どうして、ここにいる理由
「できました〜!」
満開の表情で、手鏡を俺に向けるザラメ。
暗いから見えん。月明かりを頼りに目を凝らしていると、すかさずザラメがウインクしてみせた。
「お任せください!」
言い終えると同時に、炎を指先に灯すザラメ。
現れた光は辺りを淡い緑で包みこみ、鏡に文字を映した。
緑がかったマスクに書かれているのは、の丸っこい“ザラメ”と、“Love you♪”のメッセージ。
こりゃ、勘違いするファンが大量発生しそうだ。
「では続きまして、夏にピッタリ! ザラメちゃん☆ファイアワークスのを大盤振る舞いを……」
まだやんのかよ?!
しかもお楽しみ回の演目みたいなノリで?!
「ソレヨリチミ、ヨウジガアルンダロ?!」
強引にでも話を替える。
するとザラメは、「はっ!」と短く声をあげて手を叩いた。
「そうでした、急がないと!」
勢いよく立ち上がって、片手を軽く掲げる。
「ありがとうございました〜!」
走って向かうのは、あのアダルトキャッスル。
「おい、ザラ……っ!」
猪突猛進すぎんだろ、あいつ……。
俺は再び、尾行の構えについた。
――――
ザラメの後をつけ、頂上の頂きに着いた俺は、低木に紛れて息を殺していた。目線の先には、ザラメの姿がある。
ザラメは城の前で、そわそわと手を弄っていた。
遠いし暗いから表情は読み取れないが、緊張しているようだった。
「少しは足しになると良いですが」
そう、不安げに呟くザラメに。
胸元のボタンを、弄るザラメに。
……そこまで家計が逼迫しているとは思わなかった。
ザラメが自分の身を差し出すことになるなんて。
軽い気持ちで来てみたら、後味の悪いもん見ちまった。
痛みに胸を押さえる。
“針で刺されるような”なんてやわなものじゃなく、刃物で責め立てられるような苛みに、つい舌打ちをしていた。
ザラメはスタイルも人当たりも良いし、初めてのヤツとだってすぐに打ち解けちまう。すぐ調子にのりやがるし……煽てられたらコロッと身を委ねちまいそうで……。
書こうと思って取り出したメモだが、マス目が全然埋まらない。ペンを持つ手も進まずにいた。
「格好の特ダネだっていうのに……」
“ザラメは、”で止まった文章を見おろし、荒い息を吐く。書けねぇわ。
……しょうがねぇ。突撃かますか。
メモとペンをズボンのポケットに押し込み、徐ろに立ち上がった。
――――
「初体験……上手くできるでしょうか……」
「何やってんだよ、ザラメ」
「わわっ?!」
肩を跳ね上げるザラメ目がけて、大きく足を踏み出した。低木から顔を出し、ずかずかと歩いていく。
「貴方は、さっきの?」
上擦った声が、鼓膜を震わせる。
まだ俺だと気づいていないザラメが見せるファンへの笑みは、どこか余所余所しく思えちまう。
歩きながら、上着のフードに手をかける。
「お生憎様、俺はファンじゃないんでね」
フードを捲り、眼鏡を取り。
最後の仕上げに、ザラメ印のマスクを外す。
すると微かに、ザラメの息を呑む音が聞こえた。
「郡、さん……?」
素で困惑している。コロッと変わった表情が、何よりもそれを物語っていた。
目をまん丸に見開き、口を中途半端に開けたままじっと俺を見つめているザラメ。
「こんな時間まで、仕事かよ」
そう、努めて淡々と続ける。
俺の顔は、ザラメにどう映っているだろうか。
気にしたことなんて、これっぽっちも無いのに。
ザラメは、俺と目を合わせて頷いた。それがあまりに真っ直ぐだから、かえって気が削れるのだ。
「だからってお前……水商売なんて……」
言葉を真っ直ぐぶつけられずに、口籠っちまう。
ザラメには聞こえていないのだろう。俺の問いに答えるでもなく、
「どうして、ここに……?」
おずおずと探るように聞いてきた。
「ザラメのこと、ずっと見てたんですよね」
言いながら、ザラメは上着に目を向けて。
「どうしてなんですか? 郡さん」
再び俺と向き合う瞳には、曇りなんて一切無い。純粋に気になって、俺の行為を気にかけている。
……きっと、本当に思い当たらないんだろう。
“お前の隙をつくため”という汚れまくった動機も、それはそれとして……な気持ちも。
色々引っくるめて、言えねぇよ。
かと言って、次の文句も言い訳も浮かばない。
口を結び、柄にもなく言い淀む。
夏の空気みたいな息苦しい静けさが、時間の流れを遅くしているような感覚に陥る。
だが、閉塞感も次の瞬間には打ち破られた。
――ザラメが飛び込んできやがったから。
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ザラメメモ
ザラメは、




