明かして、心からの理由
「むぅ、何か言ったらどうです? いつもの威勢と減らず口はどこに行っちゃったんですか?」
煮え切らない俺に痺れを切らしたのか、突然ザラメが飛び込んできた。
逃さないと言わんばかりに、俺の顔を両手で挟むザラメ。身長差を背伸びで埋めて、不服そうに頬をぷっくりと膨らませていた。
「……っ!」
倒れそうになるのを、一歩足を下げてこらえる。
言葉を探して喉を震わせるも……なんつーか気恥ずかしくて、蚊の鳴くような出力になっちまう。
「…………気に、なったから……」
「ほぇ? すみません、聞こえなくて」
もう一回言えと?
追い詰めてきやがって……。
……ああもう、言ってやらぁ! 聞こえるように言えば良いんだろ?!
「気になったからだよ! お前がこんな時間にうろうろして、何も思わないわけねぇだろ!!」
顔を押さえられているせいで、嫌でもザラメと目が合う。
死ぬほど顔が熱い。ザラメが手から炎を出してんじゃないのかと、信じたくなってくる。
ザラメはと言うと、呆気にとられた様子だった。
「ザラメのこと、心配してくれて……?」
呟く声は、驚いたからか少しだけ上擦っていた。
ほんの僅かに表情を和らげたザラメと対照的に、俺の身体は強張っていく。
「あ……ぁ、だから、その……」
身体がむず痒くて落ち着かない。高鳴る拍動は、ずっとうるさい。
ザラメは押し黙って、次の言葉を待っていた。
物音1つたてずじっと俺を見つめる様は、いつまでも待つ気なんじゃないかと思えるぐらい健気で……ザラメが静かだなんて、余計変な気分になる。
だから、この気まずさを除けたかったのかもしれねぇ。
――意を決して、思いの丈をぶつけた。色々絡み合った、俺の気持ちを。
「知りたいんだよ、お前のこと」
………………。
言い切った俺と、戸惑うザラメ。
長い長い沈黙の中、ピンク色のライトが忙しなく動いては空に伸びている。
そんななんとも言えなくなった空間に一石を投じたのは、一通の着信音だった。
ザラメの携帯が鳴っていると理解するまで、数秒のタイムラグ。
「ザラメの携帯ですね! 少々お待ちを」
慌てて電話に出るザラメ。
通話に耳をそばだてる俺。
うっすら聞こえるのは、男の声。
ザラメは頷きつつ話し、最後にはご丁寧に「失礼します」と告げて通話を切った。
「誰からだよ。お前をここに誘ったヤツか?」
「“ヤツ”なんて失礼ですよっ、ザラメを誘ってくれた、優しい先輩です」
優しい先輩、ねぇ。そのお相手が、わざわざ夜の丘で何をする気だったのか。
訝しみながら、腕を組んでつま先を地面に打ち付けていると。
「今日は中止になっちゃいました。初体験はお預けです」
「ふぅ〜ん」
ささくれだった感情を抑え、努めて淡白に返す。
「楽しみにしてたんですけどね……」
「へぇ〜」
「でも中止なら仕方ないです。次の練習までに、台本のセリフを頭に入れておきましょう」
「そっかそっかぁ〜…………ん?」
…………なんか今、夜のお仕事に似つかわしくない単語が出てきたような。
「練習…………台本?」
「はいっ、これです!」
ザラメの鞄から登場したのは、さっき垣間見えた紙の冊子だった。
表紙には“第5回丘の上演劇祭り 台本”と書かれている。これってつまり……
「ザラメ、今度ここで開催される演劇祭りで代役を任されたんです。なので、本番と同じセッティングで練習しようってことになってですね」
開いた口が塞がらねぇ。
台本の表紙を顎の辺りで掲げ、ザラメは語った。
「え、は? 演劇? じゃ、じゃああの城も……」
「もちろん舞台装置です。この演劇祭り、舞台となる建物が毎年テーマとして決まってるんです。今年はなんと、3Dプリンターで作ってて……」
俺が指差したアダルトキャッスルにも、ザラメは詳しく回答してくれやがった。
だが最後まで入ってこず、代わりになだれ込んでくるのは忌むべき思い出。勘違いした挙句、黒歴史を量産した事実に悶絶が止まらねぇ。
「そうだっ、郡さん! せっかくなので練習に付き合ってもらえませんか? 台本は貸すのでっ」
ザラメの声が、右から左へ流れていく。他の音も、全然耳に入ってこなかった。
穴があったら入りたい。引き篭もってやる。
「是非とも、郡さんにお願いしたいんです!」
台本を俺の前に掲げ、興奮気味のザラメ。前のめりになっているのは、初めてへの好奇心故か。
その瞳には尊敬の念が孕んで輝き、なんつーか、胸を擽られる気分だ。
……まぁ? そこまで俺が必要なら、特別に協力してやっても……
「さっきのファンの演技も、すごく個性的でしたし」
「ヌ゙ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!」
やめて掘り返さないで!!
純度と善意100%の褒め言葉が、俺の心を滅多刺しにしてきやがる。丘に響く悲鳴は、もはや断末魔の叫びだ。
身体は仰け反り、掻きむしった髪は乱れ放題。
硝子のハートも粉々に砕かれ、俺は心から誓う――。
ちくしょう、尾行なんてやめてやらぁ!!
ーーーー
ザラメメモ
ーーーー




