決行、ザラメ大調査! 〜ラウンド2〜
逃げ出した後も、バレないように遠くから観察を続けていたが。
「根詰めすぎだろ……」
スーパーでのバイトが終わった後も、ライブ会場の椅子出し、銭湯と1日中ぶっ通しで動いていた。次の日は、駅の掃除に臨時で入ったくじ引きイベントのスタッフ、さらには地域のゴミ拾い活動にも参加していた。
それだけでも過労なのに、日を重ねるごとに、仕事の量が増えているのだ。今日で丸1週間密着したことになるが、1日ごとに勤務時間が伸びている。生きていたら過労死するレベルだ。
前まで、こんなに働いてたっけか。少なくとも、ここまで長い時間家を空けることなんて無かったと思うが。
それに、地脈を十分吸収できないまま復活したから、バテやすいはずなんだがな……。
正直、ザラメより俺の方が疲れた。そのせいか反応が鈍って、昨日は一瞬目が合いかけたし。
「だ〜から、今日は上の空ってこと」
“喫茶こやけ”のバーカウンターから、佐藤が笑いかけてきた。
放課後の、西陽が差す憩いの時。1番奥の定位置で、ミルクティーのストローを弄りながら続けた。
「そんなにかよ」
「ミルクティーって注文に原液出してくる人が、上の空じゃないって? ミルクも氷も無しとはねぇ」
「うぐ」
「それで、何か分かったのかい?」
「……ああ見えて、ザラメが1人でもやっていけるってことが分かったよ」
肘をついてくつろぐ佐藤に、それだけ答えた。
今日のザラメは、ここ“喫茶こやけ”で注文をとっている。
最近は学生と中年層の客をじわじわと増やしつつあるんだが、ザラメの人当たりの良さが、その年代にクリティカルヒットしたんだろうな。
「郡さん、実家のシチュー2つとこんぺいとうパフェ1つお願いしま〜す!」
「……」
「郡さ〜ん!」
「へぁ?!」
やべ、聞いてなかった。
「シチュー2つ、こんぺいとうパフェ1つ……」
「お、おう」
コスズから聞いた注文のメモを残し、料理を用意する。
コスズはおしぼりを持って、とてとてと客席へ。
「にしても郡。ザラメちゃんを知りたいなら、あの神様に協力を仰いだ方が手っ取り早いんじゃ?」
問いかける佐藤に、皿やスプーン、ペーパーナプキンをトレイに用意しながら答える。
「あいつは俺らと違って多忙に働いてんだよ。それにデウスのヤツ、ザラメのことになると暴走しかねんだろ。何しでかすか分かったもんじゃねぇ」
「確かにねぇ……」
作っておいたシチューを器に装いつつ、ザラメの話に耳を傾ける。
ザラメはお盆を胸の前で抱え、客の女子高生2人と仲良く談笑しているようだ。
コスズがおしぼりを客に渡す中、
「そう言えば、ここ1週間ぐらい不思議な人を見かけるんですよね」
軽いノリで切り出す話題に、肩がビクついた。ひょっとしなくてもソイツって……。
「興味深い。どのような人です?」
黒髪ロングの学生が、テーブルから身を乗り出し尋ねる。
コスズも興味があるようだ。
「気になる……」
「コスズちゃんも興味津々だねぇ」
「悪い人なら…………冷凍保存」
物騒! 肝っ玉冷えるわ!!
「それがですね。黒い上着に眼鏡を掛けてて……ザラメが話しかけたら、気まずそうに走って行っちゃったんです」
やっぱ俺じゃん!!
動揺が止まらねぇ。そのせいで動きがぎこちなくなっているのか、俺を見た佐藤がニヤニヤと面白がっていやがる。
「なるほどなるほど……」
もう片方の高校生……茶髪ボブの客が、2回ほど深く頷いたと思ったら……
「それはファンよ、ザラっち。推し活ってことね」
「ファン?! 推し活?!」
「ぶっふぉ!」
「はぁ?!」
「おおー……」
ミルクティーを吹き出す佐藤。
俺も叫んじまった。危うくシチューを溢すところだった。
いや待て、何がどうしてそうなった!?
「あり得る。筋も通っています」
眼鏡を押し上げる、黒髪学生。
通ってるか? 筋。
「推測すると。ファンゆえ愛を抑えられず、追っかけに及んだのでしょう」
「おおー……」
犯行言うな。
「うわぁストーカーじゃ〜ん。一体誰だろうねぇ、郡」
分かった上で聞いてくる佐藤がうぜぇ。
からかい甲斐があるとでも言いたげな、穢れまくった笑顔を全力で視界から外す。
「その人は、ザラっちが大大大好きなのよ! 毎日の時間をザラっちに捧げてるってことだもの」
「おおー……」
んなわけあるかい!
それと、さっきからコスズは何感心してんだ。
「結論。まるで私たちのようです」
「ザラっち推し古参として、見逃せないわ。ライバルってことね」
勝手にライバル認定すんなや。
古参ファンと称する女子高生どもは、オレンジのペンライトを掲げているが、一緒にされたくねぇ。
「お腹痛い……! くふふっ」
佐藤はずっと笑っていた。白衣の袖で口元を抑え、顔を伏せてぷるぷると肩を震わせている。
何が面白ぇんだよ。仕事に戻れや。
「そ、そうだったんですね……! だったら、ファンサービスとかした方が良いでしょうか」
「くははっ、そうだねザラメちゃん。サインの練習でもしてみたら?」
ザラメは納得してんじゃねーよ。
佐藤はのってんじゃねーよ。
コスズもコスズで、女子高生からペンライトを2本譲り受け、身体を揺らしながら小さく振っていやがった。
「ザラメ、人気者……」
「そんなぁ、照れちゃいますよぉ」
まぁ、人気者ってのは一理あるかもしれんが。
仕事での頼られっぷりを思い出して、そこだけは認めた。
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ザラメメモ
火曜、金曜、土曜の9:00〜19:00はカフェ。
抜け出すのは無理。
ザラメは割とタフ。そんなはず無いんだが。
あと、単純。頭ライブ会場。
こんなんじゃ、怪しいヤツにカモられちまいそうだ。




