのだろうか。
もしくは、能天気で平和主義なザラメのことだ。“強硬手段”に思うところがあるのだろうか。
「あまり講じたくは無いが……やらねばならんかもしれん」
デウスは少し目を伏せ、固く口を結んでいた。
「ぴちょぴちょ……してる……」
一緒に来たコスズは、人差し指で恐る恐る液体部分に触れていた。
溶けたところを触るたび、チャプチャプと水を掻くような音が鳴る。おおよそ友人の身体とは思えなくて、気色悪い。
まさにスライム、見ようによってはゾンビだ。
「コスズちゃん、触ったら身体に良くないですよ。痺れちゃうかも」
「ブリキだから……平気……」
コスズは毒性に強いようだ。
「どんな気持ち……?」
「なんか身体が柔らかくなった気分だよ。心も軽くてね……ちょっと待って。これなら、しばらく学校を合法的に休めるんじゃ……?!」
「アタシの心配返してヨ」
駄弁っているコスズたちから、デウスに視線を移した。
「デウス。佐藤はその……大丈夫なんだよな」
「断言はできん」
デウスの表情が翳る。
例のごとく今回のツカイマも、想定以上の力が出ているとのことだ。だから主であるデウスにも、全ては分からない。
暴走の原因、諸悪の根源は今も掴めていないらしいし、どうしたもんか。
「元に戻す方法は無いのでしょうか?」
「うむ、ツカイマの力が弱まれば……恐らくは」
結局、今やるべきは異変解決ってことだ。
「おい佐藤、溶けた時のことを詳しく聞かせろ」
こいつなら、異変に巻き込まれる中で元凶のツカイマを目撃してるかもしれねぇ。
佐藤は僅かに首を傾げ……肌の色をした液体を床に落としながら、語り始めた。
「子どもの声を聞いたよ。口調からして、男の子だと思う。……というか、堂々と自己紹介されたね」
「自己紹介、ですか?」
ザラメが不思議そうに首を傾げる。
すると佐藤。一呼吸し、ツカイマの“自己紹介“を復唱してみせた。
『我が名は偉大なるツカイマ、ニケル! 目的は復讐だ。恐れ慄け、震え上がれよ愚かな人間!!』
色々つつきたい。
疑問が次々と噴き出してくるが、一旦心の中に仕舞っておこう。
「復讐……」
ザラメは引っかかっているみたいだが。
佐藤の再現はまだ続く。
『我は人知を超えるツカイマ。この時代の”呪術師”どもが、我に敵うはずなどない……が。それでも戦うつもりなら、屋上で待つ! 我が毒の前にひれ伏すんだな!!』
なんつーか、宣言がガキのそれだ。
「それとねぇ……」
まだあるのか。
『ようっし決まったぞ! ……待てよ、最後の“ひれ伏す”ってところ、“隷属”の方がカッコイイかも』
「って、健気に類語辞典引きながらね」
「そこは言うなよおおおおおお!!」
佐藤の言葉をかき消すように、悲鳴にも似た絶叫が響き渡り――。
振り向くと、開いた窓に少年が乗り出していた。




