決心、ザラメの日常を知り尽くせ!
夏休みが終わり、人々は日常に引き戻される。
自転車を爆走させるサラリーマン。
通学路を席巻する、児童たちによる大名行列。
続々と開店するチェーン店やスーパー。
太陽の昇りとともに、慌ただしい風景を拝むこととなる。
紫がかった空の下、町は活動を始めるのだ。少しずつ賑わってゆく。
夏休みは終わったというのに、気温はまだなだ夏のまま。地球は今も、夏休み。2度寝希望とぶっこいて、布団に潜っていることだろう。
そして俺も、布団の中に……。
「郡さ〜ん? これはどーいうことでしょうか?」
そう、布団の中。
……正しく言えば、絶賛簀巻きにされている。
そして目の前には、膝を抱えて屈むザラメ。
着ているコートの丈が腰下ぐらいしかないから、曲げた膝の隙間から見えそうになる……が、そんなの露ほどどうでも良いです。
だって見ろよ、俺を見下すザラメの顔を。
朝の日差しにも負けないぐらいの爽やかな笑みも、どす黒いオーラにかき消えていた。般若も青ざめる形相だ。
痙攣するみたいに唇が震える。皮膚という皮膚から汗が噴き出し、布団の中が蒸れ放題。
命の危機を感じる。被食者ってこんな気持ち?
と、身体をくねらせるしかできない俺を前に、プレデターザラメは1枚の紙をひらひらさせた。
「おまっ、それまさか!?」
「そのまさかです」
俺の顔に引っ付きそうなほど近くまで、持っていた紙を前に突き出してくる。
――それは郡家お馴染み、借金の明細書だった。
クソッ、見つからないよう隠したってのに……!
「1、10、100……なんと、25万3690円ですねぇ」
ねっとりと煽るような口調で、総額を読み上げるザラメ。
「まーたギャンブルですかぁ? 懲りないですねぇ」
当たり前だろ!?
夏休みも終わった今、平日は空いてんだ。
今年の夏は色々忙しかったし、取り返さねぇと。
「この不要な経費で、どれだけ家計が逼迫するとお思いで?」
「不要? 間違ってるなザラメ。これは未来への投資……必要経費だ!」
俺の言葉に、ザラメは笑みを絶やさぬまま。
コバエを仕留める時と同じ目で、俺を見やる。
「フフフ。郡さんには、キツーいお仕置きが必要みたいですねぇ」
「ふひょ?!」
俺の頬を片手で挟み、思いっきり押さえこんだ。
優しく甘い美貌、満点のスマイル。なのに背後から、噴火直前の火山みたいな轟音が聞こえる。
死期のアラートが脳を劈く。身体が強張り、暑いのに悪寒が止まらねぇ。
ジタバタと芋虫みたく足掻くも、掴む手の力は緩まない。それどころか、
「ザラメ、今日は調子が良いんですよねぇ」
「ひゃへ……ふぎゅ?!」
顔をクレーターみたく凹ませやがった!
ちょ、メキメキ言ってる!! 殺さないで!!
目尻に涙が溜まる。ここまでの醜態を晒すなんて思わなかった。しかもよりによってザラメに。
必死に頭を振ろうにも、バカ力の前では無力だ。
「い、いおいはいひい(命大事に)……!」
「ガンガン行きます♪」
次の瞬間、ザラメの指先から光が迸った。
「ザラメちゃん☆グレイトファイア!!」
「ひゃあああああああああ!!!!」
いつもより多めにあづい!!
火だるまになり、ゴロゴロと寝返りを打って藻掻くが、緑の炎は消えること無く燃え盛る。
灰と化す意識。白んでゆく景色。
走馬灯もろとも、地脈の業火に焼かれる俺。
どうして、こんなことになったのだろう。
俺の何が駄目だったのか。
良心をかき集め。反省という名の思考の果てで、ある結論に辿り着く。
――俺はなんて情けない…………詰めが甘かったんだ。
俺がザラメのことを知らねぇから。
1日のルーティン、よく行く場所に普段使うもの……弱みに、ザラメの目をかいくぐる抜け穴。
――つまり、ザラメを知り尽くせば?
俺はザラメにとっ捕まることも燃やされることも無く、ハッピーライフを満喫できる!!
よし決めた! 今日からザラメに密着だ!!
ザラメの日常を追求し、今度こそ出し抜いて……
「その顔、反省が足りませんね! メッです!!」
「滅ぇえええええええええええッ!!!!」
それ以前に、俺生きてるかな。




